すみれの花さくころ
宝塚に入りたい物語
大橋むつお
時 ある年のすみれの花のさくころ
所 新川町のあたり
人物 すみれ 高校二年生
かおる すみれと同年輩の幽霊
ユカ 高校生、すみれの友人
看護師 ユカと二役でもよい
赤ちゃん かおると二役
人との出会いを思わせるようなテーマ曲が、うららかに聞こえる。すみれが一冊の本をかかえて、光の中にうかびあがる。
すみれ: こんちは。わたし畑中すみれです。これから始まるお話は、去年の春、わたしが、自分で体験した不思議な……ちょっとせつなく、ちょっとおかしな物語です。少しうつむいて歩くくせのあるわたしは、目の高さより上で咲く梅とか桜より。地面にちょこんと小さく咲いている、すみれとかれんげの花に目がいってしまいます。その日、わたしは春休みの宿題をやるぞ! というあっぱれな意気込みで図書館に行き、結局宿題なんかちっともやらないで、こんな本を一冊借りて帰っていくところでした。あーあ、机の前に座ってすぐに宿題はじめりゃよかったのに。つい、なにげに本たちの背中を見てしまったのが運のつき。だから、この日、うつむいて歩いていたのは、いつものくせというよりは、自己嫌悪。だから、いつもの大通りをさけて、ひさかたぶりで図書館裏。新川の土手道をトボトボうつむいて歩いておったのです……ところが、そこは春! 泣く子もだまって笑っちゃう春! そのうららかな春の日ざしをあび、土手のあちこちに咲きはじめた自分と同じ名前の花をながめていると、不覚にも、母親譲りの鼻歌などが口をついて出てくるのであります。新川橋の手前三百メートルくらいにさしかかった時、保育所脇の道から土手道にあがってくる、わたしと同い年くらいの女の子が目に入りました。セーラー服に、だぶっとしたズボン……モンペとかいうんですかね。胸には、なんだか大きな名札がぬいつけて、肩から斜めのズタブクロ。平和学習で見た映画の人物みたいで、一見して変でした。近づいてくると、もっと変……わたしと同じ鼻歌を口ずさんでいるじゃないですか! まるで学校の廊下でスケバンのキシモトに出くわした時みたいな気になり。目線をあわさぬよう、また、不自然にそらせすぎぬよう、なにげに通りすぎようとした、その時……
舞台全体が明るくなり、ちょうど通りすぎようとしている少女、かおるの姿もあらわれる。すれ違った瞬間かおるが知り合いのように声をかける。
かおる: こんにちは……
すみれ: え……
かおる: こんにちは……!
すみれ: こ、こんちは……
かおる: 嬉しい、通じた!……わたしのことがわかるんだ!
すみれ: あ、あの……
かおる: ア、アハハ、ごめんなさいね。多分通じないだろうと思ったから。いつもそうなの……だから、いつもの調子でひょいと声をかけちゃって。ごめんなさい、驚かしちゃったわね。
すみれ: あ、あの……
かおる: わたし、咲花かおると申します。よろしく。わたし、ずっとあなたみたいな人があらわれるのを待っていたのよ。急にこんなこと言われたって信じられないかもしれないけど。わたし幽霊なんです。
すみれ: ゆ、ゆうれい!?
かおる: 驚かないでね。あの、人にも幽霊にも、霊波動ってものがあってね、血液型みたいに型があるの。わたしの霊波動はめったにない型でね、RHのマイナス型。百万人に一人ぐらいかな。この型に適う人でないと、わたしの姿も見えないし、声も聞こえないの。人によって幽霊が見えたり見えなかったり、霊感があったりなかったりっていうのは、つまり、そういうことなの。そうなの、あなたの霊波動もRHのマイナスで、しっかりわたしのことが見えて、聞こえるわけなの……わかってもらえた……やっぱり驚かしちゃった?
すみれ: あ、あの、わたし急いでいるから!
かおる: あ、あの……
すみれ駆け出し。かおる消える。
すみれ: わたし、気味が悪くなったんです。新手のキャッチセールスかオタクか、変質者か……それで、夢中で土手を駆け下りて。三つほど角を曲がった、自販機の横で、やっと息をついて(ぜーぜー言う)思わず百二十円でジュースを買って……ふりかえったら……いたんです、また!
かおる: (首から下げた自販機のダミーを外して)アハハ、ごめんね。わたし慣れないものだから、やっぱり驚かしちゃったのよね。
すみれ: あ、あなた、いったいなんなのよ!?
かおる: だから、幽霊。
すみれ:うそよ。こんなまっ昼間に出る幽霊なんか……
かおる: わたし、暗いとこ嫌いなの。生きてたころから……
すみれ: そんなズッコケ言ったって信じらんないよ。
かおる: ほんとうだってば……そうだ、ちょっと見ててね。
自販機をソデに放り込み、交差点の真ん中に出て、大きく手をひろげる。
すみれ: あ、赤信号……あ、あぶない。ダンプが……キャー!!
ブレーキもかけず、クラクションも鳴らさず、ダンプはかおるの体をすりぬけ何事もなかったように走り去る(クルクル竹とんぼのように旋回することで表現)
かおる: わかった?
すみれ: な、なんなの、今の?
かおる: だから幽霊なの。一度死んじゃってるから死なないの。実体がないから、すりぬけちゃうし、運転手の人からも見えないの。
すみれ: うそ……
かおる: なんなら、今度は電車にでも飛び込んでみせようか?
すみれ: だって……
かおる: あなとは霊波動が適うから見えるの……わかった?
すみれ: ……い、いちおう。
かおる: よしよし。
すみれ: で、でもさ……わたし、小さいころからあの土手道は通っているけど。会ったことないよ……あなたって、浮遊霊?
かおる: んー……地縛霊かな、どっちかっていうと……その本のおかげなのよ、こうやってお話できるの。
すみれ: この本?
かおる: うん。本とか物体にも霊波動があるの。人とは違うけどね。それが鍵になって、二人をこうして結びつけてくれるの。それも、もともと二人の霊波動が適うからだけどね。他の人がこの本を持っていても何にもならないわ。ほら、占いとかで、ラッキーアイテムってあるでしょ。何月生まれの人は何々を持っていると幸運がやってくるとか。
すみれ、まがまがしいもののように、本を投げ捨てる。
かおる: ……それはないでしょ! 本には罪はないのよ。それに、今さらこれを捨ててもわたしは消えたりしないわよ。もう鍵は開けられたんだから(本を拾って、すみれに返す)
すみれ: その幽霊さんが何の用?
かおる: かおるって呼んでくれない。わたし、あなたのこと、すみれちゃんて呼ぶから。
すみれ: どうしてわたしの名前?
かおる: アハハ、小さい時から知ってるもの、すみれちゃんのこと。あなたも言ってたでしょ。あの土手道は、しょっちゅう通っていたって。ほら、五年生の夏。あの新川の土手で昆虫採集やったでしょ。若い担任の先生がはりきっちゃって、昆虫採集しろって。こんな都会の真ん中で……
すみれ: うん。でも、たくさんとれたよ。カブトやチョウチョ。あの夏だけは鼻が高かった……あ!?
かおる: わかった?
すみれ: あれって……
かおる: そう、わたしが手伝ったの。ひょっとしたら通じるんじゃないかと思って。
すみれ: ありがとう……
かおる: いいのよ。あれって、わたしのあせりみたいなもんだったんだから、アハハ、タラララッタラー(思わずタップを踏んだりする)
すみれ: 明るいのね、かおるちゃんて。
かおる: 幽霊が暗いなんていうのは、生きてるやつらの偏見です! ちゃんと二本の足もあるし、昼日中でも出てくるし……そうだ、携帯電話だって持ってるんだよ。ほら!
すみれ: え……?
かおる: あ……見えないんだ、すみれちゃんには……買って間がないから、まだ持ち主になじんでないんだね……いろいろできるんだよ。情報の端末になってて、買い物したり、占いしたり、好きな場所の映像とりこんだり。これで宝くじ買ったんだよ、ゴーストジャンボ!
すみれ: え、幽霊にも宝くじがあるの?
かおる もちろんよ。生きてる人の世界にあるものはたいていあるわよ。だって、もとはみんな生きてる人間だったんだからね。
すみれ: 一等は、やっぱ三億円?
かおる: ううん、生まれかわり!
すみれ: 生まれかわり?
かおる: 幽霊って、めったに生まれかわれないんだよ。だって、死んだ人って、生きてる人の何千倍、何万倍もいるんだからね。
すみれ: そうなんだ。
かおる: そうだよ。特にこのごろは少子化の影響で、めったに生まれかわったりできないんだよ……見て、今日の占い! あ、見えないんだ……
すみれ: なんて出てるの?
かおる: 今日は、あなたの死後で一番のラッキーデーでしょう。運命の人との出会いがあります……すみれちゃんのことだよ!
すみれ: わたしが!? ちがうちがう、わたしそんな運命的な人なんかじゃないよ。
かおる: ううん、絶対そうよ! この占いは絶対だよ。だって、阿倍野晴明さんが占ってるんだよ、本物の。
すみれ: アハハ……本物か。そうだよね……
かおる: あ、メールが入ってる。
すみれ: 阿倍野晴明さん!?
かおる: まさか、そんな偉い人が……お友だちよ……え……アハハ(道路の電柱一本分むこうに声をかける)そんな近いところからメールうつことないでしょ。直接声をかけてくれればいいのに……え……もう石田さんたらテレ屋さんなんだから!
すみれ: 誰と話してるの?
かおる: 石田さん。わたしの友だち。メールうったり、いっしょに宝くじ買ったり。
すみれ: あ、かおるちゃんのカレ氏!?
かおる: 違うよ、女の人だよ。婦人……女性警官。ほら、去年パトロール中に死んじゃった女性警官の人、いたでしょ?
すみれ: ああ、暴漢におそわれた子供をたすけようとして、刺された……気の毒に亡くなったんだよね、お母さんなんかウルウルだったよ。
かおる: あはは、照れてる……行っちゃった……今でも、ああしてパトロールやってんの。
すみれ: 一人で?
かおる: うん。今日は迷子の男の子の手をひいてる。
すみれ: 迷子……幽霊の?
かおる: けんちゃん。二日前に死んだばかりで、まだ自分が死んだってことがわかってないんだ……お母さんがわりかな、しばらくは……わたしもね、宝くじ預けてるの。わたしって忘れ物の名人だから。今まで三枚もなくしちゃったのよね。
すみれ: あは、そそっかしいんだ。
かおる: 失礼ね、大らかなのよ、人がらが。
すみれ: そうなんだ。でもさ、だいじょうぶ人にあずけたりして?
かおる: どういうこと?
すみれ: だって、万一あたりくじだった時にさ。すりかえられちゃったりしたら、わかんないじゃない。どうせ自分のくじの番号なんかおぼえてないんでしょ?
かおる: そりゃ……おぼえてないけど……失礼だよ、そんなふうに考えるのは。
すみれ: ちがうよ。そういう貴重品はちゃんと自己管理しなくちゃ。
かおる: 自己管理!?
すみれ: そう、自分の物は自分で責任持たなくちや。
かおる: それって、人を見たら泥棒と思えってこと?
すみれ: まあね、学校でも自分の物には自分で責任もてって言ってるよ。
かおる: 学校で!?
すみれ: 常識だよそんなこと。
かおる: 常識って、教育勅語習ってないの?
すみれ: キョウイクチョ……
かおる: 教育勅語! 兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信ジって!
すみれ: なに、そのおまじない?
かおる: おまじない? 友達同士信じ合いなさいってことよ。友達って、信じ合ってこその友達でしょ!?
すみれ: それとこれは別よ! 自分のことは自分で責任もたなきゃ!
かおる: すみれちゃん、あんたって、そんな、そんなひどいこと、そんな……
すみれ: そんなもとくなもないよ。頼みもしないのに昼日中から幽霊なんか出てきちゃって、いったいあなったって何様のつもりよ!
かおる: 何様のつもりって、あなた……
すみれ: なんだってのよ!
かおる: なんだってねって、人が真剣に……
すみれ: 勝手に真剣になられてもね!
かおる: ……ね、そこの公園にでも行こう。通行人の人達が変な目で見てるよ。
すみれ: 独り言言ってる変な子だと思われてる……アハ、アハハハ(あいそ笑い)
かおる: やめなさいよ、余計変な子だと思われるよ。
すみれ: う、うん、行こう……
舞台を移動し、近くの公園に行く。
かおる: すみれちゃん、自分のことは自分で決める人なんだよね……
すみれ: そうだよ。見かけによらず、ガンコなの、わたしって!
かおる: そうだよね、わたしもそうだったから(モジモジしてる)
すみれ: おトイレだったら、あっちにあるよ。
かおる: 幽霊はお便所なんかいかないの!
すみれ: 何が言いたいのよ!?
かおる: すみれちゃん、宝塚って知ってる?
すみれ: うん、ベルバラとかやってる歌劇団?
かおる: 興味ある!?
すみれ: うん、お母さんとかは……若い頃はなんとかっていう宝塚の女優さんのおっかけとかしてたらしいけどね。
かおる: そうだろうね。すみれって名前も宝塚にちなんでるんじゃない?
すみれ: うん、かな?
かおる: すみれちゃんは?
すみれ: ……わかんないよ。
かおる: わたし、宝塚に入りたかったんだ。
すみれ: かおるちゃんが?
かおる: うん、何十年も昔のことだけどね。
すみれ: 試験おっこっちゃったの?
かおる: 試験の十日前に死んじゃったの。
すみれ: え!?
かおる: すみれの花の咲くころ……ちょうど今じぶん。
すみれ: なんで、なんで死んじゃったの?
かおる: え……まあ、それでさ。宝塚うける気ない!?(おもいきり顔を近づける)
すみれ: かおるちゃん……
かおる: もし、少しでもその気があったら、わたしがすみれちゃんにのりうつってさ、試験にも合格させて、宝塚のスターにしてあげる! のりうつるっていっても、すみれちゃんは、ちゃんとすみれちゃんなんだよ。ただ、試験とか、ここ一番という時にたすけてあげるの!
すみれ: それって……
かおる: そんなばい菌みるような目で見ないでよ。
すみれ: ごめん……
かおる: ほら、電動自転車ってあるでしょ。自転車だから自分でこぐんだけど。坂道とか、苦しい道になったら、モーターが働いてたすけてくれるやつ。アシスト機能っていうのかな……あれに近い! あくまですみれちゃんの人生だから、すみれちゃんが、その気になってペダルをこいでくれなきゃ、このかおるモーターも力のふるいようがないんだけどね。
すみれ: うん……
かおる: ……これって霊波動が合ってないとできないんだよ。わたしとすみれちゃんて、RHマイナスの霊波動……百万人に一人くらいしかないのよって……さっきも言ったっけ?
すみれ: うん……でも、急な話だから……
かおる: わたしは、ずっとずっとずっとずーっと思っていたんだけどね。
すみれ: わたしには急なの!
かおる: ごもっとも……わたしの勝手な思い入れだから、ことわってくれてもいいのよ。自転車が乗る人を選んじゃいけないものね。しょんぼり。
すみれ: どうするの……わたしが断ったら?
かおる: その時はその時。また別の人をさがす。ああ、しょんぼり。
すみれ: 見つかる……?
かおる: むつかしいでしょうけど、確率の問題だから……(燃えるような目で)でも、いま目の前にいるのはすみれちゃんだからね。真剣にお願いする……おねがい、わたしにのりうつらせて!
すみれ: うん……
かおる: わたし、いつも目の前の可能性に全力をつくす人間でいたいの、幽霊だけどね。あとでうじうじ後悔しないために……すみれちゃん、どうだろ、やっぱしだめかな……ごめんね、しつこい幽霊で……
すみれ: わたし、この四月で三年生……夏ごろには進路を決めようかなって思って……今はまだ心の準備ができていないの。ごめんなさい。
かおる: ううん……でも、友達って思っててもいい?
すみれ: うん、それくらいなら。でもさっきのキョウイクなんとかっておまじないはやだよ。
かおる: わたしも好きじゃなかった教育勅語なんて。式の日なんかに校庭に並ばされて、最敬礼で校長先生が奉読するの聞かなきゃなんないの。
すみれ: サイケイレイ……?
かおる: う、うん、こんなの(やってみせる)
すみれ: ハハハ、こんな感じ?(真似してみる)
かおる: だめだめ、腰から上はまっすぐに、角度は六十度以上!
すみれ: ……うーん……きついなあ(がまんできなく、体を起こす)
かおる: だめだよ、そのまんま十分はがまんしなくっちゃ。ほれ(すみれの上半身を倒す)
すみれ: あ、十分も!?
かおる: 最敬礼!(二人して最敬礼)……朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ、徳ヲ樹ツリコト深厚ナリ。我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ、億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス。爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信ジ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ボシ……(チンおもうにワガコウソ、コウソウ国を始むることコウエンに、徳をタツルことシンコウなり。ワガ臣民ヨクチュウニ、ヨク孝に、オクチョウ心をイツニシテ、ヨヨその美をなせるは、これワガ国体のセイカにして教育のエンゲンマタ実にココニソンス。ナンジ臣民父母に孝ニケイテイニユウニ夫婦アイワシ、ホウユウアイ信じキョウケンオノレヲジシ、博愛衆ニオヨボシ……)
すみれ: ……鼻水が……ズズー(鼻をすする)ああ、やってらんないよ。
かおる: ハハハ、でしょ。ニ三分もすると、あちこちで鼻をすする音がズズー、ズズーって。まるで壊れた水道管。
すみれ: ハハハ……(かおるも、のどかに笑う)
かおる: でもね朋友相信ジって言葉は好きだった。
すみれ: ほーゆー?
かおる: 相信じ。友達同士信じ合いって意味。
すみれ: 英語のFOR YOUかと思った。
かおる: わたしもよ。FOR YOU……君のために愛を信じて!
すみれ: FOR YOU……君のために愛を信じて。いい言葉だね。
かおる: でしょ!?
すみれの友だちのユカがカバンをぶらさげてやってくる。
ユカ: 一人でなにブツブツ言ってんの? あぶないよ。だいじょうぶ? 二時からの約束おぼえてる?
すみれ: え……うん……(かおるを見る)でも、気がむいたらって言ったんだよ。
ユカ: まただ、すみれの気まぐれ。言いたかないけどね……
すみれ: だったら言わないで。
ユカ: 言うよ。言わせてもらいますよ。今の放送部始めたのだって、すみれの付き合いだったんだからね。その前はソフトボール。そのまた前は演劇部。そして今は帰宅部。
すみれ: ちがうよ、文芸部。
ユカ: 文芸部!?
すみれ: うん、こないだから。
ユカ: 文芸部なんてあったっけ?
すみれ: わたしが作ったの、部員わたし一人……ハハハ……
ユカ: いいかげんにしてよね。わたしも付き合いいいほうだけどね、気まぐれもたいがいにしてちょうだいよね。
すみれ: でも、今部長なんでしょ、放送部?
ユカ: あのね、うちの放送部三人しかいないんだよ。田中、鈴木、佐藤。で、全員が三年生、だから、今度の新入生5人は入れないと引退もできないだよ。受験をひかえてるってのに。すみれ、進路のこと、なんか考えてる?
すみれ: うん、少しはね……
ユカ: だめよ。今から決めておかないと、進学なんて間にあわないわよ……あ、また決心遅らせようなんて……すみれの悪いくせだよ。移り気なわりにはぼんやりで。
すみれ: ぼんやりなんかしてないよ。春休みの宿題をやろうと思って図書館に行ってたんだよ(本を示す)
ユカ: 「この町の女たち」……かたそうな本。
すみれ: この町に関係のあった女性のことを歴史的に書いてあるの、弥生時代から現代まで。知ってた? ヤマタイ国のヒミコって、この町にいたんだよ。
ユカ: うそ!? ヤマタイ国って九州とか奈良とか……
すみれ: この本にはそう書いてあるの。水戸黄門の彼女が、この町の出身でさ。旅芸人とかしてて、黄門様は、そのおっかけをするために、全国漫遊とかしてたんだよ……
ユカとかおる、のどかに笑う。かおるの笑い声の方が大きい。
すみれ: ほんとうだってば!
ユカ: どっち向いて言ってんの?
すみれ: 樋口一葉がね……
ユカ: 五千円札の女の人?
すみれ: 頭痛と肩こりがひどくって、この町のこう薬とか薬とか、よく買いにきたんだって。それを売っていたのが新撰組の土方歳三の姉さんでさ。一葉が薬を買いにくるたんびに、日頃のうっぷんしゃべりまくってさ。つまり思いのたけをね、ぶつけあって、それがもとで「たけくらべ」とか名作が生まれたんだって(二人ずっこける)
ユカ: オヤジギャグじゃん……
すみれ: だって、そう書いてあるもの!
ユカ: わかったわかった。でもさ、読書感想文の宿題なんてあったっけ?
すみれ: ……ううん。
ユカ: え……宿題やりに図書館に行ったんでしょ?
すみれ: しようと思ったんだよ。そしたら、この本がおもしろくって……
ユカ: すみれらしいわ。
すみれ: ……わたし、宝塚歌劇団うける!
ユカ: え!?
かおる: え……!?
すみれ: アハハ、やっぱりおかしいよね。
ユカ: なによ?
すみれ: 言ってみただけ。口に出してみればなにか響くものがあるんじゃないかなって思ったの……
ユカ: それがどうして宝塚?
すみれ: あ……
この時、上空を多数の飛行機が通過する音がする。
すみれ: となり町の基地からだね……
かおる: ……
すみれ: 戦争でもおこるのかなあ……
ユカ: まさか……まさか、本気で宝塚考えてんじゃないでしょうね。だったら親友として忠告しとくけど。あんたにその才能はないよ。
すみれ: わかってるよ。言ってみただけだって。
ユカ: にげ口上言ってる場合じゃないわよ。真剣に考えて準備しておかないと、受験なんてあっという間にくるんだからね。下らない本とか、飛行機に気をまわしてるヒマないの。
すみれ: うん、わかってるよ……
ユカ: じゃ、わたし一人で行くよ、たった一人の文芸部さん。バイバイ。
すみれ: イーだ!
ユカ: ウーだ!
すみれ: せっきょう屋!
ユカ: 気まぐれ屋!
二人: ふん!(ユカ去る)
かおる: アハハ。
すみれ: ごめんね。やっぱり宝塚はピンとこない……
かおる: うん……いいよ(去りゆく飛行機から、すみれに視線をうつす)その本ね、わたしのことものってるんだよ。
すみれ: え、ほんと?
かおる: 戦争中のところを見て。「戦時下の女性たち」ってとこ。
すみれ: ええと……ここ? 「……戦争で沢山の女性が犠牲になりました……特に三月十日の空襲では……」
かおる: ほら、この写真。
すみれ: なに、これ……?
かおる: このまっ黒にこげてつっぱらかってる……たぶん右から三番目がわたし。
すみれ: うそ!?
かおる: 死んでしばらくはね、納得がいかなくって、このまっ黒のやけこげが自分だって信じられなかった。でも、さっきの石田さんみたいな幽霊さんがいらっしゃって、時間をかけてわからせてくださったの。
すみれ: この黒こげが……
かおる: わたしね、最初はちゃんと避難したんだよ。でもね、宝塚の譜面を忘れちゃって、とりにもどったのが運のつきだった。
すみれ: そうなんだ……
かおる: わたしって忘れものの名人だから。
すみれ: ごめんなさい、力になれなくて。
かおる: いいよ、きっとまたいいことが……ほら。
すみれ: メール?
かおる: 小林さんからだ……霊波動の適う人が見つかったって!
すみれ: それそれ、それこそが運命の人よ!
かおる: 「適合者の氏名は八千草ひとみ。詳細は不明なるも、宝塚ファンでRHマイナスの霊波動。至急こられたし、霊界宝塚ファンクラブ会長小林一三」
すみれ: やったー!
かおる: やったー、やったー、やったー! ちょっと行ってくる。ちゃんともどって報告するからね。
すみれ: うん。友だちだもんね。
かおる: そのあいだ退屈だろうから、宝塚の体験版でもやってて。一曲だけだけど、わたしがアシストしてるみたいに歌えるわ。
すみれに向けて、携帯のスイッチを入れ、かおるは消える。
すみれ: かおるちゃん!……え、なにこの音楽……勝手に体が……
宝塚風の歌を一曲、明るく元気に歌いあげる(できれば、コーラスラインなど入り宝塚風になるといい)歌い終わって呆然とするすみれ。ユカが拍手しながらもどってくる。
ユカ: すみれ、すごいよ! さっきは照れてあんな言い方したのね……しぶいよ。 いつの間に練習したのさ!?
すみれ: これはね、つまり……ユカこそどうしたの、学校行ったんじゃないの?
ユカ: うん、表通りまで行ったら号外配っててさ。なんかわかんないけど、アラブとかの方で戦争はじまっちゃったみたい。日本のタンカーが巻き添えくって燃えてるらしいよ(無対象の号外を渡す)
すみれ: さっきの……(飛行機が去った方を見る)
ユカ: かもね(すみれにならう)すみれの歌といい、戦争といい、世の中何がおこるかわかんないね。
すみれ: 学校行く?
ユカ: ううん。きっとうちの担任まいあがっちゃってるよ。あの先生、口では平和とか命の大切さとか言ってるけど、人の不幸にはワクワクしちゃうほうだから、今は進路相談どころじゃないよ。駅前の本屋さんでも行ってくるわ、志望校の本とか見に。
すみれ: とかなんとか言って映画とか行っちゃうんじゃない?ジブリの新作やってるから。
ユカ: かもね、アハハ……すみれも、宝塚とか、本気で考えていいんじゃない? ほんといいセンいってると思うよ!(去る)
すみれ: そんなんじゃないってば! そうじゃないんだから。
かおるがもどってきている。
かおる: ほんと、いいセンいってるかもしれないわよ。
すみれ: かおるちゃん。
かおる: 本人に素質がなければ、体験版でもぎこちなくなるものよ。
すみれ: もう! で、八千草ひとみさんは?
かおる: ……九十五才のおばあちゃんだった。
すみれ: ……やっぱ、むつかしいのね。
かおる: プレッシャーかけるつもりじゃないけど。ほんと、すみれちゃん素質あるわよ。
すみれ: ありがとう……
かおる: やっぱ宝塚は……だめ?
すみれ: ごめんね。
かおる: そうよ、そうだよね。でも、宝塚はともかく、なにか、その素質生かせる、音楽の先生とか……
すみれ: うん……わたし、進路のこと思うと考えがまとまらなくなる。これかな……と思った尻から違うって気持ちになってしまう。苦手なモグラたたきみたいで、ゲームそのものから逃げ出したくなる。そのくせ夏の夕立みたいに突然やってくるおもしろいことには、後先考えずにとびついて……
かおる: 放送部とか、ソフトボールとか、演劇部とか、一人文芸部とか?
すみれ: 言わないでよ。これでも自己嫌悪。それって進路と何の関係もなくって、人生の無駄になっちゃうんだよね。ユカなんか、うらやましい。さっさと、志望校とか決めちゃって。
かおる: わたしもね、無駄って言われたんだよ、宝塚うけたいって言ったとき。その宝塚の譜面とりにもどって死んじゃったから……親にとっちゃ無駄中の無駄だったんだろうね宝塚なんて……あ、これってよかった?(無対象の号外で紙飛行機を折っていた)
すみれ: え、いいんじゃない。ユカが持ってきた号外だから。
かおる: 号外……(紙面を見て)どこかで戦争がおこったのね。
すみれ: 関係ないよ、そんな戦争。
かおる: アハハハ……
すみれ: なに?
かおる: わたし、大東亜戦争の号外も紙飛行機にして叱られたんだ。宝塚のことばっかり考えていて、お父さんが持って帰ってきた号外。叱られながら思った「関係ないよ、そんな戦争」エヘヘ、でも、その関係ない戦争で死んでちゃ世話ないけどね……すみれちゃんもやってみな。号外の紙飛行機って、よく飛ぶんだよ。
すみれ: うん。
かおる: ……無駄って大事だと思うんだ。無駄の中から本物があらわれる。無駄かなって思う気持ちが、いつか自分にとっての本物を生むんだ。気にすることないよ。
すみれ: ありがとう……
かおる: わたしもね、最初から宝塚だったんじゃないんだよ。
すみれ: え?
かおる: 最初は看護婦さん。あ、今は看護師さんて言うんだっけ。盲腸で入院したときに憧れちゃって。
すみれ: それがどうして?
かおる: ちがう。ここはこう折るんだよ……よし! 飛ばしに行こう、新川の土手に!
すみれ: うん。
二人、無対象の紙飛行機を持って、新川の土手へ。
すみれ: 看護師さんが、どうして宝塚に?
かおる: 昭和十六年に東京にオリンピックがくるはずだったんだよ。
すみれ: ほんと?
かおる: うん。で、わたし、陸上の選手に憧れたんだ。でもね、戦争でオリンピックが中止になって、むくれてたらね、叔父さんがかわいそうに思って、帝国劇場に連れて行ってくれたの。
すみれ: 帝国劇場?
かおる: あのころは、宝塚の大劇場は閉鎖されてたから、そんなとこでやってたの。
すみれ: そこで宝塚に出くわしたんだ!?
かおる: うん、そこでビビっときたの。わたしの人生はこれだって!
すみれ: 運命の出会いだったのね!
かおる: うん。いくよ。いち、に、さん!
すみれ: えい!
手をかざし、紙飛行機の行方を追う二人。
すみれ: すごい、あんなに遠くまで……!
かおる: まぶしい……
すみれ: 幽霊さんでもまぶしいんだ。
かおる: ……
すみれ: かおるちゃん、色が白ーい……手なんか透けて見えそうだ(歌う)手のひらを太陽に、すかして見ればー……どうかした?
かおる: ……始まっちゃった。
すみれ: え?
かおる: 消え始めてる……
すみれ: 消える……!?
かおる: 幽霊はね、生まれかわるか、人に憑くかしないかぎり……やがては消えてしまうの……早い人で死後数年、遅い人で千年……思ったより早くきたな……
すみれ: かおるちゃん……
かおる: これって、成仏するともいうのよ。だから、そんなに悲しむようなことじゃない……
すみれ: いやだよそんなの。かおるちゃんがこのまま消えてしまうなんて!
かおる: 大丈夫だよ、すみれちゃんにも会えたし……
すみれ: いや! そんなのいやだ! ぜったいいやだ!
かおる: すみれちゃん……
すみれ: ね、わたしにのりうつって! わたしに取り憑いて!わたし宝塚うけるからさ!
かおる: だめだよそれは。そうしないって決めたんだから。
すみれ: わたし、素質あるんでしょ? わたし宝塚に入りたいんだからさ。ね、おねがい!
かおる: 自分のことは自分で決める。そう言ったじゃない。すみれちゃんは、まだ運命の出会いをしてないんだから、本心から望んでるわけじゃないんだから、そんなことするべきじゃないよ。
すみれ: おねがい、わたしに取り憑いて! FOR YOU 愛信じて……
かおる: ありがとう、そこまで思ってくれて。温かい気持ちのまま消えていけるわ……動かないで! 消えていく幽霊のそばにいちゃあ、すみれちゃんまで影響をうけてしまう。
すみれ: かおるちゃん……
かおる: わたし、川の中で消えていく……そうしたら海に流れて、いつか雨か風になってもどってこられるかもしれないから……さようならすみれちゃん。あなたに会えてよかった……嬉しかったよ。
すみれ: かおるちゃん、かおるちゃん……!
かおるの携帯が鳴る。
かおる: ……石田さんだ。
すみれ: ……?
かおる: ……あたったんだ!
すみれ: え?
かおる: 宝くじが当たったって、石田さんが……ほら、さっきの女性警官の人が、メールで教えてくれたの、一等賞の生まれかわりが当たったって。
すみれ: かおるちゃん!
かおる: ……どうしよう、生まれかわりは今すぐだ……でも、そうだよね。消えかかってるんだもんね。
生まれる寸前の早鐘をうつような胎児の心音が聞こえてくる。
すみれ: 赤ちゃんの心臓……これで消えなくてもすむのね!?
かおる: うん、そう……でも、どうしよう心の準備が……
すみれ: これでまた宝塚をうけることができるじゃない!
かおる: そうね、そうよね。今度こそ、今度こそ……ね、戦争だいじょうぶだよね。さっきの戦争が日本にくることなんかないでしょうね。もう受験寸前にまっ黒こげなんてやだからね。
すみれ: うん、大丈夫だよ。ずっと平和が続いてきたんだから。
かおる: ありがと……この携帯あげる。
すみれ: え?
かおる: これで、わたしの生まれかわる瞬間がわかる。生まれかわって、わたしが生前の記憶をなくすまでは、わたしのこと、この携帯でわかるから。わたしのことをたずねてきて……すみれちゃんには見えない携帯だから、なくさないようにね……
すみれ: うん、かならず会いに行くからね。
かおる: FOR YOU……
すみれ: 愛……
二人: 信じて……!
心臓の音、力強く大きくなる。
すみれ: いよいよ……
かおる: いよいよね……じゃ、行くわ。必ず、必ずね……
かおる消える。同時に赤ちゃんの産声。
すみれ: 生まれた……生まれかわった!
看護師:(ユカと二役でもよい)が赤ちゃん(かおる)を連れて、うかびあがる。嬉しそうなすみれ。
看護師: 北野さん、無事に生まれましたよ! 三千六百五十グラム。元気な赤ちゃん! ハハハ、だいじょうぶ、五体満足。お母さん似のお目め。お父さん似の口もと。利発そうなはり出したおデコ。きっと立派な子に育ちますよ。ね、レロレロバー……さ、それじゃお母さんのところにもどりましょうね……え? ああ、ごめんなさい。とっても元気な男の赤ちゃんですよ! 男の子!
すみれ: 男の子!?
赤ちゃん: 男の子!?(目をまんまるくしてひっくりかえり、くやしそうに泣く)
看護師: おーよしよし……(去る)
すみれ: 男の子じゃ、宝塚に入れないよ……
暗転。保育所のさまざまな音がして明るくなる。数ヶ月後のすみれがあらわれる。
すみれ: あれから数ヶ月。アラブでおこった戦争はまだ続いていますが、今のとこ日本は平和です。わたしはとりあえず大学生になりました。運命的な出会いはまだ。情けないけど、今は、とりあえずユカにぶら下がってます。かおるちゃんが心配していたとおり、あの見えない携帯はなくしてしまい、手がかりは北野という苗字、誕生日、そして三千六百五十グラムという体重だけ。秋の奉仕活動の実習に、ユカといっしょにこの栄保育所にやってきました……そして、この子を見つけました(無対象の赤ちゃんを抱き上げる)北野たけしちゃんといいます。手がかりの三条件にピッタリ。鼻すじが通って、ちょっとしぶい顔をしてるところなんか、かおるちゃんに似ています。保育所の先生たちはジャニーズ系だって言いますが……わたしはひそかに決心しました……男でも宝塚に入れる運動をおこそうと思います! おかしいですか? おかしいっていえば……あの一等の宝くじ、女性警官の石田さんが、自分のあたりくじをかおるちゃんにまわしてくれたんじゃないかなって、今は、そんな気がします……あ、やってくれちゃった……ユカ! かおる……たけしちゃんおしっこ! え、わたしが!? はいはい、おしめかえまちょうね(おしめをはずす)ああ、出てる最中!(おしっこが顔のあたりまでふきあがる)ええと、おしめのかえ方は……ええと……ちょっとユカ!
テーマ曲流れ、すみれが不器用におしめをかえるうちに(登場人物全員が出てきて、宝塚風のフィナーレになったら、いっそういい)
――幕――
作者の言葉
書き終えて、少し気になることがあります。このお芝居は反戦劇ではありません。むろん、そうとらえて上演してもらってもいいのですが、命と希望に想いをいたして上演していただければ幸いです。みなさんで工夫をしていただいて、歌と踊りの入った音楽劇にしていただければ言うことありません。歌が苦手なあなたたちなら、役者の声質に似た人に歌ってもらった録音を使うなど、既成の音源を使ってもいいでしょう。その時に注意してもらいたいのは、自分でも歌っておくことです。そうすると本当に歌っているように聞こえるし見えます。また、音楽部やダンス部とのコラボを考えてみるのもいいと思います。かつて名古屋音大のみなさんが、初稿板ですてきなミュージカルにしてくださいました。みなさんも楽しみながら演じていただければと願っております。