大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

真凡プレジデント・81《かえでとすみれ》

2021-05-13 05:41:07 | 小説3

レジデント・81

《かえでとすみれ》    

 

 

 

 ここからは歩いていくわよ。

 

 消防車のエンジンキーを切ると、ため息一つついてビッチェが言った。

 よっこらしょっとステップから降りると、サワっと肌感覚があって着物姿になってしまった。

「あ、あれ?」

 戸惑っていると、消防車のノーズを周ってきてビッチェが……ビッチェも着物姿だ。髪も時代劇、それも江戸時代よりも前のヒッツメみたく束ねたもの。

「バックミラー見てみ」

 ミラーに映った自分も時代劇……なんだけど、束ねた髪はお姫様みたく横から垂れてるのが無くて素っ気ない。麻生地の船形袖で、丈は膝までしかなく、清潔な着物なんだけど、薄い緑色に白抜きの葉っぱが散ったような柄。

「時代が分かったら、後ろのステップの荷物、一つ持って」

「う、うん」

 後ろに回ると一抱えもある甕が二つ並んでいる。

 薄汚い甕だけど、口の所だけは真っ新な紙で覆って清々しい紙紐でくくられて、お祝いの品かなあと思う。

 二度目のよっこらしょで、ビッチェと一つづつ抱える。

「ま、入れ物込みで一貫目だから、ちょっとの辛抱ね」

「一貫目?」

「あ、3.75キロ。尺貫法の時代だからね」

「尺貫法の……?」

 そう言って、ビッチェが小さく右手を振ると消防車が消えた。

「ここでのアレコレが終わるまでは隠しとくの、この時代に消防車は無いから」

 そう言ってスタスタ歩き出す。

 チャプンチャプンと音がして、この匂い……中身はお酒だ。

 視界が広くなったと思ったら、今までいたのが、ちょっとした鎮守の森。トトロが出てくるのに相応しい。

「確認しとく、真凡、今の名前は?」

「かえで……あれ?」

 他にもいろんなことが頭の中に湧いてきて、わたしは四百年以上昔にリープしたことを知った。

 ビッチェはすみれだ。

 

「やあ、ご苦労だった!」

 

 森の外周を周って来たのだろう、痩せぎすだが敏捷そうな体の上に顔の表情筋を120%嬉しさに動員した小男が駆けてきた。

 なんだ、この陽気な120%は?

「なんとか手に入りましたよ熱田のお酒。ここで渡していいんですよね」

「ああ、すまん……いや、いっそ、付いて来てくれんか」

「あ、また思い付き」

「そう言うな、わしの思い付きは日枝神社のご託宣と同じじゃ、きっといい目が出る!」

「じゃ、お手当は十文増しね」

「いやいや、おぬしらにはかなわんなあ!」

 二人のやり取りを聞いて、やっと分かった。

 

 この大声の小男は、やっと公に姓を名乗り始めた藤吉郎……のちの豊臣秀吉だ!

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長
  •  ビッチェ     赤い少女
  •  コウブン     スクープされて使われなかった大正と平成の間の年号

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