真凡プレジデント・80
ガルパンのお蔭なのよ
含羞を含んだ声でケイ・マクギャバン軍曹が言うと、境内に散った少女たちがエヘヘと笑う。
「あなたたち、東京タワーの上半分なのよね」
ビッチェが言うと、エヘヘの笑い声がアハハと膨れ上がる。
そうだ、増上寺の本堂の屋根越しに見えたんだ!
幼い日のお正月、初詣で混雑する境内、お祖父ちゃんに肩車してもらったら、間近に東京タワーが見えてビックリしたんだ。
しかし、本堂の上は青空が広がるばかり。
「もう少し山門の方に寄ってみたら見えるわよ」
そんなに低いわけない。
スカイツリーに取って代わられたとはいえ、堂々の333メートルだ。
「リフトしてあげよう」
ケイ軍曹が手を上げると、山門付近にいた隊員たちがチアガールがやるようなピラミッドをつくり、アッと思った時には両脇に居た隊員二人に投げ上げられて、おっかなびっくりで三段目に着地した。
あ………………
見えるには見えたんだけど、東京タワーは第一展望台までしかなかった。
なんだか、カメラを着けずに立っている三脚のようだ。
「リアルには、ちゃんと上まであるんだけどね。ここはスピリッツの世界だからね」
ビッチェがニヤニヤしている。
「どういうことなの?」
「東京タワーの上半分は、朝鮮戦争でスクラップになった戦車で出来ているんだ。そうだよね軍曹」
「検索すれば分かることなんだけど、意外に知られていなかった」
「ホーー……でも、上半分とは言え、東京タワーになるんだ、大きな戦車だったのね!」
ガルパンに出てきたドイツのカール自走砲とかマウス超重戦車を思い出した。
「一両じゃないわよ、この境内に集まった人数と同じだけ」
「……九十台?」
「うん。マヒロをリフトしてくれてんのがM24チャーフィー。わたしはM26パーシング、そっちがM4シャーマンの子たち」
紹介される度に、一群の少女たちが顔を見合わせて微笑む。
わたしも健二のお付き合いだったけど、映画版のガルパンは知っている。小五らしからぬ知識でガルパンの魅力についてYouTubeの動画を観ながら聞かされたので戦車の名前くらいは「あ、あれか」という程度には分かる。
「それが大事なのよ。M26とかM4とか言われてMサイズの区分とか思われてるようじゃ、たとえスピリッツの世界でも実体化はできない。戦車のことだって分かってもらえて、その何パーセントが――東京タワーの上半分は戦車で出来てる――ことも理解してくれて、初めて里帰りもできるのよ」
「そうなんだ……でも、戦車だったら男のイメージじゃないのかなあ」
「それは、マヒロもさ、わたしたちを見てガルパンのサンダース付属高校を思い出したでしょ?」
「あ、うん」
「ガルパンで、ほとんど忘れられていたわたしたちが思い出されて、その思い出してもらったエネルギーのおかげで実体化できているの」
「ああ、オタクの力だ!」
嬉しそうに画面に食い入っていた健二の姿が浮かんだ。
「軍曹、まもなく迎えが来ます」
シャーマンの一人が山門の方を指さすと、十数台の軍用トラックがやってくるのが見えた。
「予定より早いなあ……よし、各自本堂の阿弥陀様にお礼を言って乗車しろ」
少女隊員たちは、各々の居所で姿勢を正して本堂に一礼して山門に向かって行った。
「それで、みなさんは、どこに向かわれるんですか?」
「決まってるでしょ、六十五年ぶりのアメリカ」
ふと、この少女……戦車たちの精霊は戻ってこないんじゃないかという気がした。
「あの……」
「サンクスギビングは向こうで過ごすわ」
「サンクス……?」
アニメのスポンサーになっていたコンビニを思った。
「アハハ、感謝祭のことよ。クリスマスには帰って来るわ。じゃあね」
九十人の少女……戦車の精霊たちは、わたしには『ゴンべさんの赤ちゃんが風邪ひいた』に聞こえるマーチを口ずさみながら山門を出て行った。
「さ、わたしたちも行くわよ!」
ビッチェが消防車のステップに足を掛けながら気合いを入れた。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
- 橘 なつき 中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問
- 柳沢 琢磨 天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
- 北白川綾乃 真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
- 福島 みずき 真凡とならんで立候補で当選した副会長
- 伊達 利宗 二の丸高校の生徒会長
- ビッチェ 赤い少女
- コウブン スクープされて使われなかった大正と平成の間の年号