大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・265『鈴麗』

2024-12-26 14:22:22 | 小説4
・265

『鈴麗』 鈴麗 




 満洲というのは辛い土地。

 村の年よりたちは『辛い大地』という。『土地』と『大地』は一字違いだけど、意味は大きい。

 子どもは、自分の村と周辺しか知らないから、単に土地。

 大人たちは、作物を売りに行ったり出稼ぎに行ったりで地平線の向こうまで知っているんで『大地』っていう。中には火星のマス漢まで稼ぎに行ったり移住したりした人も居て、そういう人が都会や火星の匂いをさせて帰ってくると別の意味で土地って呼ぶ。

「銀河宇宙の規模で言えば満洲の土地なんて、目の前にホワホワ浮いてる小麦のカスみたいなもんさ」

 三年前までニキビ面で麦踏みしてた関石が得意そうに言ったときは、こいつは関石の皮を被った宇宙人かと思った。村の大人たちもたいていは――関石は火星に行って田舎者になった――と言っていた。

 辛い土地なのは主人というか支配者がコロコロ変わるから。

 ロシアが来たり、漢明が来たり、日本が顔を出したり、半島の人が来たり。いちおうはマンチュリアって国になってるけど、奉天以外は、程度の差はあるけど、そういう外国の会社や公司が大きな顔をしている。

 そういう外国の力が強いせいで大小の争いが絶えない。

 隣りのA鎮とY鎮は20年前だったかの戦争で消えてしまった。関石の父ちゃんはY鎮の出身だったから、あいつが火星に行ったのはそのことも理由なのかもしれない。他にもK鎮という村があったらしいんだけど、K鎮はもっと前の戦争で消えてしまって、いまはロシアの企業農場になってる。すぐ隣が漢明系の農場なんで争いが絶えない。巻き込まれる満州人はいい迷惑。

 他にも鉱山やら工場やらが土地の人間と関わりなく建っていたりして、なんだか荒んでいる。

 そんな中で、うちの孫鎮だけは落ち着いている。

 理由は小爺の孫家が村を守てくれているから。うかつに手を出したらこっちの農園や工場どころか本国の本社が乗っ取られたり潰されたり。

 孫一族は、もう三百年近く、この村の長を務めて村を守ってくれている。昔々は馬賊っていって、ちょっと妖しい勢力だったらしい。だけど、三百年の間に商売や開発や私設の軍隊やら投資やら観光やら興行やらいろんなことをやるようになった。

 でも、村では、そんな顔は全然見せない。村の真ん中に、それほど大きくないお屋敷があって、劉さんとか孫家の番頭さんが常駐して村の世話をしてくれている。時どきは小爺自身が村に帰って来て、畑や牧場の世話をする。

 小さいころは老孫と呼んでいた。村に一軒だけあるコンビニと同じ発音なんで混乱したけど、コンビニとは関係ないらしい。少し大きくなると、大人たちが呼ぶように小爺って呼んだ。本人は老孫でも小爺でもどちらでもいいらしい。外の世界で孫大人と呼ばれているのは村を出てから気が付いた。

 小爺は気が向くと子どもたちの中に入って遊んでくれたり、外の世界のことを教えてくれたり。楽しいオッサン、オッサンなんだけどサッカーとかやると関石なんかよりも上手くって「小爺はオッサンの皮を被った化物だ」って嬉しそうに言っていた。

 小さい子はサッカーはできないんで『だるまさんがころんだ』をやる。それも世界の『だるまさんがころんだ』をね。

『一、二、三、我们都是 木头人』とか『一二三、紅綠燈、過馬路、要小心 』とか『Un, deux, trois, soleil 』とか『1,2,3, Pollito inglés! 』とか『ぼんさんが 屁をこいた』とかね。世界のだるまさんをやるんだ。他にも鬼ごっことか缶蹴りとかも、いろんな国のバージョンでね。

 ルールはハンベを使っちゃいけないこと。

 子どもの頃はPCとかAIとかは使わないで遊べというのが小爺のコンセプトだった。

 いちど鬼ごっこして、小爺を捕まえた時、見かけによらずタクマシイ背中と、子どもみたいな目の輝きに驚いたことがある。

 年に一二度、小爺は老婆婆を連れてくる。いや、老婆婆が付いてくる。老婆婆が一人でやってくることもある。

 奉天のお店やお屋敷で働く若者を探しに来ているらしい。

 村では御奉公と言ってるけど「いやいや、契約社員。昔流に言えば丁稚とか女中のことさ」と老婆婆は言う。

 実際、二三年働くと「ロシアの企業農場よりはマシ程度の給料だった」と言って帰って来る者がほとんど。

「ねえ、奉天のお屋敷で働かないかい?」

 そう持ち掛けられた時は嬉しかった。

 兄弟や友だちは「ただの女中奉公だよ」って言う。「子どじゃないんだからさ、いまさら老孫と遊んでもねえ」とも言う。

「昔はさ、愛人とかにされるとか言う大人も居たけど、みんな古臭い礼儀作法とか憶えるだけで帰ってくるしい、手ぇ付けられた子なんて一人もいなかったし」

 中には、古い礼儀作法とかが気に入られて、漢明やら日本に嫁いだ子もいるけど、漢明の方は離婚して戻ってきたし、日本に行った子は普通の中産階級の奥さんになってるだけ。村の女の子が思う玉の輿からは遠い。

 でも、わたしは晩熟(おくて)なのか老孫、いや小爺のところで働くのも悪くないと思った。

 そして、奉天のお屋敷に着いて、少し驚いた。

 女中というか奉公人というかの何人かの名前に『鈴』の字が付く。

 老婆婆も本名は小鈴だし。今は空席だけど秘書さんの中には秋鈴や夏鈴という名前もあった。

「じつは、あんたの鈴麗という名前はわたしが付けたんだよ」

「ええ!?」

 ちょっとビックリした。

「鈴麗のお母さんを見ていい人だと思って、それで、このお母さんの娘なら、きっといい娘さんになると思ってね。お父さんもお母さんも喜んでくれて……」

 うん、鈴麗という名前は子どものころから気に入っていた。

「あ、どうもありがとうございました」

 だから、普通にお礼を言った。


 お礼を言うと老婆婆は真剣な顔になって言った。


「実は、鈴麗……小爺の子どもを生んでくれないかい?」

「え……ええ……?」

「鈴麗に孫家の跡継ぎを生んで欲しいんだよ」

「そ、それって……!?」

「正式な奥さんにしてやれるかどうかは小爺次第だから、ここで約束はできないんだけどね。いや、無茶な頼みだということは承知の上。生まれた時から、鈴麗には素養があると感じて、ずっと見て来たんだ、どうだろうねえ……」

「そんなの、いま言われて答えられることじゃないわ」

「ああ、すまないね、いきなりすぎたね。老婆婆も年だからね……いや、驚かせてごめん。ま、老婆婆の気持ちということで、ま、小爺にはなにも言ってないから、秘書見習いってことで、ま、励んでおくれ」

 そう言うと、気まずそうに後ろで組んで行ってしまった。

 小爺がカルチェタランに戻って来て「鈴麗はそういう対象ないアル」と、直接ではないけど言われて、いっしょに付いていく東鈴が……ちょっと眩しく見えて。

 その東鈴の姿が眼下に見えて……え、ベッドに寝かされてるのはわたし?

 よく見ると、体はほの白く光ってるんだけど、頭……脳みそのところが黒くて生命を感じない……髪の毛が剃られて、頭の横からだけチューブとケーブルが伸びて……繋がった機械はモニターに横に真っ直ぐな線を引いているだけで、やっぱり死んでる?

 あ……意識が飛ぶ…………それから目の前が真っ白になり……気が付いたら、夢の中でぼんやり目覚めたみたいな、途切れ途切れの意識で、わたしは東鈴と重なってしまっていた。

 

☆彡この章の主な登場人物
  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑月面軍三等軍曹、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑幕府北町奉行所与力 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     ピタゴラス診療所女医、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑科学研究所博士、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵             天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任 じつは山野勘十郎 月で死亡
  • 扶桑 道隆              扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)     将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)          地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)           児玉元帥の友人 乳母の老婆婆の小鈴に頭が上がらない JR東と西のオーナー 
  • テムジン              モンゴル草原の英雄、孫大人の古い友人      
  • 森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン(メアリ・アン・アルルカン)   銀河系一の賞金首のパイレーツクィーン
  • 氷室(氷室 睦仁)          西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)          西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)           西ノ島 フートンの代表者
  • 及川 軍平             西之島市市長
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)    今上陛下の妹宮の娘
  • 劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
  • 王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書 JR西のボディー 劉宏にPI
  • 胡 盛媛 中尉           胡盛徳大佐の養女
  • 栗 尊宅(りつそんたく)        輸送船の船長  大統領府参与
  • 朱 元尚 大佐           ホトケノザ採掘基地の責任者 胡盛徳大佐の部下だった
 ※ 重要事項
  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
  • パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
  • 氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
  • ピタゴラス    月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
  • 奥の院      扶桑城啓林の奥にある祖廟

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