ライトノベルベスト
うちの犬は「ポチ」だ。
ありふれているようで、めったにない名前。種類は雑種。お父さんが酔っぱらって連れて帰ってきたときは、まだほんの子犬だった。もう二歳になるんで思春期の高校生ぐらい。高校生って多感な年ごろ。自分でも自覚はある。
自分で言うのもなんだけど、あたしは可愛くない。
え、火曜日まででよくわかった? それは早とちり。あたしは間違っているとか、理由もなくエラソーにしてる奴は嫌い。先輩とか先生とか関係なし、小暮先生とのやりとりでも分かってもらえると思う。ダメな作品には、はっきりダメと言う。去年の東北大会でも、あの大震災の被災者の描き方にデリカシーがないので食いついた。
「どうして、姉を失った妹をグロテスクに描くんですか? それに交通事故で死んだ幽霊が『あたしたちも同じ幽霊だよ』で片付いちゃうんですか? あの震災での死は交通事故とは違います。イージーなカタルシスに持っていくのは、被災された方への冒涜です!」
我ながら手厳しい。
で、大会での幕間討論は「互いに認め合う精神を大事にして発言しましょう」の、注意事項を枕詞で言うようになった。やれやれ……。
でも、そうではない局面。相手が失敗しても真剣にやっていたりすると、すごく言葉やリアクションに気を遣う。できるだけ優しく、可愛く対応しようと、時に相手を面食らわせてしまう。
それが、今日あるんだよ~。
一年の時から同じクラスの相原雄介があたしにコクってきた。
「話があるんだ、ちょっといいかな」
緊張しながらも、手順を踏んで真剣に、小さな声で、昼休みの中庭という人がたくさんいて目立たない状況の中で手短に言った。
演劇部の問題があったので、あたしの脳みそのキャパを超えてしまうので「ごめん、来週の水曜日。もっときちんと話そうよ」ということで、今日の放課後、いったん家に帰って私服に着替えてから話し合うことになっている。制服で話したら、うちの学校の生徒だって直ぐに分かってしまう。制服は学校の看板だ。最終的に個人として傷つくことがあっても、学校の看板は傷つけられない。
媚があっても、だらしなくてもいけない。チノパンにブルゾンといういでたちにした。あとは心をシャキッとしてスイッチオン。
場所は、学校の一駅向こうのカラオケ屋。ロケーションとして完全とはいえないけど、互いのプライベートは確保できる。一応カラオケ屋なんで、景気づけの意味もあって、4曲ほど歌う。3曲はAKPの曲になってしまった。雄介も不器用ながら付き合ってくれて、一曲はソロで歌った。
「さあ、本題にはいろうか」
「え、あ、うん……」
場所がカラオケなんで、あたしはカラッと事務的に切り出した。
「雄介が言う『付き合う』ってのは、どういう感じなの?」
「えと……好きだって気持ちで、お互いピュアに高め合えたらなって、そういう感じ」
「回りくどい言い方やだから、単刀直入に聞くね。あたしのこと独占したいわけなの?」
「独占てのは……ちょっと違う」
「分かんないなあ。あたしのこと好きになってくれたわけでしょ。そういう気持ちって独占欲なんじゃないかなあ。悪い意味じゃないよ。当然な気持ちだと思う」
「じゃ、じゃあ、そうかな……で、妙子はどうなの」
「一年のときからいっしょだし、いいやつだと思ってる。いいやつの内容が自分でも分からないけど。突然の告白にたじろいでる」
「だろうな……」
「進路目指して、いっしょに励まし合ってなんてきれいごとじゃなくて確認しておきたいの」
「なにを?」
「好きだって気持ちの種類とレベルを」
「あ、どうやって?」
「キスしてみよう。ドキドキ感で、ある程度分かるような気がするの」
「キ、キスか!?」
「うん、ほんの軽いの。フレンチキスはだめだよ。ま、勢いで胸が触れ合うくらいは許容範囲」
で、5秒ほどキスした。
「雄介のドキドキってか、あたしへの気持ちは分かった。ありがと」
「で、妙子は?」
「言っとくけど、今のファーストキスだからね。そのわりにはドキドキしない。とりあえず、お互いの心に住民登録はしておこうか。半端な答えはきらいだから、こんなのでいい?」
「う、うん、いいよ。予想より良い答えもらえてよかった。オレ、妙子のそういう正直なとこが好きなんだ」
「正直になろうとはしてるけど、あたし、まだまだだよ。住民登録はしたけど、あたし、しょっちゅう家あけてるからね。それから、今日のキスは、あくまで試験だから。飛躍した行動はとらないでね」
カラオケ屋は別々に出た。誰の目があるか分からないものね。
帰りは二駅歩いた。学校の誰かに見られたくないのと、考えをまとめるため。
学校関係者には会わなかったけど、考えもまとまらなかった。結論は出たけど、出し方は、あれでよかったのかと思った。
きちんとやっても、気持ちのままやっても、スッキリはしない。
明日から週も後半、波乱の予感。
あたしは秘密の多い妙子です。
つるべ落としの夕陽がシュートを間違えたスポットライトのようだった。