真凡プレジデント・78
バン!
車の揺れの為にフロントガラスに手を突いたのかと思った。
違った。
コウブンが手を突いたフロントガラスには『死ね東京日日新聞!』と呪いの札が張られているではないか!
「な、なにこれ!?」
「東京日日新聞が『次の年号は光文だ!』とすっぱ抜いたのよ」
「え、それで?」
「急きょ『昭和』に挿げ替えられたの」
「ほ、ほんと?」
「本当の本当!」
にわかには信じがたくてビッチェの顔を窺うんだけど、見えないレーンを外れないように必死でハンドルを握っていて声を掛けられない。コウブンはダッシュボードに爪を立て、目に泪を浮かべながら唸っている。
「グヌヌヌ……!」
「年号と言うのはね……」
コウブンとわたしを取り持とうとして説明を試みるビッチェ。
「中国の『四書五経』のような漢籍から取ってくるのよ。そこから話してあげたら」
「う、うん……昭和というのは『四書五経』の「百姓昭明 協和万邦」から取ってるのよ」
「……あ、ああ。昭と和ね」
「でもね、江戸時代に『明和』って年号がすでにあったの」
「……なるほど『百姓昭明』の昭と明の違いだけなんだ。いかにも間に合わせましたって感じね」
「でしょ! ロクヨンもガンネンもプータレテるけど、たとえ七日間とは言え、実際に存在したんだもんね。わたしなんか完全に消されてしまって、ビエーーン( #ノД`#)!!」
ダッシュボードに顔を付けて泣き崩れるコウブン。小さな肩が震えて可哀想なんだけど、コウブンの震えが車体に伝わって振動がものすごくなってくる。ハンドルを握るビッチェも肩に力が入って必死でハンドルを操作するけど、それでもコウブンに文句は言わない。それほどコウブンは危ない子なんだ(^_^;)。
「そうなんだ……」
「平成だってね、小渕さんが発表する三時間前に毎日新聞がすっぱ抜いたのに、ちゃんと三十年も続いて……間に合わせの昭和なんかにしなかったら、もっといい時代になっていたかもしれないのに」
「でも、わたしは聞いたから、ちゃんと覚えておくわ。光文……いい響きじゃないの。平成ももう終わっちゃったし、いまは令和だし」
「だって……だって!」
「わたしが光文の年号でカウントしてあげようか!?」
「え?」
「フフ、私年号ね」
ビッチェが呟く。
「あ、それ嬉しいかも!」
「任しといて、ちゃんとカレンダーにもするから。わたし生徒会のプレジデントだから、生徒会室にも貼っておくわ」
「あ、ありがとう! 真凡っていい奴なんだなあ!」
「どういたしまして」
「安心した……安心したら、なんだか眠くなってきちゃった……」
「いいわよ、わたしにもたれても」
「うん、ありがとう……」
コウブンは、そのままもたれてきたが、重さを感じることは無かった……コウブンはそのまま溶けるように姿が消えて、右半身に感じていた圧も、フッと消えてしまった。
「コウブン……」
「真凡……この旅が終わったら、ちゃんと、ほんとうに使ってやってね」
ビッチェと二人シンミリすると、しだいに振動が収まって、舗装したての高速道路を走っているようになってきた。
「ん……やっと道が見えてきた。抜け出すよ!」
次の瞬間、消防車は次の世界にジャンプしていった……。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
- 橘 なつき 中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問
- 柳沢 琢磨 天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
- 北白川綾乃 真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
- 福島 みずき 真凡とならんで立候補で当選した副会長
- 伊達 利宗 二の丸高校の生徒会長
- ビッチェ 赤い少女
- コウブン スクープされて使われなかった大正と平成の間の年号