くノ一その一今のうち
ソファーに座っていてさえ分かるくらいに短足。
お腹はデップリ、顎は二重だし、顔は脂ぎってるし、頭はバーコードだし、耳に毛が生えてるし。
街の中で会ったら、ぜったい視界の外に外すタイプ。
だけど、面接だから正面から見ざるを得ないし。
正面から見ていてもね、注目しないやり方もある。視野の端でものを見るのは忍者のイロハで、それとは知らずにお祖母ちゃんに教えてもらった。やろうと思ったら、この瞬間だってできるんだけど、さすがに面接だし、ちょっと油断のならない感じもするし。ここはガマン。
「……生まれた子はお庭番の女が引き取ってね、自分の子として育てたんだ。秀忠さんは『すまぬ、いずれ、世の中が許すようになった暁には身の立つようにしよう』とおっしゃってね、お墨付きを認められて日光東照宮にお納めになった。それが、八代吉宗公の時の日光改修で見つかったんだが、その内容を読んだ吉宗公は大岡越前……知っているかなあ?」
「はい、遠山の金さんと並ぶ名町奉行ですね」
「うん、その大岡越前を遣わして、その末の者たちがお墨付き通りであることを確認すると、添え状を書いて再び日光に封印された」
「はい」
「千人同心というのを知っているかい?」
「八王子の……」
「うん、武田家の旧臣たちを同心の身分で八王子に住まわせ、あたりの開拓や日光街道の警備なんかをやらせていた。万一江戸が攻撃を受けて将軍を逃がさなければならない時は、この千人同心たちが守護することになっていた。万一のためのSPということだね」
「はい」
「これに似たものに等々力百人同心というものがあるんだ」
「とどろき?」
「等々力と書いてとどろきと読む。世田谷だね、二子玉川と自由が丘の間当たり、等々力渓谷って景色のいいところがあるんだ」
「はい……」
返事はしてるけど、話が飛んでしまって生返事になりかける。
「そこに居たのが百人同心。八王子同様で北条氏の旧臣たちで構成されていてね、役目は似たり寄ったりなんだけど、一つ別の大きな役割があった」
「別の役割ですか?」
「うん……豊臣秀頼の子孫を保護する役目なんだ」
「と、豊臣秀頼の子孫?」
「うん、秀頼は大坂夏の陣で淀君とともに亡くなったけど、子孫は残った。家康も、そこまで鬼にはなれなかったんだね。島津家に身を寄せさせた後、秀忠さんの代に呼び寄せてね、豊臣とは名乗らせなかったけれど面倒をみたんだ」
「はい」
これが、どうわたしのバイトと関係してくるんだ?
「幕末、幕府が瓦解した時に、慶喜さんが大政奉還して、江戸城明け渡しになって静岡に移る時にね、その子の子孫に『徳川』を名乗ることを許したんだよ」
「あ……」
これが、この徳川社長の事情か……
「そう、それが、わたしの五代前。それからは、いや、それからも等々力徳川は、その恩に報いるために貿易で力を付けながら豊臣家の血脈を守っているわけさ」
「は、はい……」
スジは分かったけど、なんかピンとこない。
「説明は、そのくらいでいいんじゃないかなあ」
いきなり声がした!?
音源のハッキリしない声、部屋の四方にスピーカーが仕込まれていて、それが一斉に鳴ってるみたいに、自分の頭の中から声がでているみたいで、気持ちが悪い。
キシ
微かに音がしたかと思うと、ドアに近いソファーの座面が凹んで、次の瞬間スーツ姿が現れた。
「まだ呼んどらんぞ」
「社長の話は長いんですよ」
「やれやれ、課長代理の服部君だ。この部屋での君の上司になる。まあ、憶えてやってくれ」
「あ、どうも、風間そのです」
「君は、どこの高校なのかなあ……」
「はい、えと………………え? あ、ああ!?」
そいつは、丸の内に着いた時、あたしに絡んできた並ではない警察官だった!
☆彡 主な登場人物
- 風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
- 風間 その子 風間そのの祖母
- 百地三太夫 百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
- 鈴木 まあや アイドル女優
- 忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
- 徳川社長 徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔