真凡プレジデント・3
お好み焼き『たちばな』は少し広い。
四人掛けのテーブルが四つに最大十人が掛けられるカウンター、そして奥に小座敷がある。
三時から五時までがアイドルタイムなので、小座敷で試作品を頂く。
オーーーーー!
遠慮のない歓声を上げるわたし。
二口目でコンニャクに行きついて、その意外な食感と味に驚いた。
「こんどのコンニャクは違いますね!」
「でしょ、去年はただのコンニャクだったけど、今度のは刻みを入れてマル秘の下味が付いてんの」
「これ、絶対売れますよ(^▽^)/」
「うん、真凡ちゃんのお墨付きなら間違いないわね」
おばさんは自信たっぷりだが娘のなつきは苦笑い。
「美味しいけど、下ごしらえ……」
「慣れたら半分の時間でできるから大丈夫」
お店はおばさんとパートのおばちゃんとで切り盛りしているが、ピークになるとちょっとキビシイ。
しかし、根っから楽天家のおばさんは意にも介さず、やる気満々。
「ここに行きつくまでにはね……」
おばさんの苦労話は、いつも面白い。喜怒哀楽をうまく表せず「興味の薄い奴」とお姉ちゃんには言われる、意識すれば、それなりのリアクションもできるんだけど、それは気疲れのする演技なんだ。おばさんの話にはいつも気楽にケラケラ笑える。なつきにこの半分もあればと思うんだけど、言って身に付くもんでもないから言わない。
「おかみさん、時間ですよ!」
パートの篠田さんがエプロンを掛けながら声を掛ける。
「あ、あらやだ、いつの間に!?」
「真凡、二階いこ」
「うん、急ご」
当たり前だけど、勉強はなつきの部屋でやる。立ち上がった拍子に口の開いたままのカバンを蹴飛ばして中身をぶちまけてしまった!
「アチャーー」
オッサンみたいな声が出て、拾おうとしたら、おばさんが機先を制する。
「あら、生徒会長に立候補!?」
おばさんは目ざとく会長候補用とスタンプの押された『立候補者心得』の書類を発見したのだ。
「それはお祝いしなくっちゃ!」
篠田さんまでハッチャケそうになるが「当選したわけじゃありませんから」と固辞して二階への階段を上がる。
「応援するからね真凡!」
階段を上がりながら頬を染めてなつきが拳を握る。
なつきのガッツポーズ、とてもキュートだ。
このキュートさは自覚が無くって、気心の知れた人にしか見せない。意識してやったら、ちょっと嫌味になるから、本人にも言わない。たまに出た時に――オオ( ゚Д゚)!――と、わたし一人、密かに喜んでいる。
いつか偶然にでも写真に撮れればいいくらいに思っている。
と言いながら、バシャバシャ写真を撮るような趣味はないんだけどね。
スマホの写真を撮る時って、無神経な感じになる人が多いと思うんだ。
たまに撮ったりすると「なんだか鑑識のオジサンが証拠写真撮ってるみたい」と姉に言われてしまうしね。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
- 橘 なつき 入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問