大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ポナの季節・46『一年五組の佐伯美智』

2020-09-27 06:21:09 | 小説6

・46
『一年五組の佐伯美智』
         
  

ポナ:みそっかすの英訳 (Person Of No Account )の頭文字をとって新子が自分で付けたあだ名




「さっきお母さんから電話があった」

 

 美智は、その一言でホコリがうっすらと積もった相談室の机の上に目を落とした。
 成績はイマイチだが、敏い子だと達孝は思った。


「どうしても演劇部がしたい。でも、うちの学校無いから、勝手に作って連盟に届け出した。先生の名前で……」
「顧問の引き受け手はなかったのか?」
「五人の先生にあたったけど、みんな断られた」
「で、おれの名前を使って連盟に加盟したんか?」
「……もういい」
「なにが、もういいんだ?」
「お母さんが電話してきて……全部ばれちゃったら、もうおしまい。演劇部なんて存在しないし、寺沢先生は顧問でも何でもないこと分かっちゃったら、もう何もできない。連盟加盟も取り消しだし、コンクールにも出られない……」

 そこまで呟くように言うと、美智は大粒の涙を流したかと思うと「ワッ!」と机につっぷして泣きだした。

「なんで演劇部作ろうって思ったんだ?」

「幕を上げたかった、あた、あたしらの、あたしらの幕を……!」
「『幕が上がる』でも観たのか?」
 達孝は、空気を柔らかくするつもりで、半ば冗談で言った。


「なんで分かるの?」


 意外な答えだったが、美智の情熱は、幼くはあるが、ちょっとばかり本物のニオイがする感じた。
「あれははた迷惑な映画だ。演劇部なんてあんなに簡単なものじゃないし、あの吉岡という女の先生は無責任だ。新任の一年間も全うせずに教師を辞めて教科指導も、学校の仕事も演劇部も捨てて女優になる。オレが指導教官なら、ぜったい引き留めた」
 達幸は映画は観ていないが、原作の小説は読んでいた。正直な感想である。案の定美智は、しゃくりあげながらも恨めし気な目で達幸を見上げた。
「でも、それを通り越して芝居をやることの楽しさや素晴らしさを佐伯たちは受け止めたんだろう」
「……うん、これだって思った。中学は三年間しょぼくれてたけど、高校に入ったら、あんなのが出来るんだって、たった一つの虹だった。でも、もうおしまいなんだ……」
「どこで稽古していたんだ?」
「カラオケ屋とか、学校の空いてる教室」
「空き教室は、鍵がかかってるだろう」
「仲間に鍵開けが上手いのがいるから……」

 並の教師なら、この教室の施錠を破って侵入したことだけで話を打ち切り、懲戒にかけていただろう。

「それほどやりたい芝居があるのか……?」
「うん…………映画の芝居は細切れで良く分からないけど、あの中で吉岡先生は言うんだ『あたしは過去十年に遡って全国大会の芝居は観た』って。だから基礎練習とかは、まだまだだけど、パソコン持ち込んで、高校演劇の作品観まくった……」
「で、いい芝居が見つかった……そうだな」
「なんで分かるの……?」
「そうでなきゃ、日曜の夜十時過ぎまで家に帰らないなんてことないだろ。それに、なにより、佐伯、お前の目は目標を見つけた目だ」

 再び道の目から、大粒の涙が溢れてこぼれた。

「そんな風に言われたの……初めて。少しだけ気持ちが軽くなった」
「本はなんだ?」
「これ……」


 美智は四六判のくたびれた本を出した。『ノラ バーチャルからの旅立ち』という表題の戯曲集だった。四編の戯曲が入っていたが、お目当ては手垢の付き方で分かった。


「『すみれの花さくころ』か……」
「うん、最初ネットで名古屋音楽大学がやってるの見つけて、大阪の天王寺商業が本選でやったの観た。切なくて悲しくて、でも人間っていいもんだって、心が温まるの!」
「そうか、いいものに出会ったんだな」
「先生、お母さんには、あたしから謝る、シバカレたっていい。このまま、このまま演劇部続けさせてくれないかな。お願い、お願いします!」
 美智は勢いよく頭を下げた。ゴツンと痛そうな音がした。

「謝るのは、オレがやっておいた。演劇部が無いなんて言ってないからな」
「ほ、ほんと……ですか!?」
「これも何かの縁だろう。オレは一年で定年、その間しか付き合ってやれない。それでいいなら、いけるところまで行ってみるか?」
「は…………はい、やります。ありがとう、ありがとうございます寺沢先生!」
「ドアの外の三人も入ってこい」


 ドアの外に聞き耳頭巾が三人いることはお見通しだった。みんな揃って校則違反のナリだったが、目は輝いていた、そして美智の顔を見ると大笑いした。ホコリだらけの机に突っぷして泣いていたので、目を中心にしみだらけ、おまけに額にタンコブ。達孝もいっしょに笑ってやった。

 かなり波風が立ちそうだったが、定年前に、いい仕事ができそうな予感のする寺沢達幸先生ではあった。

 



ポナの周辺の人たち

父     寺沢達孝(59歳)   定年間近の高校教師
母     寺沢豊子(49歳)   父の元教え子。五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん
長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉
次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員だったが、乃木坂の講師になる。
長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官
次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ
三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )
ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。

高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)
支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子
橋本由紀  ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長
浜崎安祐美 世田谷女学院に住み着いている幽霊
吉岡先生  美術の常勤講師、演劇部をしたくて仕方がない。
佐伯美智  父の演劇部の部長


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