くノ一その一今のうち
大手門を出て南に走る。
少し走ると地下鉄の駅が見える……谷町……四丁目?
『空堀商店街はもう一つ南です、谷町六丁目!』
えいちゃんが注意してくれる。
「阿吽の呼吸だね」
『カバンの中にスマホがありましたから』
「しかし、外堀と惣掘の間が駅一つ分、巨大な城だったんだな」
先日の甲府城も小さくはなかったが、目算でも甲府城が四つぐらいは入りそうな広さだ。
『北の端は天満橋ですから、南北で二キロ近くあります』
二キロ四方……ちょっと手こずるかもしれないが、やるしかない。
空堀商店街の入り口は、谷六駅のさらに南100メートルのところだった。
アーケード入り口、向かって右がたこ焼き屋、左がパン屋。
いかにも日常の生活に根差した商店街。アーケードの看板も『はいからほり』とダジャレめいていて好ましい。
『ちょっと身構えてしまいます(;'∀')』
えいちゃんの気持ちは分かる。
商店街は西に向かっての下り坂になっている。
むろん、アーケードの中には十分な照明があるんだけど、途中で縦にも横にも微妙に曲がっていて西側の出口が窺えない。これから木下家の、おそらくは本拠地に足を踏み込むのかと思うと、えいちゃんでなくても身構えてしまう。
「行くよ」
身構えていては怪しまれる。
時間はほど良く三時半、高校の授業が終わって、平均的な高校なら全生徒の半分は所属している帰宅部がそぞろ下校する時間帯。
フッと拳一つくらいの息を吐いてアーケードに入る。
地元民以外にも、軽観光という感じの者もチラホラ。沿道の店々も戦前からあったような古寂びたものから、占いやらカフェやら原宿めいたものも見えて、シャッターが閉まったままという店は一軒も無い。商店会の努力や情報発信が実を結んでいる感じで好ましい。
「高校生も歩いている、溶け込みやすい」
『近くに空堀高校があります。駅に行くには少し遠回りですけど』
「少し遠回りでも、下校途中に寄ってみようって気にさせるんでしょ。上出来の商店街」
ふと、この程よい賑わいは木下家が関わっているせいかと思ったが、気の回し過ぎだろう。これまでの木下の動きを見てもリアルの世界には一歩身を引いているはずだ。
しかし……商店街の端が見え始めたというのに、怪しい気配が無い。
ここが本拠地の入り口であって、木下の手の者の出入りがあるのなら、どこかに気配や残滓があるはずだ。
それを見逃さない程度には猿飛たちと渡り合ってきている。
『少し戻ったところに惣堀の遺構があります』
「よし、行ってみよう」
ゆっくり振り返って、チラホラ歩いている空堀高校生の空気に紛れる。
呼吸と歩速を合わせれば、少々の制服の違いなどは気づかれない。
『ここです』
途中、下り坂の路地が見えて、えいちゃんが知らせてくれる。
あたかも、この先に自分の家があるという感じで路地に入る。下り坂は石段になっていて、降りた先の左側に高さ5メートルほどの石垣の遺構がある。隙間をコンクリートで埋めているが様式的には野面積と打込接の混在で戦国の名残を感じさせる。
それに、微かに木下のにおいを感じる。甲府城稲荷曲輪の井戸、甲斐善光寺の戒壇巡りで感じたのと同種のにおいだ。
「なにかある……」
視線を石垣から下ろすと手押しポンプが目に入った。
『これですか?』
「ああ、そうなんだが……」
手押しのクランクは囲いがされて動かすどころか触れることもできないようにしてある。
『触れませんねえ……』
「いや、そうでもない」
『え?』
ポンプの蛇口を捻ってみる。
カク
小さく手ごたえがある。角度にして1度ほど動いた。
しかし、それは鍵のあそびのようで、実際にはもっとはっきりと手ごたえがありそうに思えた。
おそらくここだ。
しかし、鍵を開くにはもう一つ別の鍵があるような気がした。
「もう一度、商店街に戻る」
『はい』
石段を一段飛ばしに商店街に戻った。
☆彡 主な登場人物
- 風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
- 風間 その子 風間そのの祖母(下忍)
- 百地三太夫 百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
- 鈴木 まあや アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
- 忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
- 徳川社長 徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
- 服部課長代理 服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
- 十五代目猿飛佐助 もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
- 多田さん 照明技師で猿飛佐助の手下
- 杵間さん 帝国キネマ撮影所所長
- えいちゃん 長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手
- 豊臣秀長 豊国神社に祀られている秀吉の弟