あるきメデス

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新緑の越後路・下越へ② 新発田その2(新潟・新発田・後半)

2023-07-08 11:09:53 | 国内旅行
 2023年5月24日(水) (新発田市内を観光後 新潟駅前へ・後半)

 新発田市役所を出て、さらに多くのシャッターが下りたアーケード街を緩やかに右カー
ブして西進する。


 カーブの先でふり返ったところ。


 通りには、りっぱな和風建築の建物も残っていた。


 市役所前から2つ目の信号の手前に、食事の出来そうなカフェを地図上に見つけていた
が、今日は定休日だった。


 その信号で右折して北へ、すぐ先のT字路際に、雰囲気のよさそうなカフェが目に付き
入ることに。
     


 店の名は「喫茶 2楽章」、その名のとおり店内にはクラシック音楽が流れ、テーブル
の横にはクラシック音楽の本が並んでいる。


     

 ランチセット(780円)も美味しくて量も高齢者にはほどよく、入って正解だった。


 ゆっくりとひとときを過ごし、13時30分過ぎに店を出た。バスの便は無さそうなの
で、連れ合いには少しきつい距離だがこの先も歩いて新発田城へ向かうことにして北東へ。

 通り沿いには、昭和の建物らしい平屋建ての住居が残っていた。


 信号のある三差路で左折して北へ、すぐ先の交差点近くには新発田市民文化会館が。



 その先北側一帯は「アイネスしばた」と呼ぶ駐車場と広い芝生広場で、防災あずまやや
防災倉庫、防災シェルターなども設けられていて、新発田市の防災拠点になっているよう。


 芝生広場の真ん中を抜けたた突き当たり一帯が新発田城で、南側の一部に堀が残り、ま
ず目に入ったのは旧二の丸隅櫓(にのまるすみやぐら)。


 新発田城の説明パネル



 堀に沿って東へ進んで表門前へ。この表門と旧二の丸隅櫓は国指定重要文化財である。




     表門から城内に入ると、正面に初代藩主の溝口秀勝公の立像がある。
     

 その近くで、ボランティアガイドの方から「新発田城の見学ポイント」という小さいリ
ーフレットをいただいた。


     

 城内で観覧できるのは、表門の2階と旧二の丸隅櫓、それに復元した辰巳櫓のみのよう。


 まずは、右手入口から表門の2階に上がってみた。












 表門の観覧を終え、東側の辰巳櫓へ。この櫓は、平成10(1998)年の初代藩主溝
口秀勝公入封400年記念事業を契機に、平成16(2004)年7月に完成したとか。


 古文書や古地図、古写真などの豊富な史料や発掘調査により忠実に復元されたようで、
内部を1階から2階へと順次観覧した。


     





     

 礎石のひとつが見えるようになっていた。



 辰巳櫓付近からは、北側の陸上自衛隊新発田駐屯地が望まれる。

 新発田駐屯地も新発田城内だったエリア。廃藩置県後に歩兵第十六連隊の兵営になり、
第2次大戦戦後、陸上自衛隊が引き継いでいるようだ。

 城内には、真っ白なヒメウツギがたくさん咲いている。


   最後に、表門の西側に残るもうひとつの国指定重要文化財の旧二の丸隅櫓へ。
      

 旧二の丸櫓は、寛文の大火から44年後の正徳2(1712)年の絵図に描かれており、
この頃までに波再建されていたと思われるよう。二の丸の北側にあったが、昭和の解体修
理で本丸の鉄砲櫓跡に移築されたので、旧二の丸櫓という名称になったという。


    


 2階に上がると、眼下には残っている掘の中央部周辺が望まれた。






     
    旧二の丸櫓を出て、表門方面に向かう.北側の一角に白いショウブ系の花が咲く。
          



 辰巳櫓付近やソメイヨシノの樹間からは北西端に、2004年に辰巳櫓とともに再建さ
れた三階櫓が望まれる。

 三階櫓は、事実上の天守に相当する櫓だが、幕府や親藩に遠慮して天守という名称は使
わず、「三階櫓」とか「御三階櫓」と呼んだとのこと。


 最上階の屋根の棟が丁字型で、各々の隅に1匹ずつ合計3匹の鯱が載るという、全国で
も唯一の櫓のよう。ただ、公開されてないので周辺から眺めるのみ。


 表門近くに、たくさん実の付いた木が目に入る。


     公開された城内のエリアは、予想より狭いわずかな範囲だった。
     


 表門から新発田城を出て、堀の南東側にあるおみやげ・お休み処の「安兵衛茶屋」へ。


   
 新発田市の観光情報発信拠点のひとつで、新発田の民芸品「金魚台輪」や銘菓などを販
売している。
     
  
 気温が上がって暑さを感じたので、カップアイスを購入したが凍っていて固いので、駅
に向かって戻る途中で食べることに。
     

     茶屋の西側には、堀部安兵衛の立像がある。
     

 今日の観光予定地はほぼ回り、15時近くなったので駅に向かうことにした。

 南側の芝生広場に戻ると、東方の雲が切れて、点々と残雪の見られる飯豊(いいで)連
峰北部かと思われる山並みが望まれる。

 帰宅後に記録を見たら、飯豊連峰縦走をしたのは1965年8月下旬の5日間。山形側
から入り、最初に宿泊した無人の山小屋では台風が通過した夜間、強風で小屋がガタガタ
揺れるのに不安を抱えながら過ごした。

 縦走を終えて新潟県側に下り、流れを見下ろし建物もない湯ノ平温泉の露天風呂で汗を
流し、東赤谷から旧国鉄赤谷線(あかたにせん)沿いを新発田へ出たことを思い出す。

 芝生広場にあったベンチで、安兵衛茶屋で買ったカップアイスを食べようとしたのだが、
まだ溶けておらず、しばらく休憩を兼ねて時間をかけて食べる。



 その間に、飯豊連峰の奥の稜線も雲間から望まれるようになり、大きな雪渓も見えた。

 
 新発田市民文化会館の南側の三差路まで戻り、往路とは反対の左手、東南方向への市道
を駅に向かう。信号のある交差点を2つ通過して、突き当たりの三差路を南へ。交差点際
にあった苔香荘という広い屋敷沿いを進む。





 アーケード街に戻って東へ、本町交差点の先でて右カーブして駅への商店街へ。







 16時30分頃、新発田駅に戻った。
 
 今日は忘れずにコインロッカーの荷物を取り出し、16時44分発の白新線上り電車に
乗る。宿泊予定の新潟駅には17時22分に着いた。

 昨日同様東口に出て、そばのガレッソと呼ぶビル4階から上のビジネスホテルに入る。

 19時近くになり、夕食の場を探して周辺を少し回る。適当なところが見つからないの
でセレッソ1階の店に入ろうかと戻ったら、出たのとは反対側に「越後秘蔵麵 無尽蔵」
というこだわりラーメン店が目に入る。
     

           
 おすすめランキングのトップにあった「涼味とろろまぜ麵」(900円)が私のお好み
に合うと思われたので入り、野菜ぎょうざ(450円)とともに注文する。


 野菜ぎょうざ



 期待通りのおいしさで、満足した。




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