『夢の小筥』

再び廻り来る事のない、この刻(いま)を、そっと筥に納めてみました。

"むか~しむかし・・・”

2011-01-29 16:16:11 | Weblog

 与えられた仕事もおわり、天気もよい・・・昨日から古い本を読んでます。

 難しいほんを読んだ後、何となく手にするのが「むか~しむかし」で始まる日本昔話、そしてその地に語り継がれる民話などです。その中から今日は京都の社寺の昔ばなし・・・で少し頭を休めてみました。

      田植え地蔵(醍醐寺) 

  もう750年も昔の事、宇治の笠取というところに、働き者の父親と息子が住んでおった。母親は、息子が九つの時、病気で死んでしもうたが、親子は悲しみに負けず一生懸命になって働いておった。

 ある日息子は、醍醐寺という寺につづく道端に、一体のお地蔵さんを見つけて立ち止まった。そのやさしい顔立ちが、息子には死んだ母親そっくりに見えるんじゃ、その日から息子は、毎日そのお地蔵さんにお参りするようになったそうな。

 やがてあくる年の六月、明日は田植えと言う日、父親と息子は田に水を引き、用意を整えて家に帰った。ところがその晩のこと、急に父親が高い熱を出して苦しみ始めたんじゃ。

山の中の田は、一日でも田植えを遅らせると収穫が少なくなってしまう、と言っても息子一人の力ではどうにもならん。息子は夢中で家を飛び出すと、あの優しい顔のお地蔵さんの所へ行き、一心に祈り続けるのじゃった。

 そうして次の朝、家を出て田んぼまでやってきた息子は、あっと声をあげた。不思議なことに田んぼには、青々とした苗が一面に植えられ、そよそよと風になびいているではないか。

「一体誰が・・・」

息子は狐につままれたような気持ちでキョロキョロあたりを見回した。

 すると、あぜの青草にいっぱい泥がついておってな、大きな足跡が道の上に、点々とついておるんじゃと、不思議に思うてその足跡をたどってみると、どうしたわけか足跡は、お地蔵さんのところまで続いておる。
そうしてなぁ、良く見ると、なんとそのお地蔵さんの足が、田んぼの泥ですっかり汚れておるではないか。

 息子はもう、言葉も出ず、ただお地蔵さんに向って、いつまでも手を合わせておったそうな。

 この噂は、たちまち村人の間に広まっていった。そしてお地蔵さんは、いつしか”田植え地蔵”と呼ばれ、今では醍醐寺に、靜かに立っておるという。

   お終い・・・

 

 

 

 

 

   

  


 伊勢物語

2011-01-25 14:01:37 | Weblog

             

  

                        

                         第 1 段・・・・初冠

  伊勢の斎宮が、『伊勢物語』の名の由来であるという説があるが、奈良の春日神社にも斎女の制度があったというから、「女はらから」も斎女であったとしてもさしつかえない。
  史実では、業平の元服業平の元服は父・阿保親王の亡くなった841年で、はらからの女性・藤原高子高子が生まれたのは翌年の842年だから、その年齢差は18であった。17歳の時の業平の相手はまだ生まれぬ高子ではなく、その三姉妹の長女・藤原有子17歳としか考えられない。素晴らしい文学は、書き初めによって規定される例に漏れず、見事に優雅な展開を予感させてくれるが、この虚構は、恋の相手が高子でなければならないのは、後の作者による明快な意志があったにかも知れない。
 

  与えられた仕事が一段落したので、大好きな「伊勢物語」を少し繙いてみよう・・・

 ここから始まり それぞれの冒頭が「昔、男……」と始まります。

 昔、男がいた。都が奈良から移ったこの平安京で、人家がまだ整理されていない頃、西の京にある女性がいた。その女性は、普の女性とは比較にならないほど優れていたのである。それは外見より心の立派な人であった。彼女の元に通う男がいたようだからひとり身ではないようであった。それを例のまめ男が彼女と親しく語らい合い、家に帰ってきたのである。それからは一体どうなったのだろうか、時は三月初旬、春雨のしとしと降る中を、こんな歌をおくったのだった。

 続きはまた・・・
  

 

 

 


  ”生きると言うこと・・・”

2011-01-24 15:35:48 | Weblog

  

                  

  大暴れしたお天気もようやく落ち着き、珍しく穏やかな日。 こんな日は大好き・・・

 相も変わらず庭のギャングは食べるのにいそがしい・・・

  この度しみじみ感じました。大自然の前では万物の霊長と言っている人間も、何も出来ない・・・

 と言う事が。

 やはり謙虚に生きなければ・・・

 鈍間(のろま)の私。でも与えられた命を生きる・・・一生懸命に・・・亀のようにゆっくりと・・・

 みんなと歩調が合わない事もあるでしょう。でも頑張る。

 明日はまた、雪が降るという・・・

 

 

 

 


 今日も吹雪き・・・

2011-01-17 13:43:51 | Weblog

            

               

 

 どうしたんでしょう・・・一向にやみそうも無い吹雪・・・

 だるまさん怒っている。ナマハゲは歯をむき出しておおきな鉈でやっぱり怒っている。

 スヤスヤ眠っているネコちゃんだけが救い。

 

階段
階段を二段跳びでかけあがるのは、
階段を作った人に失礼な行為です。
一段ずつ足を踏み外さないように、と心を配りながら作ったのに、
元気があるから・・・と言って無視されるときっと情けなくなると思います。
階段は一段ずつ踏みしめて、
少しずつ高みへ上るために作られたものです。
今は若い君たちにもいずれわかります。

 

てがみ
かつて縁のあった人たちから、年始の便りが届く。
縁の浅い深いはさまざまでも、
私との縁を忘れていない人たちの心遣いがうれしい。
日本中のだれもが、わずかの時間でかくも多くの人の顔を思い浮かべ、
”てがみ”の持つ力をあらためて知るときである。

 

 

 

 

居場所
話し相手は必要だ。
共に仕事をしたり行動したりする仲間も必要だ。
だが、
そんな者たちに囲まれていても、
自分の”居場所”がないと感じることがあるなら、
そこは腰をおろし、談笑する場所ではない。
安寧を求めるつもりでも、限りなく消耗するだけである。

 雪掻きも一時中止、こんな日は昔の本でも繙こうか・・・

 

 

 

 

 

 


眩しい・・・

2011-01-15 14:53:23 | Weblog

 

   

 高く積まれた雪山にお陽さまがキラキラと反射し眩しい・・・こんなふうに感じたのは何日ぶりだろ

 う?

 天上界であまりにも大量の雪の袋が何かの弾みで破れてしまったのだと思う・・・

 慌てて繕おうとしても、なかなか元に戻らなかったのでしょう?ね

 でもこれって、すごく困るんです・・・雪掻きの辛さがどんなものであるか?判って欲しい・・・

 石楠花の葉っぱが針でなく、葉になっている・・・ようやく何時もの姿。

 春にはまだ程遠いけど、お陽様が顔を出してくれるとこんなにも穏やかな気持ちになれるんですね。

 

 嘆けとて 月やは物を思はせる かこち顔なる わが涙かな     西行法師

 百人一首

 お正月にはよく遊んだものです。

 

 

 

  


ようやくお陽様が・・・

2011-01-11 19:00:45 | Weblog

  

  

 午後からは雪も止みお陽様が眩しい・・・

 それにしても、随分ふりました。

 風も冷たく気温も低く、石楠花の葉はついに開くことなく・・・きっと寒さに震えていたのでしょう

 私も今日で3日め・・・雪掻きがんばりました。

 庭のギャングヒヨドリが、餌を欲しいらしく「キキッ・・・」と鋭い声で牽制しています。

    

 吹雪の後です。餌がないのでしょう・・・早く餌箱を作り直して貰おうね・・・

   

 

 

 

 


  大雪!

2011-01-10 10:37:58 | Weblog

 

                
        スズメのお宿                         黒松の枝が折れそう・・・

              
       餌箱が埋まってしまいました                タヌくんも雪の下

 雪の少ないお正月を迎え、後が怖いと思っていました。ご覧の通りの大雪です。

 天上ではきっと雪の袋が重さに耐えかねて破れてしまった?のではないかと・・・

 毎年降る雪の量はきっと決まっているのでしょうね・・・

 スズメのお宿もすっかり雪に埋もれてしまい、些か可哀想・・・

 でも逞しい野鳥です。固めた雪の上に餌を撒いてやると、瞬く間に先を争って啄ばんでしまう・・・

 生きることに対する貪欲さ・・・そうであらねば・・・つくづく おもう。

  

 

 

 

 


 七草粥

2011-01-07 15:03:40 | Weblog

 

    

 

 「七草ナズナ とうどの鳥が 日本の国へ渡らぬうちに トントンパタリ トンパタリ・・・」と、呪文を唱

 なえながら、セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ・と春の野菜をきざむ・・・

 が、我が家は決して春の七草ではなく、家にある野菜が沢山入って・・・そう梅干もいれます。

 もう随分昔、白い割烹着すがたの母が和包丁で野菜をきざみ、口ずさんでいたのを思い出します

 今朝は雪のせいもあって、早起きしました。

 コトコトと時間をかけてのお粥づくりです。

 今年もまた、おいしく頂く事ができました。健康な証でしょう・・・

 少々疲れ気味のおなかに、優しく収まり何とも穏やかな気分になりました。

  

 食事のあとは久し振りにお盆点てをしてみました。

 シュンシュンと釜の松風が靜に啼いてます。お菓子は和三盆。

 消化の悪かった胸の痞えも、お粥さんと、お茶で良くなりました。

 単細胞な私です。

 どうか、今年も良い年でありますように・・・

 

 

 

 


 ” 夢の小筥”

2011-01-06 19:32:22 | Weblog

 

  

 私の大切な『夢の小筥』ほんの少々開けてみる

 余りの多さに些か戸惑ってしまう・・・

 その、一つ々に思い出があって捨てきれない・・・

 今、さかんに「断捨離」と言われているこの時期なのに。

 でも、そろそろ、整理の時かもしれない・・・

  

 

言葉
「ごめんなさい」が言えずに何度苦い思いをしただろうか。
「ありがとう」の一言が口から出ずに何度悲しい思いをしただろうか。
「ごめんなさい」も「ありがとう」も その使い方は十分知っていたはずなのに
なぜか恥ずかしくて口に出せなかった・・・・・・・
 もうそんな思いをしなくてすむように
この言葉だけは いつもポケットのなかに忍ばせておきたいと思う。
人と人が 互いに相手を大切な人だと思うとき
さりげなく そっと相手の心のなかに残しておく言葉・・・・・・
「ごめんなさい」も「ありがとう」も 決して一人歩きはしないのだから・・・・・

 

 回り道の唄から・・・この唄で何時も元気を貰っています。 

 

  

 

 

 

 


 靜に明けた平成23年!さて・・・

2011-01-04 16:09:39 | Weblog

           

  

  「正月でも普段使いの壷か?」と宣うている人がいる・・・かもしれないが、あれや、これやと食器の

 出し入れをしているうちにお花は最後になり 「活ければいいや」 と多少どころかうんとなげやり・・・

 まぁそれでも写真を写しておこうとパチリ

 すると今度は

 「篭の栗と宝船が邪魔、なんでよけないのだ・・」

 外野席は非常にうるさい。

 写真で見なければそれほど邪魔とは思わないのに・・・

 お元日から、子供たちが泊まったりお客さまがいらしたりと結構忙しく昨日午後からようやく普段に戻

 ったと思ったら、今度は相手の言葉が変にひっかかり、それをのみ込んだら消化がわるく・・・

 こんなとき、庭のタヌと話ができたら・・・これがまた、今時期出来るわけがない・・・

 そうこうしているうちに、夜になり”食べたい人は勝手に食べれば”と、な~にもせずに本を読んでる

 わたし。

 でも食べたくなるのも わたし

 会話もなく、モソモソと食べだしたら、友達からの電話・・・ 嬉しかったし有りがたかった・・・

 共通の友達ゆえ、これでなんとか会話が~本当はイヤなんだけど・・・

 でも何故こんな事になったのかな~? 判らないことにしておこう・・・?

 正月早々、不穏な空気ではありました。

 でも、新しい年の始まりです。

 ご挨拶が、あとになりましたブログのお友達

 ”明けましておめでとう御座います本年も宜しくお付き合い下さいませ”