先日、浜口雄幸氏の遺稿ともなった「随感録」を読んだのですが、そこに顕れた浜口氏の質実剛健・実直な姿勢には大きな感銘を受けました。
本書は、その流れで手に取ったものです。
主人公は、浜口雄幸氏と井上準之助氏。第一次大戦後の混乱収拾期、経済財政面での最重要案件であった金輸出解禁に、まさに命懸けの決意で望み断行しました。
(p36より引用) 政治家の売り物となるのは、常に好景気である。あと先を考えず、景気だけをばらまくのがいい。民衆の多くは、国を憂えるよりも、目先の不景気をもたらしたひとを憎む。古来、「デフレ政策を行って、命を全うした政治家は居ない」といわれるほどである。容易ならぬ覚悟が必要であった。
財政政策としての金輸出解禁の評価は、ほぼ同時期に発生した世界大恐慌の影響もあり、必ずしも高いものではありませんが、一国を預かる政治家が、口先だけでなく真に一身を投げ打って自らの信念を貫いた生き様には心を動かされます。
浜口氏と井上氏は、静と動、表面的には正反対といってもいいようなパーソナリティとして描かれていますが、共通するところは「信念への決意と執着」です。その信念にお互いが共感し「同志」としての絆を深めていきます。
凶弾に倒れた浜口氏が、数ヶ月にわたる闘病生活の後、遂に亡くなったとき。
(p363より引用) 死の知らせに、最初にかけつけたのは、首相の若槻であった。・・・
閣僚や党幹部たちが次々にとびこんできた。
その中でただ一人、玄関に入ると同時に、大声を上げて泣き出した閣僚が居た。井上準之助である。
見えっぱりでスタイリストと見られた井上のその姿は、ひとびとの目には、あまりにも異様であった。たとえ肉親を失っても、井上なら見せない姿に思えた。
あっけにとられて静まり返った邸の中に、しばらくは、井上の号泣だけが聞えた。
政治家の言う「命懸け」とは、彼ら二人の覚悟に至ってはじめて口にするできる台詞でしょう。
そして、こんなくだりもあります。
(p276より引用) この内閣の求めるのは、東洋の強大な君主国というよりも、民主的な平和愛好国として国際社会に共存する姿であった。井上の言葉を使えば、体外的にも、内政面でも、「民主的の動きが正しき道を進めば、国は安全にして、国民は幸福を享有し得る」という考え方である。
浜口内閣には、理想があり、「遠図」があった。
それにつけても、今の政治家の何と志の貧しいことか・・・、とはいえ、政治家の責任だけに押し付けることも正しくないでしょう。私たちにも、そういう不甲斐ない姿を批判できる志の高さがあるか、自省です。
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