著者の山本美香さんは、世界の紛争地を中心に取材活動を行っていた女性ジャーナリストです。
本書の舞台は今から10年あまり前のバクダッド、イラク戦争の取材ルポです。
取材ルポといっても、彼女の本職は「映像ジャーナリスト」なので、文字として記録されている内容は、数多くの対象者に取材をし尽くして事実・真相を掘り起こしたといった類のものではありません。現地の有りのままの姿をストレートに書きとめたという印象です。
それだけに、読んでいてシンプルに新たな気づきのインパクトが伝わってきます。
たとえば、よく耳にする「最前線」の現場・現実に触れたくだりです。
(p32より引用) 最前線と聞くと境界線があって、こちら側とあちら側にはっきり分かれて戦っているようなイメージがあるが、戦場は常に移動し、一定の場所で戦っているわけではない。戦地で暮らす人々にとって日常生活の中に戦争が入り込んでいることを知ったのも、現地に行ってからだ。
最前線の村でも戦闘の少ない日中には村人は外に出て畑仕事をしている。しかし、そののんびりした風景が夜になると一変する。・・・村を追われては生きていけない人々は、戦場という日常の中で日々暮らしているのだ。
確かにそうなんですね。私としては、こういった暮らしの中の動的なものとして「最前線」をイメージすることは未だかつてなかったので、正直、ちょっとショックでした。
もうひとつ、米軍の攻撃に晒されているバグダッドで1シーン。取材現場の様子です。
(p87より引用) この時期バグダッドに残っているジャーナリストの顔ぶれはほとんど変わらず、顔見知りも増えていた。中にはアフガニスタンで見かけた人もいて「また来てるな。頑張っているな」と名前も知らない相手にエールを送るような気分になる。世界中のある種いかれたジャーナリストばかりが集っているのだ。
ここに登場する各国のジャーナリストは、ニュートラルな立場で戦争の真の姿を報道しようという強い意思をもった人々です。それ故彼らは、戦争当事者にとっては有難くない存在でもあります。
米軍のバグダッド侵攻での攻防の中、著者をはじめとしたジャーナリストが拠点としていたパレスチナホテルが砲撃されました。イラク軍ではなく米軍によってです。
(p130より引用) 『米軍第3歩兵師団戦車が、パレスチナホテルを攻撃した。ホテルの1階から攻撃を受けたので、応戦した。ジャーナリストが巻き込まれたのは事故である』
米中央軍のブルックス准将が会見で発表した。
パレスチナホテルの1階から攻撃した事実はなかったと著者は断言しています。自分たちはずっと部屋にいた、ホテル側からは何の音も聞こえなかったと。
(p132より引用) アメリカの提供した、管理した従軍取材以外のジャーナリスト活動は認めない。攻撃の対象になっても仕方がない。それが彼らの考えなのだ。
戦場という特殊な状況では、人が人でなくなるような残虐な行為が行われたり、常識では考えられないような悲劇が起きる。それが戦争だ。誰かがそこに行って、目撃しなければならない。証拠を残していかなければならない。記録して外の世界に出さなければならない。孤立させ、密室にしてしまえば、蛮行は闇に葬り去られてしまうだろう。だから私は、戦場に向かう。ジャーナリストは危険を承知で戦争取材をする。
2012年8月20日、山本さんは、シリア内戦の取材中、シリア政府軍の銃撃を受けて、搬送先の病院でお亡くなりになりました。
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