2006年、文芸春秋より刊行されたノンフィクションである。
私たちにとって「酒鬼薔薇少年事件」は、
14歳の少年が起こした衝撃的、猟奇的少年犯罪として記憶に新しい。
この本で取り扱われる「事件」は、
「酒鬼…」より遡ること28年前に起こされた衝撃的、猟奇的少年犯罪である。
事件の概要は、19691年横浜の私立高校で起こった。
入学間もないこの高校の近くにあるツツジ畑のなかで、
ひとりの少年がナイフでめった切りにされ、
頭部を首から切り離されてしまった事件である。
血のように赤いツツジの花の群落の中に、
血まみれの頭と胴体が切り離された死体が転がっていた。
犯人は同級生の「A」であった。
事件の概要はこんなところですが、このノンフィクションは、
「猟奇的殺人の動機」や「事件の背景」を探るルポではない。
加害者「少年A」と「被害者の家族(遺族)」という視点から
事件後30年近く経過してもなお癒されぬ被害者の母と妹への
インタビューを中心に描くことによって、
「少年法の矛盾」と「被害者側への法的支援の希薄さ」を
浮き彫りにしようとしている。
事件の衝撃ゆえに壊れて行く被害者の家族。
少年法の保護のもとに「少年A」は無償で教育を受け、
短い刑期を終えて社会に復帰してくる。
大学を出て、弁護士事務所を開き地方都市で土地の名士にまで上り詰めている。
被害家族への一切の謝罪もなく、
実父の愛人と養子縁組をすることによって、
過去の忌まわしい名前を捨て、弁護士として再生している。
被害家族が今もこの事件の「トラウマ」から逃れられず、
過去を引きずってしか生きられない苦しさを思えば、
私ならずとも少年法の理不尽さを感じづにはいられないだろう。
最終ページ、被害者の妹のメッセージが全てを語っていると思われるので紹介します。
『私の心につけられたシミのような傷を消すことができるとすれば、
あの事件に「決着」をつけられたときのような気がする。
その「決着」のために、私はこの30余年、
心の底にナイフをしのばせてきた。
いつでも対決できるように----。』
余りにもつらく苦しい被害者家族の長い三十有余年のノンフィクションである。
私たちにとって「酒鬼薔薇少年事件」は、
14歳の少年が起こした衝撃的、猟奇的少年犯罪として記憶に新しい。
この本で取り扱われる「事件」は、
「酒鬼…」より遡ること28年前に起こされた衝撃的、猟奇的少年犯罪である。
事件の概要は、19691年横浜の私立高校で起こった。
入学間もないこの高校の近くにあるツツジ畑のなかで、
ひとりの少年がナイフでめった切りにされ、
頭部を首から切り離されてしまった事件である。
血のように赤いツツジの花の群落の中に、
血まみれの頭と胴体が切り離された死体が転がっていた。
犯人は同級生の「A」であった。
事件の概要はこんなところですが、このノンフィクションは、
「猟奇的殺人の動機」や「事件の背景」を探るルポではない。
加害者「少年A」と「被害者の家族(遺族)」という視点から
事件後30年近く経過してもなお癒されぬ被害者の母と妹への
インタビューを中心に描くことによって、
「少年法の矛盾」と「被害者側への法的支援の希薄さ」を
浮き彫りにしようとしている。
事件の衝撃ゆえに壊れて行く被害者の家族。
少年法の保護のもとに「少年A」は無償で教育を受け、
短い刑期を終えて社会に復帰してくる。
大学を出て、弁護士事務所を開き地方都市で土地の名士にまで上り詰めている。
被害家族への一切の謝罪もなく、
実父の愛人と養子縁組をすることによって、
過去の忌まわしい名前を捨て、弁護士として再生している。
被害家族が今もこの事件の「トラウマ」から逃れられず、
過去を引きずってしか生きられない苦しさを思えば、
私ならずとも少年法の理不尽さを感じづにはいられないだろう。
最終ページ、被害者の妹のメッセージが全てを語っていると思われるので紹介します。
『私の心につけられたシミのような傷を消すことができるとすれば、
あの事件に「決着」をつけられたときのような気がする。
その「決着」のために、私はこの30余年、
心の底にナイフをしのばせてきた。
いつでも対決できるように----。』
余りにもつらく苦しい被害者家族の長い三十有余年のノンフィクションである。