哀歌 翔よ!! (4)
足 音
眠れぬままに床につき、暗闇の中で目をつぶる。
隣で寝ている妻もやはり眠れないのだろう。
ときどき布団の衣擦れの音が聞こえてくる。
話をすれば、翔のことになり、私たちはまた涙にくれてしまう。
だから、互いに抱えきれないほどの翔への愛着とやり場のない悲しみを胸にしまい込んだまま、
眠れぬ夜をじっと横たわって、白々と夜が明けるのを待つしか術を知らなかった。
横になってどのくらいの時間が過ぎたときだろう、
階下のリビングルームで足音と話し声が聞こえてきた。
小さな子どもが床の上を走りまわり、
おそらくその足音の主の話し声なのだろう、言葉の意味は聞き取れないが、
一人遊びをしながらひとり言を言っているような声である。
こんな夜中に、だれが子どもを遊ばせているのか。
しばらく耳を澄ましているうちに、浅い眠りが訪れ、
ふたたび足音や声で意識が目覚めるのは、夜明け間際であった。
誰がリビングルームで走り回っていたのか。
15の春を待たずに、今は帰らぬ人となり冷たくなって横たわる翔。
ひと時も離れたくないという思いで、両親の息子夫婦が添い寝をして、眠れぬ夜を過ごす。
その隣がリビングルームである。
このリビングルームからの幼児の足音と話し声は、
私たち夫婦が滞在した8日間、私が眠りに就こうとする深夜や明け方になると聞こえてきた。
悲しく、悔しい出来事に神経が壊れてしまったのか。
幻聴か?
初七日が過ぎ、私たちは帰って来た。
誰にも会いたくない、話もしたくない。
家の中にこもり、写真を見ては泣き、
年越しも新年もなく、虚ろな時間が過ぎていく。
以前のように頻繁ではないが、階下の居間で聞き慣れた足音と話し声は、
私の家に帰ってきても相変わらず聞こえてくる。 (つづく)
(2月記)