読書案内『生存者ゼロ』安生 正著
北海道根室半島沖の北太平洋に浮かぶ石油採掘基地 TR102からの連絡が途絶えた。
事件、事故、或いはテロ攻撃か。
出動命令で救助に向かった陸上自衛官三等陸佐の廻田(まわりだ)はヘリで暴風雨に荒れる洋上に漂う基地に到着。
廻田はそこで、肉の塊と化したおぞましい死体に遭遇する。
〈全身が壊死(えし)したように痛んでいる。
これはウイルスや細菌によるものとしか思えない。
室内は血の海だった。おびただしい血〉。
生存者ゼロ。
物語の始まりはパンデミック(世界規模で広がる感染症)の内容を暗示して、幕を開ける。
感染症の研究では世界的に有名な富樫博士。
だが、今は、アフリカの高温多湿・熱帯雨林の奥地で感染症の研究に取り組む過程で、妻子を死なせ、自暴自棄になり、麻薬中毒になっている。
昆虫学者の弓削。無能な政治家大河原首相と大臣たち。
無能だが名誉欲に強い感染症学者鹿瀬博士などが主なる登場人物である。
と、書いてしまえばまともな人物は陸上自衛官三等陸佐の廻田と昆虫学者の弓削ぐらいのものか。
人物設定は甘いが、ストーリー展開の面白さは読者を楽しませてくれる。
石油採掘基地TR102で発生した「生存者ゼロ」の凄惨な死。
原因究明ができないままに、緘口令が引かれ情報は秘匿される。
ウイルスが媒体とする感染症なのか。
急速な感染力。防御の余地などどこにも発見できない。このウイルスはどこから来て、どこへ消えたのか。
事件から9か月後、北海道標津(しべつ)郡川北町との通信が途絶え、廻田は偵察のヘリを飛ばし川北町を上空から視察する。
幾重にも折り重なる血まみれの死体。
「のたうち、もがき苦しみ、苦悶の中で絶命した惨状を想像させる光景が町中にあふれ、動くものは何一つなかった」。
廻田は思う、あの細菌はどこから来たのか、どうやってTR102から海を渡って上陸したのか。
この9か月、どこに潜伏していたのか。
紋別、北見、足寄、帯広にいたる道東の複数地域で感染症が発生、たった一晩でそれらの地域が全滅していく。
政府首脳の無能ぶりが露呈し、事態は一刻の猶予も許されない。
完全封鎖された町、夕張、岩見沢にも被害は広がり、鎮圧のすべもなく、被害はさらに札幌にまで及び、政府は最後の決断を迫られる。
果たしてこれはパンデミックスなのか、それとも……。謎は最後まで明かされない。
評価:☆☆☆★★(人物設定が甘いので☆三つにしたが・面白さの観点では☆四つ)
※ 2013.1刊 宝島社 第11回「このミステリーがすごい」大賞受賞・作者 安生 正のデビュー作