雨あがりのペイブメント

雨あがりのペイブメントに映る景色が好きです。四季折々に感じたことを、ジャンルにとらわれずに記録します。

読書案内「JR上野駅公園口」  柳 美里著 ①

2020-11-27 06:30:00 | 読書案内

読書案内「JR上野駅公園口」 柳 美里著 ①
米国で
最も権威のある文学賞「全米図書賞」が18日夜(日本時間19日午前)発表され、
翻訳文学部門で福島県在住の作家、柳美里さんの小説「JR上野駅公園口」の英訳版が選ばれた。
     
河出文庫
2017.2.7刊(写真)  単行本初出は2014年

  哀しくて、切なくて、どうにもならない人生の孤独が、ひしひしと胸に迫ってくる。

 2014年にリアルタイムで読んだ小説です。
 当時のブログにも読後感を掲載しましたが、格差社会の中でどこにも身の置き所を失く
 し、社会の底辺にうずもれて行ってしまう男の人生の孤独が感じられ、
 いたたまれない気持ちになった記憶が残っています。
 受賞を機会に再読しました。
 以下の記事は過去記事(2014.05.31記)を訂正・加筆して再掲しました。
 

カズは福島の貧しい農家の長男として、
  1933(昭和8)年に福島県相馬郡の寒村に生まれる。  

  妻と節子との間に娘・洋子と息子の浩一を授かる。
  家計を維持し、子どもたちを育てるために大都市に出稼ぎに出るということは、
  当時の貧しい寒村で生活をする者にとって特別のことではなかった。
  カズもまた例にもれず30歳になって東京に出稼ぎに出る。


1963(昭和38)年、
  翌年に東京オリンピックを控えたその年、カズはJR上野駅公園口に下り立つ。
  カズ30歳。
  街には三波春夫の「東京五輪音頭」が流れ、建設ラッシュはピークを迎え、
  地方からの出稼ぎ者たちは、
  オリンピック競技場の建設現場の土方として働き始めます。

  カズは酒を飲むこともなく、博打や女遊びをするわけでもなく、
  月々の稼ぎの中から一人暮らしの生活費を除いた金を故郷の妻子に送り続ける。

故郷へ帰るのは一年のうち盆と年末年始の数日だけだった。
  当時の出稼ぎ労働者の多くが歩んだであろう人生をカズも、
  経済成長の波に押し流されない様に必死で頑張ったに違いない。
  長い出稼ぎの連続で、盆暮れに時々帰る男に、
  たとえ短い間だけでも、「幸せ」と感じる時を過ごせた時期があったのだろうか。
  だが、作者は、
  男のささやかな心の平穏には一切触れず、
  淡々と、「老いていく」男の生涯を記述していく。

長男の浩一が死んだ。
  東京のアパートの部屋で誰にも看取られずに、突然の死が浩一を襲う。
  
レントゲンの国家試験に合格しこれからというときの孤独な死だった。
  享年21歳。
  1981(昭和56)年3月。春浅い季節だった。
    福島の生まれ故郷にはところどころ残雪が融けずに、黒い肌を見せていた。
  カズ、48歳。
  

家に戻ったのは60歳になってからだった。
  出稼ぎの労働で肉体を酷使し、
  思うように体が動かなくなってしまったための帰郷であった。
  老いた体を労わりながら、妻と二人ささやかな暮らしを迎えたいと
  カズは小さな希望を持っていたに違いない。

結婚して37年、
  ずっと出稼ぎで妻の節子と一緒に暮らした日は全部合わせても一年もなかった。
  だが、カズに、
貧乏の中で生きてきた家族の不幸が重くのしかかってくる。

カズの妻が死んだ。
  カズが帰郷してから7年後の
激しく雨の降る夜だった。
  
隣の布団に寝ていたカズが、
  冷たくなっている妻に気づいたときにはもう死後硬直が始まっていた。
  
働き者で体が丈夫だったことが取り柄だった節子、享年65歳。
  カズ、67歳の雨の夜。

 「なんでこんな目にばっかり遭うんだべ」、と悲憤の怒りが胸底に沈められ、
 もう泣くことはできなかった。
                             (つづく)

   (2020.11.26記)                    (読書案内№158)

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする