読書案内「傾いた橋」小林久三著
カドカワノベルズ1984(S59)年 初版刊行
橋にまつわる物語
人生は橋にたとえられる。橋にはたくさんの物語がある。
東京大空襲の夜、焼夷弾の降り注ぐ中、見知らぬ男女真知子と春樹は銀座・数寄屋橋までたどり着き、
半年後の再開を約束して、互いの名前も告げずに別れる。
岸恵子と佐田啓二による映画化で一世を風靡(ふうび)した「君の名は」に登場する橋は
「運命の橋」、「約束の橋」と言えるだろう。
東京、新潟・佐渡、長崎・雲仙などを舞台に、何度もすれ違い、恋に身を焦がす真知子と春樹。
余談になるが、二人が再会を誓った数寄屋橋は石造りの橋だったが、1957(昭和32)年、高速道路建設のためとりこわされ、今は、小さな石碑が残るのみである。
断崖絶壁に日本海の荒波が押し寄せる新潟・佐渡の尖閣(せんかく)湾のつり橋から身を投げようとする真知子。
真知子を追って駆けつける春樹。
「再会の橋」、「別離の橋」、「愛の吊橋」と言えようか。
映画「戦場にかける橋」では、橋を巡る攻防戦が、男の意地や誇りをかけて、展開し、戦争のむなしさが描かれている「栄誉の橋」の物語。
渡ってはいけない「禁断の橋」。危うい橋ではあるけれど渡ってみたい「誘惑の橋」等々橋を題材にした物語は多い。こうした物語を発見し読むのも読書の楽しみである。
シリーズ一回目は、小林久三著「傾いた橋」を取り上げる。
水天島(架空の島)に架かる橋を渡って道子は、10年前にこの島に嫁いできた。
遠洋漁船に乗る夫は、半年から2年もの間家を留守にする。
先妻の子どもは寄宿制の高校に入り、退屈な時間を道子は島の住民と水産場に働きに出て夫の帰りを待ち続ける。
橋の向こう側で営まれた道子の青春はあまりに、惨めで不幸だった。
人に話せないような過去を、断ち切って道子は、潮の香りのする長い橋を渡ってこの島に来た。
遅咲きの小さな幸せに、退屈だが平穏な生活を営む。
ある日、島の外から一本の電話が入る。
20年ぶりに突然電話をしてきた男は、断ち切ったはずの忌まわしい過去を引きずって道子の前に現れた。
(シリーズ「橋」№1) (2015.8.1記) つづく