秘め箱に紐かけておく椿かな
秘め箱、美しい魅惑ある甘い香り・・・そうだろうか、残酷なまでの苦しい恥っさらしの過去、どん底、気の毒すぎて涙も枯れる惨状、悲惨。言えないよ、語れないよ、暗闇に堕ちていく絶望感。これがわたしの真実、これがわたしの正体。
秘め箱、内密で外からは見えない。でもさらに絶対に開けられないように紐を掛ける隠しごと。
《椿かな》、椿なんだよ、美しくも儚く命を落とすあの椿の秘めごと、中に入っている秘密も、外から紐を掛けるわたしも、みんな椿の夢想、まぼろしの昇華・・・。
秘め箱に紐かけておく椿かな
秘め箱、美しい魅惑ある甘い香り・・・そうだろうか、残酷なまでの苦しい恥っさらしの過去、どん底、気の毒すぎて涙も枯れる惨状、悲惨。言えないよ、語れないよ、暗闇に堕ちていく絶望感。これがわたしの真実、これがわたしの正体。
秘め箱、内密で外からは見えない。でもさらに絶対に開けられないように紐を掛ける隠しごと。
《椿かな》、椿なんだよ、美しくも儚く命を落とすあの椿の秘めごと、中に入っている秘密も、外から紐を掛けるわたしも、みんな椿の夢想、まぼろしの昇華・・・。
親のことかつておもはず夾竹桃
一人で育ったような顔をして、親は親、わたしはわたし。傲慢にも思いのままに過ごした娘時代。耳を傾けることもなかった苦言、当たり前のように受け入れていた養育保護の任・・・親の袖にぶら下がっていたという自覚の欠如。
情けないねぇ、不徳の致すところ…今頃気づくなんて。ごめんなさい、まったく夾竹桃だよ。平凡な樹の平凡な花、なのに毒がある。猛毒を孕んだ夾竹桃、コンチキショウなわたし。
堕ちてはいけない朽ち葉ばかり鳳仙花
堕ちてはいけない・・・自分を捨て、自らの誇りを投げ春を売る。この猥雑な絶望感、(お終いだ、お終いだ)と自分を責める。周りの仲間は黙して語らないが、今日を生きるためにこの混乱に乗じ朽ち葉として風に吹かれている。
花を咲き終えた鳳仙花の実は、触れただけで弾け飛び落下する。ほんの少し指が触れただけで・・・。
ああ、決して堕ちまいぞ。堕ちてはいけない自負の念がある。
欲望や寒夜翳なす造花の葩
戦後進駐軍相手の街の話である。
明日は戦火に飛び込もうとする死を覚悟の米兵、そして彼らの欲望に応えるべく街に立つ女人。
翳・・・陰翳、暗翳、雲翳、翳は形なく大きく流れやすい、在るかと思うと消えて無くなるものの影であり、寒夜は即ち貧困である。
男の目を引く着飾った造花の葩、心からの愛はなく、生活のための嘘の葩の華やぎ。寒夜、翳なす女人がいる街角の話である。
ははの忌の棘美しき枳殻かな
亡くなってしまった母、今はもう心配して忠告してくれることのない母。
枳殻の花は白く香りは清涼である。でも、ミカン科はみんなそうであるように棘がある。
美しい枳殻の棘・・・あなたの子供として美を由として生きているだろうか。ごめんなさい、心に負った傷は癒えないまま、母の忌の前で悔やんでいる。
母の𠮟責をもう聞くことはない。あなたを苦しめたかもしれない恥ずべき娘の行状の数々、《棘美しき枳殻》を戒めの訓として生きていけたなら・・・。
ああ、お母さん、嘆かないでください。お母さんの悲しみ(棘)は心の中の訓として活きつづけるのですから。
自棄にしてかくほどまでに明るむ月
自分なんかもうどうでもいい…堕ちたかもしれない、愕然とこの身を振り返る。仕方ないねぇ、どうしようもないねぇ、駄目なわたしだよ…。この絶望、この暗闇、この漆黒に皓々と明るむ月、明るすぎるよ、わたしを照らさないでちょうだい。消えてなくなりたいわたしを照らす月よ、なぜ、こんなにも明るむのか。
希望?そんなものないんだよ。生きていたって…救えるものなら救ってほしい一縷の望み、月はいいねぇ、大きいねぇ。
ただ黙って、月を見ている。
月の夜の蹴られて水に沈む石
皓々とした月明かり、誰もが家の中で安らぎ寛ぎ眠るころ、わたしはひとり月影に立っている。
違う、どこかが違う、道を外したのだろうか。そんなはずはない・・・わたしは生きている、なお、それでも・・・くりかえす煩悶。
闇夜の石、手に持つまでもなく、ため息交じりに蹴ってみる。当然のごとく水底に沈んでいった石。石が浮き、軽い葉が沈むと聞いたことがあるが、そんな不条理は通用しない。
理の当然、石は水に沈むという条理。この世の常に逆らっては生きていけないと、己を嘲笑う。
紫雲英摘みたりあなたの胸に投げようか
紫雲英、蓮華を摘んで、あなたの胸に投げようか。レンゲの花言葉《苦痛を和らげる》、あなたの苦痛をこの花を投げて和らげることができれば、こんな嬉しいことはないけれど。
わたしとあなたに間にある戦争という大きな障壁…あなたの未来。明日はどうなるかわからない朝鮮出兵。幼い子供のころに戻って、このレンゲの花をあなたの胸に投げてみたい、願いが本当に叶うならば。レンゲの素朴な平穏、幸福、このすべてをあなたにあげる、不安に打ち克つように。
ひと在らぬ踏切わたる美濃の秋
ひと在らぬ…誰もいない、人の気配のない踏切。
向こうから列車の汽笛が、やがて走りくる列車に胸が高鳴る。この踏切に立ちさえすれば、留まりさえすればあの世は近い。
幾多の命が消えた信長の美濃攻め、歴史の地に立っている。わたし一人が消えたところで何のこともないという感傷。
美濃の秋の寂寥、わたし一人が踏切という凶器の前で立ちすくんでいる。
病ら葉よかくまで恋ふと知られけり
病ら葉…病気や害虫に蝕まれて傷んだ葉、夏に赤や黄に色づいた葉である。
すでに傷だらけの身である。傷を覚悟の恋、痛みは心身、しんしん…わたしを蝕んでいる、身動きできないほどに。
恋など、きっぱり捨ててしまえば健全な笑いを取り戻せるに違いない。なのに、恋の深さ情慾に抗う術が見つからない。どこまでもどこまでも理性は失われ、感情に溺れていく、この麻痺によって崩れ落ちていく日常。
かくまでに、恋の極限はあるだろうか。底の無い深みに落ちていく快感は日常の規律に反比例する。痛みを抱えたこの身の飽くなき執着、この迷妄を彷徨っている。
知らされたのは至福だろうか、否、自虐である。