『女盗賊』
女と限定しているが立ち姿は男の要因が色濃い。(オサガメを思わせなくもない)
腰・陰部にかかる金属製のものは何だろう。貞操帯?であれば、性行為の禁止、生殖からの解放を意味するかもしれない。
黒装束の正体は不明であるが、手だけが見えている。右手は女、左手は男のようである。
『女盗賊』と称しているが、両性具有であり、性からの解放を感じる。
性から解放された世界と言えば《冥界》しかない。
盗賊の後ろ両手で抑えている(守っている)のは、木の箱(棺)ではないか。淡いピンクと薄グリーンの箱が添えられているが、彩色はどちらも女性を思わせる。
棺(亡骸を納めた箱)を冥府に運ぶ『女盗賊』、女盗賊とは、『優しい運び人』であり、《手荒でなく、しかし力強く、そして優しく冥府に連れて行ってほしい》という現世の願望を込めた幻の仲介人(キューピット)である。
(マグリットの亡母への想いだと思う)
(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)
山男はおもはず指をくはえて立ちました。するとちやうどそこを、大きな荷物をしよつた、汚い浅黄服の支那人が、きよろきよろあたりを見まはしながら、通りかゝつて、いきなり山男の肩をたゝいて言いました。
☆太陽の談(話)は詞(言葉)の律である。
他意は化(形、性質を変えて別のものになる)の仏の和(争いを納める)が潜んでいる。
講(話)は複(二つ)を試みている。
汝(あなた自身)を尋(問いただす)と現れる。
二つを、太陽の談(話)は兼ねて現れる。
もっとも、従僕たちの話は、どこまで信用できるでしょうか。それは、とても確認のしょうがありませんでした。ただ、信用できる点が非常にすくないということだけは明白でした。
☆確かめることは不可能です。明らかにすることはきわめて難しいことでした。たとえば何もない傷痕に出会うことは決してないからです。
チュンチュン雀が鳴き、カラスがカアカア鳴いている。子ツバメが餌を欲しがる鳴き声、ウグイスもキレイな・・・。
しかしウグイスよりさらに高く美しく長く啼く鳥が…どうも中国から来て留鳥になったらしい鳥の噂…そうなのだろうか。
中国・いい鳴き声・小鳥で検索すると《ガビチョウ》と出た。
噂のガビチョウ、高く美しく様々な鳴き方をして朝の空気をふるわせている。ツバメが負けじと騒ぎ立てている。
朝の音調も変化を余儀なくされている。
『喜劇の精神』
薄っぺらな紙状のものに模様の切込みが点在している。それらは縦方向に折りたたみ対象の形を取っている。どこまでも続く連続模様を予期させるこれらは、遺伝情報の記号化ではないか。つまりこの人型のなかには継続されてきた時間と喜怒哀楽を含む様々な情報がインプットされているわけである。
この人型に刻まれた記号の配列にはもう一つの謎がある。胸の辺りの点を起点として回転しているのである。回転は否定ではない、しかし、この情報群をひっくり返しているということは、ある意味自分を逆さにし曝け出しているということではないか。
しかし、普通に見ては見えず、隠蔽された転倒である。
『喜劇の精神』とは自身を逆さにし裸になることであり、しかもそれを決して見せない悟らせないという覚悟をもつことである。
昇降定かでない体制、安全を約束する壁はなく背後の空間には落下の危険が潜んでいる。
『喜劇の精神』が持つ哀愁、笑いの根源の深さ・儚さを提示している。
(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)
(あのいぼのある赤い脚のまがりぐあひは、ほんたうにりつぱだ。郡役所の技手の、乗馬ずぼんをはいた足よりまだりつぱだ。かういふものが、海の底の青いくらいところを、大きく眼をあいてはつてゐるのはじつにえらい。)
☆釈(意味を解き明かす)規約の群(集まり)は易(取り替わる)庶(もろもろ)の欺の趣(考え)がある。
浄(穢れのない)場(場所・空間)の側(傍ら)のは、みんなの定(決まり)である照(あまねく光がある=平等)の題(テーマ)が現れる。
が、バルナバスにとっては、わたしの見るところ、そういう可能性がひとつだけありました。その気があれば、そして、わたしはその気がおおいにあったのですが、従僕たちの話から、お城の勤務に採用された者は自分の家族のためにずいぶんたくさんのことをしてやれそうだという見当がつけられました。
☆バルナバスは先祖のこのような可能性を見ていたのです。城(本当の死)に死人の誰かが迎え入れられたという話から、予言者はわたしの一族のために成し遂げてくれるのではないかと大いに期待しました。もっともこの話は本当に評価できるものでしょうか。
『一夜の博物館』
四つに仕切られた箱のような物に、それぞれ(手)(果実)(石)(刻まれた模様のある紙に隠蔽された闇)が展示されている。
手、は《労働・生産》の象徴ではないかと思われる。(罪だろうか)切り落とされた手は(死)をも意味する。
果実、は有機物《生命の糧》。(生命・知恵の実とも)
石、は無機質であり、《生命活動にかかわらないが、原初から在るもの》
刻まれた紙は折り畳んで切り込みを入れられている。転写のイメージが生命体の連続・連鎖(遺伝子情報)だとしたら、ここは生物の誕生からの秘密のルートが隠されているものと思われる。
『一夜の博物館』は、束の間の幻想(過去)である。
博物館というのは過去の資料を蒐集・展示するものであれば、人類の歴史ということだろうか。右下の切り込みから果たして真実が見えるのだろうか。目を凝らしても見えない遥かな深淵たる人類の時間の経由。
有機・無機に助けられる生命活動の継続。
喜怒哀楽それぞれをイメージさせるかの切込み模様の紙片に隠された箱の中に納まりきれるはずもない膨大な時間。
この博物館は奥が深すぎて、真実にたどり着けない内に夜が明けてしまうというものである。
(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)
入口にはいつもの魚屋があつて、塩鮭のきたない俵だの、くしゃくしやになつた鰯のつらだのが台にのり、軒には赤ぐろいゆで章魚が、五つつるしてありました。その章魚を、もうつくづくと山男はながめたのです。
☆新しい講(話)は語(言葉)を憶(思いめぐらすと)、掩(隠した)計(図りごと)が表れる。
それでも、わたしたちは、従僕たちから離れませんでしたわたしにとっては、一家のためにすこしでも役にたつことをお城でしようとおもっても、これ以外にできることがなかったからです。
☆それでもわたしはその近くに留まりました。お城(本当の死)では、わたしたちのために生じさせる他の異なる小舟の可能性があったからです。