「小都市のオフィス」
快晴である。青い空には飛行機も雲も鳥も見えず、森閑としている。目の前を過るもののない平穏な空気感。安心平和は約束されているかに見える、現に事件は皆無である。
眩しいほどの光は建屋の壁を白く照射させ、大きな開口(窓)に差し込む光も過ぎるほどにある。地上から数階上にあるからで、階下では林立する脇のビルによって陰になる部分があるに違いない。
窓枠の線描で、遠近法による眼差しの消失点が左右に印象付けられている。つまり視点の分散、画面をはみ出す広角的な視野を想起させる構成である。明らかな視点はオフィスの机に陣取る男にある。背後に複数の人がいるか否かは不明である。
男の眼差しは窓外にある。仕事の中断、ほっと一息する休息だろうか。目の前のビルの暗さは単に陰に当たるという位置的な問題だけなのだろうか。男のいる部屋の窓のシンプルさに比して前の建屋の窓はアーチ型でありブラインドも設置されている。この建屋に問題の翳りは見えない、にもかかわらず構図や彩色から、何かありげ(気配)に誘導させる空気感を演出している。
男は、快晴・温暖・平和のなかで仕事をする社会人として不足がない。しかし、机上に置いた虚ろに見える右手、左手は椅子の背の柵の間に・・・ちょっとした痒みだろうか。微妙かつ軽い不具合を感じている。男の足は地上にあるわけではなく地上遥か、小都市のビル群の屋上が見える高さにいる。
経済発展の海、その上を漂う船舶に絶対の安息は約束されていない。男は窓外の社会に対峙ししている。表情の是非、仮面の下を覗き見ることはできない。
「小都市のオフィス」の刹那、現場の切り取りは深い。ホッパーは風景を描こうとしていない、彩色による光と影、線描による空間設定により心理的光景を描き出している、創作していると言った方が正しいかもしれない。
写真は日経「画家のまなざし・十選」齋藤芽生より
埃を見て感動する人はあまりいないが、何かを感じる人は少なからずいると思う。時間や空間を超越した何かである。
地球創生時からの物質の変転・・・埃も何かの一部、何かを形成していた一端であったに違いない。
物質全部を電子に帰し/電子を真空異相といへば/いまとすこしもかはらない(宮沢賢治『春と修羅』より)
変転、変移…この塵芥に記憶装置はないが、戦慄するような過去を経過してきたかもしれない。たかが埃、されど埃である。
軽く降り積もった埃は、地下に眠る堆積物に相似する。
埃の論理である。吹き上げられた空中の微塵の累積、見えなかった微粒子が見えるものに変容していくプロセスは二つとない無言劇である。世の中における差別、美醜は観念の中には確かに在るが、取り外してしまえば差異の根拠はない。
存在の意味は、不要の排除ではなく、すべて等しく存在するしかないものの集合である。生きることは観念(データの集積)に左右されるが、排除(埃)によせたデュシャンの吐露、告白がここにある。
写真は『DUCHAMP』ジャニス・ミンク www.taschen.comより
その後二年経過った。
大津は故あって東北の或地方に住っていた。溝口の旅宿で初めて偶った秋山との交際は全く絶えた。
☆他意の真は個(一つ一つ)を問う事が目(ねらい/観点)である。
惑(正常の判断が出来ずに迷うとき)は、次を法(てだて)のして応じる。
交ざっている講(話)に慮(思いを巡らせる)。
宿(前世から)の署(わりあて)の宮(神を祭る場所)に終(死)の算(見当をつける)。
講(話)は済(救い)、然(その通り)の舌(言葉)である。
ですから、客室付き女中は、たいていなにもすることがないのです。お食事中も、廊下に姿を見せてはいけないのです。お役人がたが仕事をされているあいだだけ、お掃除をしてよいことになっています。もちろん、お役人のいらっしゃる部屋はだめで、たまたまだれもおられない部屋だけです。お役人がたの仕事の邪魔にならないように、大きな音をたてないでお掃除をしなくてはなりません。
☆大勢の人たちの現場不在は作り事を取り去ってもよいことになっています。もっとも、全く何もない空のテーマの場合ではありません。この現場不在は、すべて弱い声であり、現場不在の大勢の人たちは、障害などではないのです。
降り積もった埃、ここには時間の集積があることはもちろん空間の中に浮遊していたはずの微塵が重力により下降、沈下したという事実がある。
当然の理が正しくここに在るという認識により、その存在を決定づけられる。
「我思うゆえに我あり」
思うという認識がなければ、ここに在る埃はその存在を霧消していく。あらゆる現象は忘れ去られる宿命の中にあり、わたくしという個さえ生老病死の時間を辿りながらいつかは無に帰していく。
世界は発見である。見えていない未発見なものは無いに等しい。つまり「埃」は発見されたのである。そこに在るという事実として記録された埃は、現象の刹那、切り取られた時空の産物である。
生々流転は物理的現象の集積によって世界を変えていく。現時点は歴史という連鎖の前衛である。
埃そのものはメッセージを残さないが、ここに《記録》という媒体が介入することで自然の摂理が開示される。発見・記録された「埃」に価値を認めるのは難しい。需要がないからである。
需給の領域外に置かれたものへの眼差し、デュシャンの自嘲が垣間見える。
写真は『DUCHAMP』ジャニス・ミンク www.taschen.comより
「僕はどうにかしてこの題目で僕の思う存分に書いてみたいと思うている。僕は天下かならず同感の士あることと信ずる。
☆目(ねらい/観点)を転(ひっくり返すこと)で化(教え導くこと)を筆(文字に書く)。
道(神仏の教え)に換(入れ替える)詞(言葉)で審(正しいかどうかを明らかにする)。
いるのは、同輩の客室付き女中が二、三人だけで、これがまた苦虫を噛みつぶしたような顔をしています。この時間は、秘書がただけでおたがいくつろがれるのです。食事は従僕たちはが調理場から運んでいきます。
☆モルグ(身元不明者の死体公示所)では一般に部屋から出ることはできず、秘密にするつもりなのです。エッセネ派は大胆ではなく、作り事には何も関与していない。さらに彼らの時代は何も対処を示さなかった。
『埃の栽培』
白黒写真、デュシャンの要望に応じて埃がつもった状態のままでマン・レイが撮影。
空中の微塵、人がまき散らした微かな埃・・・故意という意思は微塵もない。人が生き、暮らしている生活圏に浮遊していた埃が重力によりいつかは地に落ち果てるという状況である。
栽培という意思の欠片もないが、究極、人が育てたと言えないこともない。
無意識・・・混沌、計算も計画も歯が立たない成り行き。
偶然の集積である。しかし結果は必然であり、そうなるべくして成った景色に他ならない。偶然と必然の一致した光景に共鳴する人は滅多にいない。単に生活の汚れ、取り除くべきものとしてのゴミにすぎないからである。少しの湿り気で細菌やウィルスの発生を呼びかねない忌むべき状態でもあり、美の範疇に届かない。
育てるという意思をもつことは研究者以外はいないと思うが、この現場には時間の集積がある。風が吹けば形を変え、雨が降れば消えるだろうこの刹那、あるいは現象が記録されることは稀有である。
無意識・・・こうしようとしてこうならない現象は哲学的には問題を孕むかもしれないが、現実的には衛生上廃棄、清掃によって消去されるものに他ならない。
『埃の栽培』は時間と空間における緊密な関係の一端である。
写真は『DUCHAMP』ジャニス・ミンク www.taschen.com
「僕はその時ほど心の平穏を感ずることはない、その時ほど自由を感ずることはない、その時ほど名利競争の俗念消えて総ての物に対する同情の念の深い時はない。
☆目(観点)は弐(二つ)の芯(中心)が表(表に出ること)である。
音を換(入れ替える)。
字には弐(二つ)が融(とけている)。
換(入れ替えた)字には冥(死者の世界)の理(道理)がある。
供(述べた)総てが然(そのとおり)の章(文章)である。
双(ふたつ)を打ち、他意を道(語る)。
常に捻(捻った)新しいことを示している。
客室付き女中をしていますと、日時がたつにつれて、すっかりだめになり、忘れられてしまったような気になってくるものですわ。まるで鉱山のなかで働いているような仕事なのです。すくなくとも秘書の人たちがおられる廊下は、そうです。あそこの廊下には、小走りにうろつきまわって、顔をあげる勇気もない少数の昼間の陳情者たちをのぞけば、何日間もひとりの人間も見あたりません。
☆作り事は時代とともに失われすっかり忘れ去られてしまいます。まるで小舟にいるような現場不在です。少なくとも秘密のやり方はそうです。来世では幾日も観察され、少しの死亡通知に基づいて見上げることもできない人たちをのぞけば、小舟の人たちは他の作り事などと似たような閉ざされた事情なのです。