続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

若林奮・考。

2015-09-30 06:54:06 | 美術ノート
 『大気中の緑色に属するもの』って何だろう。
 緑色のみならず、緑色に属するもの・・・。第一に植物、光合成をおこなう植物の緑、これは緑色の中心・核である。
 《属する》これが問題である。雨土水風…ほぼ自然に属するもの全ては、緑の範疇に入るかもしれない。としたら、《対自然》を《大気中の緑色に属するもの》と言っているのだろうか。

 存在の問題に等しい。
 緑なす大地に立ち、山河に対峙する、道は果てしなく続き、垂直に見上げた空からは雨という遮蔽物が空間を曖昧にする。そして、垂直に見下ろした大地の下は遥か太古の夢を眠らせている。

 若林奮の視覚は、捉えきれない空気の層を重ね、見えない大気を図るという構想を持っている。これが原点であり、これを振動と称し、振動尺を仮定している。


 空間を測る、そのための緑色。緑色は芽を出し成長し葉を落とすという循環を繰り返し、自然の風景(観察者に与える振動)を変化させていく。
 飛葉とは(美しい死=夢想)であり、朽ちて自然に還る生命体の一プロセスである。

 飛葉の舞い落ちる樹木、林立する樹木はやがて森を造る。自然回帰の一空間を所有し提示して見せる存在論としてのインスタレーション。

 現場を見ていないので分からないことも多いけれど、相当な難題であることは間違いない。作家は、常に「泳ぐ犬」のように、休むことなく思考を重ね続けていたと思われる。

『銀河鉄道の夜』94。

2015-09-30 06:42:29 | 宮沢賢治
ジョバンニは、なんとも云へずさびしくなって、いきなり走り出しました。すると、耳に手をあてて、わああと云ひながら片足でぴょんぴょん跳んでゐた小さな子供らは、ジョバンニが面白くてかけるのだと思ってわあいと叫びました。まもなくジョバンニは黒い丘の方へ急ぎました。


☆運(めぐりあわせ)の双(二つ)を推しはかる。
 字を須(用いて)運(めぐりあわせると)変わる。
 即ち、重なる章(文章)の詞(言葉)と共に、綿(細く長く続く)と吐く(言う)。
 旨(こころざし)の教(神仏のおしえ)を告げ、救(救済)の法(方法)を究(つきつめていく)。

『城』2099。

2015-09-30 06:27:25 | カフカ覚書
ことによると、あんたは、バルナバスの仕事をよく知らないのかもしれない。それならそれで、もうこの問題には触れないでおこう。だけど、もしかしてあんたがよく知っているとしたら(ぼくは、どちらかというと、よく知っているという印象を受けるんですがね)、これは、けしからんことです。というのは、もしそうだとしたら、兄さんはぼくをあざむいているということになるだろうからさ」


☆ひょっとして、あなたはバルナバス(北極星=死の入口)の仕事をよく知らないのかもしれない。それでこの事件には触れないでおくけれど、もしかして、あなたがよく知っているとしたらー。わたしは以前から知っているという印象を受けまています。これはひどいことです。もしそうだとすると、きみの仲間はわたしを欺いているということですから。

若林奮『Ⅲ-1-2 硫黄の味方』

2015-09-29 07:07:27 | 美術ノート
 この作家の作品は本質が隠蔽されている。こんなことってあるのだろうか・・・。見せないのに、「どこかで感じて欲しい」という静謐・寡黙な作品。

 たとえば『泳ぐ犬』、動画なら分かる。けれど、明らかに静止画像の部類である。この非常事態が続行されれば、「死」が待っているだけである。もちろん誰も死を想定しないかもしれないが、少なくとも安楽とは無縁である。
 なぜ、この場面ではならなかったのか。地上を走る犬ならば、どこで止めてもOKである。しかし、水上を泳ぐ犬にその選択はない。作家自身の姿勢が浮上する、厳しく問い究める姿勢である。


 一角獣座と名付ける・・・。裸眼(自然な視界)では、ほとんど認識不可能な星座でしかない。確かに在るらしいが、無いも同然の星座。しかし凝視すると、驚嘆すべき事実が隠されている星座、そんな雰囲気が若林奮の作品群なのである。


 『硫黄の味方』という作品があるが、ほとんど意味不明である。山らしきものと犬らしきものとの間に正四角形の面が二つ対象に置かれている(描かれている)。
 これが、「硫黄の味方」と言われても首を傾げるばかり。
 山(火山の噴火)によって硫黄は産出される(自然にある物もあるが)。犬は自身の化身と考えてもいいかもしれない。そこに二つのマス…一方は黄色に着色され硫黄をイメージしている。

 硫黄は燃える石(火薬原料)であるほか、硫酸として様々に利用される重要な酸である。けれど、その硫黄の味方って何?
 硫黄は亜硫酸ガスになると、異臭を放つ。《一般に硫黄臭い》として嫌悪される傾向にある。
 しかし、硫黄自体は無臭である。
 世間一般の嫌悪を免れない硫黄、しかし本当は人間の生活上欠くことの出来ない重要な元素/Sなのだと言っている。

 硫黄は誤解されている。硫黄酸化物である亜硫酸ガスが臭うのであって、硫黄は無臭(無実)だと秘かにも味方しているのではないか。

 若林奮の作品は気づかないような本質を衝き、振動波を感じさせている。


(写真は神奈川県立近代美術館/葉山『若林奮 飛葉と振動』展・図録より)

スーパームーン。

2015-09-29 06:59:23 | 日常
 十五夜を見ることは適わなかったけれど、昨夕の十六夜。薄い雲に隠れつつも、くっきり見えた。
 今のように電気のない時代、夜空に現れる月の存在は大きなものだったに違いない。

 それでも感動は今でも同じ、月を見上げると、何か大いなるものに抱かれているような感慨に包まれる。


※朝刊を見て、《えっ、これってスーパームーンだったの》、直径が1.14倍、明るさは3割ほど増していたなんて!

『銀河鉄道の夜」93。

2015-09-29 06:42:11 | 宮沢賢治
町かどを曲がるとき、ふりかへって見ましたら、ザネリがやはりふりかへって見てゐました。そしてカンパネルラもまた、高く口笛を吹いて向ふにぼんやり見える橋の方へ歩いて行ってしまったのでした。


☆懲(過ちを繰り返さないようにこらしめる)極みを験(しらべる)。
 現れる講(はなし)に、恒(かわらない)的(目標)を推しはかる。
 講(はなし)に現れる強い法(神仏の教え)は普く幸いである。

『城』2098。

2015-09-29 06:26:46 | カフカ覚書
「あんたがたは、これまでぼくが知ったかぎりでは、ひょっとすると村のだれよりも気だてのやさしい人たちなのかもしれない。」しかし、アマーリア、あんたが兄さんの勤めをでないとしても、兄さんがぼくにとってもっている重要さを軽く見るようでは、またもや思い違いをしていることになるよ。


☆ひょっとしたら、来世の誰よりもぜんにんかもしれない。それだけが今、分かったことです。しかし、アマーリア(作り話/マリア)、あなたの兄さん(北極星=死の入口)の勤めに出ないとしても、その重要性をけなすのは思い違いだよ。

そうだ、もういいんだ。

2015-09-28 06:54:10 | 今日の一枚。
 男所帯だった。
 父親、夫、息子二人・・・。可愛い物や気取りとは無縁、簡素、さっぱりがお似合いだから手作りも女っぽいものはタブー。
 
 どうかすると、息子に眉をひそめられた物もあった。
 シンプルisベスト、これが一番だと長年の経由。

 でも、今は年寄り二人の侘しい暮らし。侘しさや貧しさが露わな昨今、せめて可愛い手作りで、老いを払拭できたら・・・。

 そう、今はだれにも遠慮しないで乙女チックな手作りをしてもいいんだということに気付いた。

 目もショボショボ、指もこわばる高齢者だけど。というわけで(前置きが長すぎ?)トイレのペーパーホルダーのカバーを作ってみた。

 (ちなみに、生地はリサイクル屋の店の奥に100円だった巾着袋を、ほどいて洗濯、糊付け、アイロンの手順を経て作った)

 
 年寄り・可愛い路線で、行くぞ!

『銀河鉄道の夜』92。

2015-09-28 06:43:48 | 宮沢賢治
 ジョバンニは、遁げるやうにその眼を避け、そしてカンパネルラのせいの高いかたちが過ぎて間もなく、みんなはてんでに口笛を吹きました。


☆頓(〔仏〕いちいち修行の段階を経ないですぐに悟りを開く状態)を願う秘(秘密)の講(はなし)である。
 化(形、性質を変えて別のものになる)の考えで、換(入れ替える)講(はなし)を適(あてはめ)、推しはかる。

『城』2097。

2015-09-28 06:32:20 | カフカ覚書
あんたがたの一家やあんたがたにたいするぼくの判断のなかにも、そのことが尾を引いていた。しかそ、それも、すぎたことです。いまは、あんたがたをまえよりはよく理解できるようにおもいます。それに、あんたたtいはー」と、Kは、ここで的確な言葉をさがそうとしたが、すぐには思いつかなかったので、間に合わせの文句で満足しておくことにした。-


☆自分の判断のなかにも、あなたたち一族に対することが影響していた。しかし、それも過ぎたことです。今ではよりよく理解できたと信じています。と、Kは、ここで正しい言葉を探そうとしたが、すぐには見つからなかったので先祖の序でも言葉で満足しておくことにした。