続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

『飯島晴子』(私的解釈)菩薩絵に。

2021-11-30 07:25:17 | 飯島晴子

   菩薩絵に水の跡つく揚ひばり

 菩薩絵はボ・サツ・カイと読んで、簿、刷、皆。
 水の跡つく(水跡付)はスイ・セキ・フと読んで、推、析、風。
 揚ひばり(揚雲雀)はヨウ・ウン・ジャクと読んで、容、薀、惹。
☆簿(ノート)を刷(写す)皆(全て)、解(部分部分に分ける)。
 推しはかり、析(分けることで事柄を明らかにする)風(傾向)の容(ないよう)の薀(奥義)が惹(惹きつける)。

 菩薩絵はボ・サツ・カイと読んで、墓、擦、懐。
 水の跡つく(水跡付)はスイ・セキ・フと読んで、衰、戚、腐。
 揚ひばり(揚雲雀)はヨウ・ウン・ジャクと読んで、様、雲、弱。
☆墓を擦り懐かしむ。
 衰(いきおいがなくなること)を戚(心配し)腐(心を痛める)様(ありさま)は、雲(空に浮かび漂うもの)の弱さである尾。

 菩薩絵はボ・サツ・カイと読んで、母、冊、誡。
 水の跡つく(水跡付)はスイ・セキ・フと読んで、萃、昔、若。
☆母の冊(書きつけ)は誡(注意を与える、またその言葉)を萃(集めている)。
 昔の風(教え)を用(必要とする)薀(奥義)の若(ごとし)である。


M『恋人たちの散歩道』2.

2021-11-30 07:05:09 | 美術ノート

 恋人たち、つまり《愛》にあふれた未来を担うエネルギーを有した勢力である。
 四角四面の窓の並び、家々、緑の森という見慣れた景色の中で、恋人たちは自分の存在を問う。(未来の構想はあるのかと)

 否定ではないが、暗く重く彼らを覆う漆黒の闇。前へ進むべき道の困難。散歩は前進を阻むような建屋(現実)を突破できない。
 二枚(カップル)に描かれたフレームの中の空、彼ら掲げる理想だろうか。自然あるいは暗い世相の払拭への願いだろうか。

 恋人たちはこの景を見あげていない、対面しているのである。明るい未来を目指し夢見て。

 写真は『マグリット』展・図録より


『水仙月の四日』57。

2021-11-30 06:25:52 | 宮沢賢治

「さあ、おまへたちはぼくについておいで。夜があけたから、あの子どもをおこさなけあいけない。」
 雪童子は走って、あの昨日の埋まつてゐるとこへ行きました。

 二疋の雪狼・・・雪狼のうしろから(略)雪童子がゆつくり歩いて来ました。

 雪狼どもは、ずうつと遠くで・・・雪童子がはねあがるやうにして叱りましたら、いままで雪にくつきり落ちてゐた雪童子の影法師は、ぎらつと白いひかりに変り、狼どもは耳をたてて一さんに戻つてきました。

 雪童子は風のやうに象の丘に登りました。・・・一疋の雪狼は、主人の小さな歯のちらつと光るのを見るや、ごむまりのやうにいきなり木にはねあがつて・・・。
 雪狼の影法師は、大きく長く丘の雪に落ち、枝は雪童子の足もとに落ちました。


 とにかく雪童子や雪狼は変幻自在、ゆっくり歩いたり、跳ね上がったり。影法師は白い光にもなる。
 眼は、鋭く燃えるようにも、瞳はちょっとおかしく燃えるようにも・・・。
 白い雪に対して、(燃える)(光る)(青い焔)(赤い実)・・・雪婆んごの(ぎらぎら光る黄金の眼)(赤い毛布)・・・彩色というより光彩の景の幻想。
『水仙月の四日』の攻防、死への誘い、冥府への迎合、青(ショウと読んで照/あまねく光が当たる=平等)の基盤。

 雪童子は、昨日の子供の埋まっているところへ行く。
 はたして、雪にうずもれた子供の生死は・・・。
 


『飯島晴子』(私的解釈)片陰の。

2021-11-29 07:33:10 | 飯島晴子

   片陰の草木にまがふ眉のいろ

 片陰はヘン・インと読んで、貶、淫。
 草木にまがふ(草木紛)はソウ・ボク・フンと読んで、想、撲、憤。
 眉のいろ(眉色)はビ・シキと読んで、媚、識。
☆貶(おとしめる)淫(みだら)な想いを撲(うつ)。
 憤(いきどおる)媚(色っぽい)識(知り合い)。

 片陰はヘン・インと読んで、遍、音。
 草木にまがふ(草木紛)はソウ・ボク・フンと読んで、奏、朴、奮。
 眉のいろ(眉色)はミ・ショクと読んで、魅、色。
☆遍(いきわたる)音を奏でる。
 朴(すなお)に奮(ふるいたつ)魅(人を引き付ける)色(音色)がある。

 片陰はヘン・インと読んで、変、陰。
 草木にまがふ(草木紛)はソウ・ボク・フンと読んで、相、目、紛。
 眉のいろ(眉色)はビ・シキと読んで、尾、識。
☆変わる陰(人目に付かない)相を目(見つめる)。
 紛(まぎらわしい)尾(さそり座)を識(見分ける能力)がある。


M『恋人たちの散歩道』

2021-11-29 06:57:48 | 美術ノート

   『恋人たちの散歩道』

 恋人たち、明日(未来)を作る若者たちである。
 この絵に道は描かれていない、地上(道)が見えない。真正面に向かう散歩道なのか、この景色に沿って歩いていく散歩道なのか、道は不明である。

 宙に浮き足が地に着かない感覚の不安、漆黒の空に浮かぶ二つのフレームには白雲の浮かぶ青空が各描かれている。表題は明日への跳躍、希望。
 しかし空の暗さは尋常でない闇(暗黒)。集合住宅の画一的な閉じられた窓、隣接の家々もひどく沈んだ印象である。(真っ暗なのに灯りがない)
 景色を俯瞰しているのでもなく正面から見ている。

 恋人たちは地上ではなく浮いている。地上における視界ではなく…否、遠い場所から見ているのかもしれない。

《距離がある》
 図りきれない現実社会との間隔、恋人たち(新生社会人)の不安と描く希望だと思う。

 写真は『マグリット』展・図録より


『水仙月の四日』56。

2021-11-29 06:26:20 | 宮沢賢治

 雪狼どもはぐつたり座つてゐます。雪童子も雪に座つてわらひました。その頬は林檎のやう、その息は百合のやうにかをりました。
 ギラギラのお日さまがお登りになりました。今朝は青味がかつて一そう立派です。

 夜明け、新しい朝の始まり。雪狼どもは・・・(三人の雪童子は九疋の雪狼をつれて、西の方へ帰つて行きました)、この雪狼は西の方へ帰っていった雪狼とは違う?
 この場所は、昨日(水仙月の四日)と同じだとすると、この雪狼は?

(三人の雪童子は九疋の雪狼をつれて、西の方へ帰つて行きました)というのは、水仙月の四日に見える舟に乗った(阿弥陀仏・観音菩薩・勢至菩薩)を彷彿とさせるが、賢治はその他にも雪童子/雪狼を登場させているが、すべて同列にしている。
 雪婆んご(月であり、死神)とお日さま(太陽であり生命の輝き)を主軸に雪童子(死の導師)雪狼(大神)を配しているのだと思う。


片付け。

2021-11-28 07:10:49 | 日常

 片付け、一大事業である。
 ああ、これは…などと思い出に浸っていたら日が暮れてしまう。五十代くらいまでは(まだ、これは必要)とばかり処分は避けていた。けれど、七十も後半に差し掛かると、もう終点が見えている。
 Xデイ、残った家族には迷惑をかけたくない。着ることはないであろう服を袋に放り込んでいく。みんな安物のオンパレード、惜しくはない。
 パッチワーク?もうやらないでしょ…諦念。残余の時間とを計りながら捨てていく。服は手作りが大半だから胸が痛いけど、みんな噴飯物。笑止・・・。
 今日着るものがあれば十分、という気持ち。

 だけど、これから作ろうとして買い込んだ服地の山(小さな山だけど)にため息をつく。処分の手が・・・。 わたしが死んだらみんな処分されるもの、なにを迷っているの!自分を叱り飛ばす。

 さようなら、わたしの人生。跡を濁さずに…ああ、まだまだ未練があるのかなぁ。


『飯島晴子』(私的解釈)童形や。

2021-11-28 06:49:44 | 飯島晴子

   童形や夜の青蔦かぶさりて

 童形や夜のはドウ・ケイ・ヤと読んで、道、継、也。
 青蔦かぶさりて(青蔦被)はショウ・チョウ・ヒと読んで、匠、超、秘。
☆道を継(受けつぐ)也。
 匠を超すことを秘めている。

 童形や夜のはドウ・ギョウ・ヤと読んで、導、業、也。
 青蔦かぶさりて(青蔦被)はショウ・チョウ・ヒと読んで、章、挑、秘。
☆導く業(仕事)也。
 章には挑む秘(秘密)がある。

 童形や夜のはドウ・ギョウ・ヤと読んで、慟、仰、也。
 青蔦かぶさりて(青蔦被)はセイ・チョウ・ヒと読んで、逝、弔、悲。
☆慟(嘆き)仰ぐ也。
 逝(人の死)を弔う悲しみ。

※同じ形である。夜の暗闇の中で見る青蔦の重なりは、立体(リアル)を離れ、平面(一次元)と化している。


『飯島晴子』(私的解釈)菩提樹に。

2021-11-28 06:06:30 | 飯島晴子

   菩提樹に花咲き同じ夢を見る

 菩提樹はボ・チョウ・ジュと読んで、墓、徴、樹。
 花咲きはカ・ショウと読んで、下、傷。
 同じ夢を見るはドウ・ム・ケンと読んで、童、謀、嫌。
☆墓の徴(しるし)の樹の下に傷がある。
 童(子供)の謀(はかりごと/悪戯)を嫌(疑っている)。

 菩提樹はボ・チョウ・ジュと読んで、模、調、需。
 花咲きはカ・ショウと読んで、化、衝。
 同じ夢を見るはドウ・ム・ケンと読んで、道、謀、見。
☆模(ありさま)をしらべることを需(必要)とする。
 化(形、性質を変えて別のものになる)により、衝(大事な点)の道(みちすじ)の謀(計画)が見えてくる。

 菩提樹はボ・テイ・ジュと読んで、簿、訂、需。
 花咲きはカ・ショウと読んで、加、章。
 同じ夢を見るはドウ・ム・ゲンと読んで、同、無、現。
☆簿(ノート)を訂(ただす)需(必要)がある。
 加えると、章に同じで無いものが現れる。


『飯島晴子』(私的解釈)卯月波。

2021-11-27 06:55:50 | 飯島晴子

   卯月波童貞の眉押へても

 卯月波はウ・ガツ・ハと読んで、鵜、合、羽。
 童貞はドウ・テイと読んで、同、態。
 眉押へてもはビ・オウと読んで、尾、央。
☆鵜(みずどり)を合わせると、羽は同じ態(ありさま)であり、尾は央(真ん中)にある。

 卯月波はウ・ガツ・ハと読んで、烏、合、派。
 童貞はドウ・テイと読んで、如何、締。
 眉押へてもはミ・オウと読んで、味、追う。
☆烏合(カラスのようにバラバラに集まること)の派(思想や系統などの違いで他と別れている一団)、如何(いかに)締(取り決めを結ぶのか)味(内容)を追う。

 卯月波はウ・ガツ・ハと読んで、胡、合。
 童貞はドウ・テイと読んで、導、綴。
 眉押へてもはビ・オウと読んで、微、応。
☆胡(でたらめ)に合わせると破(一定の枠から外れるが)、導く綴りで、微(ひそかに)応(他のものと釣り合う)。

※卯月波、童貞はドウ・テイと読んで、憧、程。
 眉押へてもは、考え込むことがあっても。
☆卯月波、憧れの(目指す)道のりはそんなに遠くない。まだ春であれば(がんばろう)。