創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

ある平凡な主婦の、少しの追憶(22)

2007年06月20日 09時49分53秒 | ある平凡な主婦の、少しの追憶(一部R18)
家にいると、また階下の人から苦情の電話がかかってくるかもしれない、というストレスで胃がキリキリする。
せっかく長男も公園遊び(といっても今のところブランコだけだけど)できるようになってきたので、日中はできるだけ公園に行くことにしている。
長女は喜んで、お砂場の道具を袋につめて、張り切って出かけてくれる。
その様子を見ると、公園遊びができるようになって本当に良かったな、と思う。

でも・・・公園に行くと、私たち親子の周りから一斉に人がいなくなる。
特に長男が近づくと、蜘蛛の子を散らすように人がいなくなる。

色々と噂が立っているのだろう。
長男に関していえば、そのほうがトラブルが起こらなくて助かる、とも言える。
でも、長女がかわいそうだった。
ぽつんと人の輪から離れて砂をいじっている姿を見ると、
あの時カミングアウトしてしまったのは間違いだった、と思わざるをえない。

あそこで告白してしまったのは、自分が楽になる為だったのではないか?
長男の発育の遅さは自分のせいではないという証明のために、告白したのではないか?
トラブルが起きたときの‘印籠’になると思ったからではないか?

・・・・・・長女にも長男にも申し訳なくてたまらない。

鬱々としていると、蘇ってくる言葉がある。

『元気なかったけど大丈夫?』

彼からのメール・・・。
それに自分で答える毎日。

『大丈夫。まだがんばれる。がんばるよ、私』


あの日・・・壁を殴りつけた日以来、夫の帰りは毎日遅い。
休日も、なんだかんだと理由をつけて、出かけている。
でも、キレて怒鳴られるよりマシだ。

ただでさえ、家にいるときは、静かにさせるために、私が怒っていることが多いのだ。
その上、夫にまで怒られたら、子供達もたまらないだろう。

でも、そのくせやたらと体を求めてくる。
おそらく、本人的にはそれが一番の愛情表現であるのだろう。
仲直り、のつもりなのかもしれない。
そのことが私のストレスになっているということは、夫には理解できないようだ。


金曜日の早朝、高校の同級生の掲示板を見ていたら、びっくりした。
今日、彼がまた仕事で上京してくるらしいのだ。
そして、予定の合う人だけでも夜に集まって盛り上がろう、という話しになっている。
突然の話なのに、結構な人数が集まりそうな雰囲気がある。

「行きたいな・・・」

心の底からそう思った。
昔みたいにバカ騒ぎして、今のこの現状を忘れたい。
ほんの一瞬でもいいから忘れたい。
ほんの一瞬でもいいから‘自分’に戻りたい。


「高校の同級生の集まりがあるんだけど、行ってもいい?」

朝食時に夫に話してみた。
夫は不機嫌そのものに、眉をつり上げた。

「誰が来る集まりなんだ? 子供達はどうするんだ?」
「・・・・・・」
「オレ今日8時には帰ってくるけど、それまでに帰ってこられるのか?」
「・・・・・・」

もう・・・いいや。
無理して行ったら、機嫌を損ねるだけだ。
もう・・・いいや。

「いいや。行くのやめた」
「え?行ってもいいんだぞ、別に。ただ帰ってきた時に・・・」
「いい、いい。別にすごく行きたかったわけじゃないし」

嘘をついて話を切り上げた。
何だか・・・ものすごく疲れた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ある平凡な主婦の、少しの追憶(21)

2007年06月19日 11時39分16秒 | ある平凡な主婦の、少しの追憶(一部R18)
その一言を言った途端、2人はアタフタと色々言っていた。

「でも、祐介君、普通っぽいからわからないわよね」
「大変だと思うけど、がんばってね」
「早めに分かってよかったじゃない。こんなに早く分かったなら早く治るんじゃない?」

等々等・・・。
自閉症は治らないんですよ、なんて訂正する気にもならなかった。
申し訳なさそうに、
「今後またご迷惑おかけすることもあるかと思うんですが、よろしくお願いします」
と、頭を下げるだけ下げておいた。

いつかは言わなくてはいけない日がくるとは思っていたけど、こんなに早くその日がくるとは思ってもいなかった。
でも、今後、長男を公園で遊ばせる際にトラブルが起きることを考えると、言っておいて正解だと思う。

長男は私の鬱々とした心なんかおかまいなしに、まだブランコをこいでいる。
きっと短くてもあと30分はこぎ続けるだろう・・・。


この日、夫は出先から直帰だったため、帰りが早かった。
玄関のドアが思い切り閉められたところを見ると、機嫌は最高潮に悪いようだった。

「おかえりなさい。・・・どうかした?」

聞いてみると、夫は真っ赤な顔をして睨んできた。

「どうかした、じゃないよ。祐介のこと、隣の奥さんに話したのか?」
「・・・・・・」

隣の奥さんには話していない。
話していないけど、もう伝わったということか。

「今、エレベーターで一緒になって『祐介君、大変ですね。私達にできることがあったら言ってくださいね』なんて言われたぞ!」
「そう・・・」

へえ・・・隣の奥さんいい人だなあ。

なんて呑気に思ったが、夫はそうではないらしい。
持っていたカバンを床に勢いよく投げつけた。

「なんで言ったんだよ!まだ小さいんだから、自閉症かどうかなんて分からないだろう!」
「・・・・・・は?」

この期におよんで何を言ってるんだ?

「祐介は自閉症だよ。正式な検査をしてそういわれたんだよ。知能だってまだ一歳代・・・」
「馬鹿なこと言うなよ!」

ドンッと壁を殴りつける夫。

「なんでオレの子供が自閉症なんだよ!」
「なんでって・・・」
「だいたい、なんで近所の人間に言うんだよ! みっともない!」

ドンドンドンッと壁が鳴る。
子供達が何事か、と子供部屋から出てきた。

長女は夫のただならぬ様子を見て、怯えて私にしがみついてきた。

長男は・・・ケタケタと笑いながら、夫の真似をして壁を叩きはじめる。

「祐介!やめろ!」

夫が自分のことは棚にあげて長男を静止した。
長男はやめない。むしろ、楽しげに両手を使ってリズムカルに叩いている。

ぼんやりと、この子結構リズム感いいかもな、なんて呑気に思った。

夫は口をパクパクとさせて、その様子を見ていたが、
やがて大きく大きく息を吐き出し、

「メシいらない。外で食ってくる」

背中でそういって、玄関を開けた。
パタンっと静かに玄関はしまった。

長男はまだ、壁を叩き続けている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ある平凡な主婦の、少しの追憶⑳

2007年06月18日 10時09分52秒 | ある平凡な主婦の、少しの追憶(一部R18)
長男は訓練会でのリトミックや紙芝居の時間は、ジッとしていられず逃げだそうするので、いつも羽交い締めにしていなければならない。
暴れて先生のことをぶってしまうこともしばしばだ。
でも、外遊びの際に、公園のブランコで遊べるようになった。
ブランコばかりに固執して、ずっとこぎ続けるあたりは、やはり自閉症ならではだ。
それでも、道具を使って遊べるようになったことが、一つの成長と見られて、とても嬉しかった。

その訓練会の帰り道、マンション近くの公園前を通り過ぎたとき、
突然、長男が私の手を振りきって公園の中に入っていってしまった。
先を歩いていた長女を慌てて呼び止め、公園に行くように伝えたりした、ほんの数秒目を離した隙のことだった。

「きゃああああ!」

女の子の悲鳴が聞こえてきた。
驚いて振り返ると・・・
長男が、ブランコに乗っていた女の子を突き飛ばしてブランコからどかしたらしい風景が目に入ってきた。

「大丈夫?!」

慌てて女の子に駆け寄る。
同じマンションに住む美香ちゃんだった。
同時に美香ちゃんのママが美香ちゃんを抱き上げた。

「すみませんっ。大丈夫ですか?!」
「うん・・・」

美香ちゃんは長男と二ヶ月違い。
同じ頃の出産だったので、時々話をしたことがある。

「ちょっと、びっくりしちゃった。いきなりだったから」
「すみません・・・」

美香ちゃんがわんわん泣いているというのに、長男はこちらを見向きもしないでブランコをこいでいる。

「大丈夫、美香ちゃん」

すっと、女性がやってきて脇から美香ちゃんをのぞき込んだ。
確かこの人は、自治会の役員をしていた杉田さん・・・。
小学生くらいの子供がいたはずだ。

「余計なことかもしれないけどね」

杉田さんが私を振り返り、作り笑顔で言った。

「祐介君って全然公園で遊んでないわよね? だから順番とか分からないんじゃないのかしら?」
「そうですね・・・すみません・・・」

頭を下げるしかなかった。
いつもそうだった。

祐介の夜泣きがひどいのは、昼間たくさん遊んであげていないから。
祐介がお喋りができないのは、語りかけが少ないから。
祐介がいまだにオムツをしているのは、トイレトレーニングをさぼっているから。
祐介が大人しくしていられないのは、甘やかせて育てているから。

私がどういう風に子供達に接しているのかを見たこともない人が、子供の状態をみただけで色々とお説教してくる。
いつもいつも、責められるのは母親。
子供の成長状態って、母親の通信簿みたいだ。

「あのね、こんなこと言って気を悪くされるかもしれないけど」

美香ちゃんのママが、遠慮がちに口を挟んできた。
美香ちゃんは泣き声はもうおさまっていたが、ママの胸にぎゅっと顔を埋めてジッとしている。

「知り合いの子でね、祐介君に似てる子がいるの。何て言うのかな・・・人に感心がないっていうのかな。ほら、今も祐介君、美香が泣いてることに見向きもしないでしょ? もう3歳なんだから、普通だったら自分が泣かせたこと気にしてもよさそうなものじゃない?」
「ええ・・・」
「それに、言葉もまだ出てないんでしょう?」
「・・・・・・」
「スーパーとかで見かけても、いつも祐介君、ママから離れて走り回ってたりするじゃない? あの感じもその子と似てるのよ」

祐介は無表情にブランコをこぎ続けている。

「で、その子ね、検査をしたら・・・障害が見つかったのよ」
「え、そうなの? まあ!」

杉田さんが芝居じみた声をあげた。

「今って結構多いわよね。うちの子のクラスにもね、こっちがみてると、明らかに何かしら障害があるって感じする子がいるのよ。でも親は認めてなくて検査も受けてないらしいの」
「あ~そういう親って多いらしいですよね~」

美香ちゃんママもなんだか芝居じみている。

「でも、こっちにしてみればね、その子が暴れたりしたせいで授業が遅れることもあるし、うちの子も殴られそうになったらしいし、ちゃんと行くとこ行って、治してもらったほうが助かるのよね」

杉田さんは心配そうな表情を作って、こちらを向いた。

「ね、嫌かもしれないけど、祐介君も調べてみたら? 早めに分かったほうがいいっていうわよ。こういうのも、親の責任のうちだと思うわよ」
「・・・・・・」

何だか、テレビドラマをみているような感じがする。
2人の声がブラウン管越しに聞こえてくる。
そして、私自身の声も、ブラウン管越しに発せられる。

「もう、調べたんです」
「え?!」

2人が同じ表情をして私をみた。
驚きの中に期待を含ませている顔。好奇心いっぱいの顔。
ふっと私の中のもう一人の私が、冷笑を浮かべた。

ええ、ええ。お二人の期待に添った答えを今から言ってあげますよ。

私はちょっと暗めの表情を作って、ポツリと言った。

「祐介、自閉症なんです」
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ある平凡な主婦の、少しの追憶⑲

2007年06月16日 12時29分40秒 | ある平凡な主婦の、少しの追憶(一部R18)
『ありがとう。がんばる』

短く返信をして、皿洗いをはじめる。

そうだ。憂鬱になっている場合ではない。
今後どうするかを考えなくては・・・。

実は一年ほど前、騒音対策のために防音カーペットを全面に引き詰めた。
元はフローリングである廊下・リビングが全て絨毯となった。
それを過信して、子供達のジャンプをやめさせなかった、というところもある。
結構な値段を出して購入した防音カーペットだが、やはり限界はあるのだろう。

そうなると、マットレスの上で暴れさせる以外に考えられない。
もう少し外で遊べたらまた違うのだろうけど、やはり長女もいるので、2人いっぺんには目が行き届かないのだ。

・・・ん?
そこまで考えて、急にひらめいた。
そうか。長女を幼稚園に編入させたらどうだろう。
金銭的な理由と、長女が弟の面倒をよく見てくれることから、
来年の年中からの入園でいいだろう、と思っていたのだが、
こうなったら幼稚園に入った方がいいのかもしれない。
長女もそのほうがのびのびと遊べるだろう。
私も長男と一対一ならば外遊びをさせてやることもできる。

ちょうどお風呂上がりの夫が飲み物を取りにきたので、話してみた。

・・・が。

「そんな金どこにあるんだよ?」

と、眉を寄せられた。

「私の定期を崩せばいいかなと思って」

長女が三年通う金額くらいは入っている。
しかし夫は納得しなかった。

「それは何かあったときの為に取ってあるやつだろ。なんでうちがそこまでしなくちゃなんないんだよ」
「・・・・・・」

それじゃあ、このままなんの対策もなく、私がピリピリしながら過ごせばいいと?

「マットレスの上ででもあばれさせりゃいいだろ」
「今日、そうしたよ。でもすぐにはみ出して・・・」
「じゃあ、そこまでやってるんだから文句言われる筋合いないだろ。だいたい防音カーペットだってひいてるんだからさ」
「・・・・・・」

今度は私が眉を寄せてみせた。
すると夫は不機嫌そのものになり、

「何か文句言ってきたら、オレが謝ってやるよ。『ごめんなさい』って頭さげてやるよ。だからいいだろ」
「・・・・・・」

そういう問題じゃないと思う。
全然納得できない。

それなのに、夫はこの話はおしまい、とばかりに、持っていたコップを置き、
私のことを後ろから抱きしめてきた。
その手が胸をまさぐってきたので、イラッときた。

どうして、この会話の後で体を求める気になれるんだろう?
今日、私が神経の張りつめすぎで、どれだけ疲れてるか、想像できないんだろうか?

その感情をなるべく抑えながらも、言い方はどうしても冷たくなった。

「洗い物してるんだけど」

すると夫は舌打ちをして私から離れ、寝室に入っていった。
そのドアが、夫の苛立ちのままバタンッッと大きな音をだして閉められる。

何時だと思ってるのよ。
それこそ近所迷惑で苦情の電話がくるわよ。

イライラした。
何もかも嫌になった。

ふと、彼からのメールを見返す。
そして、よくよく読んで、文章を丸暗記してから、削除した。
夫は時々私の携帯をチェックするので、彼からのメールを残しておくことは危険だった。

こんなことでも、自由がない。自由がない・・・。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ある平凡な主婦の、少しの追憶⑱

2007年06月15日 09時43分05秒 | ある平凡な主婦の、少しの追憶(一部R18)
電話の内容は、年末に行う予定になっている、彼の結婚披露パーティーのことだった。
同級生の一部で幹事をやることになっているのだ。
私は女子の代表の一人になっていた。
会場のことで、急ぎで確認したいことがあったのだが、
幹事が一人もつかまらず、私のところに電話してきたらしい。

「結婚おめでとう」

言うと、彼は照れたように「どうも」とだけ言った。

電話の後ろでは、カチャカチャと食器を洗うような音がしていた。
奥さんが洗っているのだろう。

何だか、耐えられなかった。

「もうすぐ夫が帰ってくるから」

そういって、早々に用件に答えて電話を切った。

胸が、痛い・・・。


そのうち本当に夫が帰ってきた。
夫はたいてい、帰宅直後は機嫌が悪い。
すぐに食事の用意をする。

ご飯を食べ終わって、機嫌がよくなってきたところを見計らって、今日のことを報告した。
階下の人から苦情の電話があった件だ。

当然ながら、また機嫌が悪くなる。
でも言わずにはいられなかった。

「もう少しお子さんを公園で遊ばせたらって言われたよ」
「ふーん」
「遊ばせられるものなら遊ばせてあげたいんだけど、祐介がね・・・」
「・・・ああ」
「なんか悲しくなっちゃったよ。わたしだって遊ばせてあげたいのに、そんなこと言われるなんて・・・」

そこまで言うと、夫が鼻で笑った。

「下の階の人は、祐介のこと知らないんだからしょうがないだろ」

そして「風呂入ってくる」と言い捨てて部屋を出ていってしまった。

「・・・しょうがないだろって・・・」

涙が出そうになる。
この悲しさが、夫には分からないのだろうか?
私が今日一日、どれだけ気を使って生活していたのか、分からない?
これから毎日、こんな風に気を使って生活しなくちゃいけないのかと思うと憂鬱で憂鬱でたまらない、この気持ちも分からないの?

「・・・・・・あ」

気分を切り替えようと、食器の片付けをするため台所に行きかけて、携帯にメールが入っていることに気が付いた。

彼からだった。

短い文章が入っていた。

『なんか元気なかったけど大丈夫?心配になったのでメールしてみた』

「・・・・・・」

見た途端、こらえていた涙がどっと出てきた。

そして、急に、思い出した。

私、彼のそういうところが大好きだったんだって。
声を聞いただけで、心を分かってくれて、寄り添ってくれるところ。
どうして分かるんだろう?っていつも不思議だった。
優しい、優しい、優しい人だった。
今でも変わっていないんだ・・・。

嬉しいような、切ないような、複雑な気持ちでいっぱいになった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする