和歌山競輪場で争われた大阪・関西万博協賛競輪の決勝。並びは阿部‐竹山の宮城,小林‐金子‐芦沢の関東,岡崎‐古賀の近畿,立部‐中村の九州。
スタートは取り合い。最後まで争ったのは金子と古賀。内の金子が誘導の後ろに入り小林の前受けに。4番手に岡崎,6番手に阿部,8番手に立部で周回。残り3周のバックを出てから立部が上昇を開始。ホームに入ってからスピードアップし,バックへ向かうコーナーで小林を叩きました。バックに入るとこのラインを追っていた岡崎が巻き返していき,このラインに阿部も続いて打鐘。このときに先頭の岡崎が自転車を外に振ったのでマークの古賀も外に。がら空きになったインを立部が突いて岡崎の番手に入りました。古賀は外から番手を取り返しにいき,阿部は中村の後ろに下りました。番手戦はバックに入るところで立部が奪い,そこへ小林の捲り。これに対応するように立部が発進。小林マークの金子も最終コーナーでは小林の外に自転車を出していって,直線の入口では岡崎,立部,小林,金子の4人が雁行。直線は外の金子が突き抜けて優勝。前のふたりを捲った小林,直線で小林と金子の間を割った阿部,金子マークから大外を伸びた芦沢の3人で2着争い。接戦となりましたが,2車身差の2着は阿部。芦沢が8分の1車輪差の3着で小林は4分の1車輪差の4着。
優勝した栃木の金子幸央選手はGⅢ初優勝。このレースは今年に入ってからS級を優勝した選手が不在という,GⅢの決勝とは思えないようなメンバー構成。ですから展開が占めるウェートが高くなるだろうと思っていました。僕が考えていたのは立部が先行し,自力選手ではない阿部が3番手に続くというもので,その場合には5番手を小林と岡崎のどちらが取るのかということと,番手の中村と3番手の阿部が捲ってきた選手を相手にどのような対応をするのかということが焦点でした。実際は僕の見込みとは違ったものに。立部は展開的には有利だったと思いますが,併走の経験も番手から抜きにいくという経験もそれほど多くはなかったでしょうから,一杯になってしまったのは止むを得ないような気がします。小林マークだった金子は早めに踏む構えをみせ,自分で勝ちにいく競走をしたといえ,その貪欲さが優勝に繋がりました。このメンバーの中で強豪選手とのレース経験が多いのは金子ですから,その部分も生きたような気がします。
3月8日,水曜日。総講の日でしたのでお寺に行きました。ただこの日の総講には住職は来ませんでした。これは本山で会合があったためです。本門仏立宗の本山というのは京都にあります。
3月10日,金曜日。妹を通所施設に迎えに行きました。
3月13日,月曜日。妹を通所施設に送りました。
3月15日,水曜日。この日に1冊の本を読了しました。『スピノザーナ11号』です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/a8/0b21a6e6a59d330fc24071ba3230c740.jpg)
『スピノザーナ』はすでに15号と10号を読んでいますから,3冊目になります。これは2011年4月22日に発行されたものです。ざっと内容を紹介しておきましょう。
巻頭言は河井徳治による「畠中尚志『エチカ』の訳業」です。
この後に工藤喜作の訃報が報じられています。さらにこの関連で「工藤喜作氏に聞く」という工藤へのインタビューが掲載されています。インタビュアーは桜井直文と高木久夫で,吉田和弘が記録者になっています。
この後は論文が5本掲載されています。順に,伊豆蔵好美の「ホッブズとスピノザにおける「自然権」」,松田毅による「ライプニッツはスピノザをどう読んだか」,平尾昌宏の「スピノザ『神学・政治論』からメンデルスゾーン『エルサレム』へ」,合田正人による「欲望の倫理」です。これらの論文にはそれぞれ副題があるのですが,それはここでは割愛します。
ここからは工藤喜作関連のエッセイが2本です。ひとつ目が齋藤博の「工藤さんを悼んで」でもうひとつは巻頭言も担当している河井徳治による「工藤喜作先生を偲んで」です。
その後に2本の書評があります。1冊目は福岡安都子の『国家・教会・自由-スピノザとホッブズの旧約テクスト解釈を巡る対抗』で,書評を担当しているのは吉田量彦です。もう1冊は福居純の『スピノザ「共通概念」試論』です。この書評を担当しているのは藤井千佳世です。この本は僕も読んでいて,内容は紹介していますから,それも参考にしてください。
実質的な内容はこれで終了です。最後に教会事務局からのお知らせが掲載されています。協会の規約,文献のオンラインネットワークの案内,2009年度と2010年度の講演および研究会の一覧と,同期間内の主要記事です。
スタートは取り合い。最後まで争ったのは金子と古賀。内の金子が誘導の後ろに入り小林の前受けに。4番手に岡崎,6番手に阿部,8番手に立部で周回。残り3周のバックを出てから立部が上昇を開始。ホームに入ってからスピードアップし,バックへ向かうコーナーで小林を叩きました。バックに入るとこのラインを追っていた岡崎が巻き返していき,このラインに阿部も続いて打鐘。このときに先頭の岡崎が自転車を外に振ったのでマークの古賀も外に。がら空きになったインを立部が突いて岡崎の番手に入りました。古賀は外から番手を取り返しにいき,阿部は中村の後ろに下りました。番手戦はバックに入るところで立部が奪い,そこへ小林の捲り。これに対応するように立部が発進。小林マークの金子も最終コーナーでは小林の外に自転車を出していって,直線の入口では岡崎,立部,小林,金子の4人が雁行。直線は外の金子が突き抜けて優勝。前のふたりを捲った小林,直線で小林と金子の間を割った阿部,金子マークから大外を伸びた芦沢の3人で2着争い。接戦となりましたが,2車身差の2着は阿部。芦沢が8分の1車輪差の3着で小林は4分の1車輪差の4着。
優勝した栃木の金子幸央選手はGⅢ初優勝。このレースは今年に入ってからS級を優勝した選手が不在という,GⅢの決勝とは思えないようなメンバー構成。ですから展開が占めるウェートが高くなるだろうと思っていました。僕が考えていたのは立部が先行し,自力選手ではない阿部が3番手に続くというもので,その場合には5番手を小林と岡崎のどちらが取るのかということと,番手の中村と3番手の阿部が捲ってきた選手を相手にどのような対応をするのかということが焦点でした。実際は僕の見込みとは違ったものに。立部は展開的には有利だったと思いますが,併走の経験も番手から抜きにいくという経験もそれほど多くはなかったでしょうから,一杯になってしまったのは止むを得ないような気がします。小林マークだった金子は早めに踏む構えをみせ,自分で勝ちにいく競走をしたといえ,その貪欲さが優勝に繋がりました。このメンバーの中で強豪選手とのレース経験が多いのは金子ですから,その部分も生きたような気がします。
3月8日,水曜日。総講の日でしたのでお寺に行きました。ただこの日の総講には住職は来ませんでした。これは本山で会合があったためです。本門仏立宗の本山というのは京都にあります。
3月10日,金曜日。妹を通所施設に迎えに行きました。
3月13日,月曜日。妹を通所施設に送りました。
3月15日,水曜日。この日に1冊の本を読了しました。『スピノザーナ11号』です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/a8/0b21a6e6a59d330fc24071ba3230c740.jpg)
『スピノザーナ』はすでに15号と10号を読んでいますから,3冊目になります。これは2011年4月22日に発行されたものです。ざっと内容を紹介しておきましょう。
巻頭言は河井徳治による「畠中尚志『エチカ』の訳業」です。
この後に工藤喜作の訃報が報じられています。さらにこの関連で「工藤喜作氏に聞く」という工藤へのインタビューが掲載されています。インタビュアーは桜井直文と高木久夫で,吉田和弘が記録者になっています。
この後は論文が5本掲載されています。順に,伊豆蔵好美の「ホッブズとスピノザにおける「自然権」」,松田毅による「ライプニッツはスピノザをどう読んだか」,平尾昌宏の「スピノザ『神学・政治論』からメンデルスゾーン『エルサレム』へ」,合田正人による「欲望の倫理」です。これらの論文にはそれぞれ副題があるのですが,それはここでは割愛します。
ここからは工藤喜作関連のエッセイが2本です。ひとつ目が齋藤博の「工藤さんを悼んで」でもうひとつは巻頭言も担当している河井徳治による「工藤喜作先生を偲んで」です。
その後に2本の書評があります。1冊目は福岡安都子の『国家・教会・自由-スピノザとホッブズの旧約テクスト解釈を巡る対抗』で,書評を担当しているのは吉田量彦です。もう1冊は福居純の『スピノザ「共通概念」試論』です。この書評を担当しているのは藤井千佳世です。この本は僕も読んでいて,内容は紹介していますから,それも参考にしてください。
実質的な内容はこれで終了です。最後に教会事務局からのお知らせが掲載されています。協会の規約,文献のオンラインネットワークの案内,2009年度と2010年度の講演および研究会の一覧と,同期間内の主要記事です。
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