最寄りの駅からすぐ近くに自転車屋が有った。
同じ道の並びに、チェーン店の自転車屋ができたが、
古い地元の固定客が付いていたと思う。
なんたっていい仕事をするからだ。
※
十年以上前のことだが、
同居していた女子がまだ小学生だった頃のことだ。
新しいチェーン店のほうの前で、自転車がパンクして困っていたら、
その店の人がタダで直してくれたという。
お金を持っていない子どものこととは言え、
なんともいい話だ。
個人店なら分かるけれど、チェーン店ではなかなか
そういう判断もしにくいのではないか。
※
つまり、最寄り駅は自転車屋の当たり駅なんである。
だが、その隣の駅もなかなかの自転車屋当たり駅なのだ。
北側の商店街をずーっと行った所の店は、ろくに看板も出ていない。
どころか店に人もいない。
貼紙に従って、二軒隣の総菜屋に行くと、
居座って茶を飲んでくっちゃべっている。
近所付き合いなのか、家族なのか、もはや一見したくらいでは分からない。
修理だと言うとすぐに腰を上げて店に戻る。
ガレージにごちゃごちゃと道具が置いてあるだけの店だ。
すでに分かっているとおり、かなりの話好きであって、
修理している間もずっと何かしらしゃべる。
修理のコツもしゃべる。
コツをよく知っている自慢もしゃべる。
私はコツのところをよく聞いておいて、
今後、自分で修理する時の参考にする。
おしゃべりは良い教師である。
※
駅の南側の商店街をずーッと行くと、また自転車屋が在る。
自転車屋?
店頭には野菜が並んでいる。
野菜も並んでいるが、新車も並んでいる。
私はサイクル八百屋と呼んでいる。
野菜はふつうの値段だが、
自転車の修理は格安である。
なんせ気前が良く、こちらもおしゃべりである。
おしゃべりの種類がちょっと違って、
道を通る中学生に
「おかえり! どうした!試合負けたのか?」なんて言って
ウルサがられたりしている。
十年以上前にすでにジジイだったから、
今もご健在かどうかは、不明。
今度、行ってみよう。
※
もとい。
最寄り駅の、古い個人店について。
おじちゃんが修理して、おばちゃんが会計してくれた。
年老いたお母さんがデイサービスから送られて帰ってくるところに
居合わせたことが有る。
私の母と同じデイサービスに通っているようだった。
永く乗っている自転車を修理に出したことが有る。
マウンテンバイクも持っていて、そのママチャリにはあまり乗っていなかった。
そのため、タイヤがもう劣化しきっていた。
前後ともタイヤ交換してください。
と言うと、
片側だけで4500円。両方ならサービスしても8000円。
もう少し出せば新車が買えてしまう。
どうしますか?
と聞かれた。
ちょっと考えます。
と言って、一旦、自転車置き場に行った。
※
私は子どもの頃から自転車が好きだった。
自転車に乗って一人で突っ走っている時は、
とても自由だった。
そういう私を母は心配して、
腕時計を買い与えて、「30分で帰る」というルールを与えた。
短い!
小学生とは言え、30分は短い。
近くの川っぷちへ行って、ちょっと行ったらすぐに帰らなければならない。
おかげで猛スピードで走るようになった。
一方ですぐに時間の延長を願い出た。
延長に延長を重ね、スピードもアップしていった。
近くの川をひたすら下って、多摩川との合流点まで行って帰ってきたり、
上水路をひたすら上って、多摩湖まで行って帰ってきたり。
自分の足で移動するということは、
私にとって自立の大きな表現だった。
※
自転車置き場まで行ったものの、
やっぱり新車に買い替える気持ちにはなれなかった。
再度、自転車屋に向かった。
※
後日、修理のできた自転車を受け取りに行ってみると、
両輪が交換してあるだけではなかった。
ゆがんでしまっていた前カゴが、別の物に交換してあった。
破れかけていたサドルが、別の物に交換してあった。
ペダルも、別の物に交換してあった。
つまり、私の自転車はあちこちガタガタだったのだ。
廃棄する別の自転車から部品を取って、付け替えてくれたのだ。
全部、サービス。
よよよ。
今回はタイヤ交換だけでお金がかかるから言わなかったのだ。
徐々に直していこうと思っていたのだ。
それを、見かねたのか、直してくれた。
※
そういう地元の自転車屋がついに閉店になった、と
友人YがLINEしてきた。
Yが見たとき、閉店を告げる貼紙の横に、
もう一枚の貼紙が有ったという。
『また再開してくださることを祈っていました。今までありがとうございました。』と。
そう思った全員が貼紙をしたら、
シャッター一面ベタベタになることだろう。
同じ道の並びに、チェーン店の自転車屋ができたが、
古い地元の固定客が付いていたと思う。
なんたっていい仕事をするからだ。
※
十年以上前のことだが、
同居していた女子がまだ小学生だった頃のことだ。
新しいチェーン店のほうの前で、自転車がパンクして困っていたら、
その店の人がタダで直してくれたという。
お金を持っていない子どものこととは言え、
なんともいい話だ。
個人店なら分かるけれど、チェーン店ではなかなか
そういう判断もしにくいのではないか。
※
つまり、最寄り駅は自転車屋の当たり駅なんである。
だが、その隣の駅もなかなかの自転車屋当たり駅なのだ。
北側の商店街をずーっと行った所の店は、ろくに看板も出ていない。
どころか店に人もいない。
貼紙に従って、二軒隣の総菜屋に行くと、
居座って茶を飲んでくっちゃべっている。
近所付き合いなのか、家族なのか、もはや一見したくらいでは分からない。
修理だと言うとすぐに腰を上げて店に戻る。
ガレージにごちゃごちゃと道具が置いてあるだけの店だ。
すでに分かっているとおり、かなりの話好きであって、
修理している間もずっと何かしらしゃべる。
修理のコツもしゃべる。
コツをよく知っている自慢もしゃべる。
私はコツのところをよく聞いておいて、
今後、自分で修理する時の参考にする。
おしゃべりは良い教師である。
※
駅の南側の商店街をずーッと行くと、また自転車屋が在る。
自転車屋?
店頭には野菜が並んでいる。
野菜も並んでいるが、新車も並んでいる。
私はサイクル八百屋と呼んでいる。
野菜はふつうの値段だが、
自転車の修理は格安である。
なんせ気前が良く、こちらもおしゃべりである。
おしゃべりの種類がちょっと違って、
道を通る中学生に
「おかえり! どうした!試合負けたのか?」なんて言って
ウルサがられたりしている。
十年以上前にすでにジジイだったから、
今もご健在かどうかは、不明。
今度、行ってみよう。
※
もとい。
最寄り駅の、古い個人店について。
おじちゃんが修理して、おばちゃんが会計してくれた。
年老いたお母さんがデイサービスから送られて帰ってくるところに
居合わせたことが有る。
私の母と同じデイサービスに通っているようだった。
永く乗っている自転車を修理に出したことが有る。
マウンテンバイクも持っていて、そのママチャリにはあまり乗っていなかった。
そのため、タイヤがもう劣化しきっていた。
前後ともタイヤ交換してください。
と言うと、
片側だけで4500円。両方ならサービスしても8000円。
もう少し出せば新車が買えてしまう。
どうしますか?
と聞かれた。
ちょっと考えます。
と言って、一旦、自転車置き場に行った。
※
私は子どもの頃から自転車が好きだった。
自転車に乗って一人で突っ走っている時は、
とても自由だった。
そういう私を母は心配して、
腕時計を買い与えて、「30分で帰る」というルールを与えた。
短い!
小学生とは言え、30分は短い。
近くの川っぷちへ行って、ちょっと行ったらすぐに帰らなければならない。
おかげで猛スピードで走るようになった。
一方ですぐに時間の延長を願い出た。
延長に延長を重ね、スピードもアップしていった。
近くの川をひたすら下って、多摩川との合流点まで行って帰ってきたり、
上水路をひたすら上って、多摩湖まで行って帰ってきたり。
自分の足で移動するということは、
私にとって自立の大きな表現だった。
※
自転車置き場まで行ったものの、
やっぱり新車に買い替える気持ちにはなれなかった。
再度、自転車屋に向かった。
※
後日、修理のできた自転車を受け取りに行ってみると、
両輪が交換してあるだけではなかった。
ゆがんでしまっていた前カゴが、別の物に交換してあった。
破れかけていたサドルが、別の物に交換してあった。
ペダルも、別の物に交換してあった。
つまり、私の自転車はあちこちガタガタだったのだ。
廃棄する別の自転車から部品を取って、付け替えてくれたのだ。
全部、サービス。
よよよ。
今回はタイヤ交換だけでお金がかかるから言わなかったのだ。
徐々に直していこうと思っていたのだ。
それを、見かねたのか、直してくれた。
※
そういう地元の自転車屋がついに閉店になった、と
友人YがLINEしてきた。
Yが見たとき、閉店を告げる貼紙の横に、
もう一枚の貼紙が有ったという。
『また再開してくださることを祈っていました。今までありがとうございました。』と。
そう思った全員が貼紙をしたら、
シャッター一面ベタベタになることだろう。
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