犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

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先見の明暗

2015年10月03日 | LGB&T
[あらすじ] 私は身体的には女性だが、性自認は女性ではなく、
かと言って男性になりたいわけではない。そして恋愛対象は女性。


今でこそ、[あらすじ]に書いたように自分を見ているが、
これは現時点での話だ。
最初からこういうふうに自認していたわけではない。

「女性」が女性を愛するのだから、同性愛、レズビアン。
最初はそう思っていた。
ただの「ボーイッシュな女性」が女性を好きだということ。
二十代の頃、レズビアン・フェミニズムが盛んになった。
1994年、日本初のレズビアン・ゲイ・パレードの実行委員もやった。
しかし、女性と見られることに違和感が強いことは無視できない。
女性対女性であるレズビアンの中にいても、なんだか違う気がする。
1998年、日本で初めてと言われる、女性から男性への性転換手術が行われた。
新聞の記事を見て、明るい気持ちが奮い立ったのを憶えている。
しかし、どう考えても、ムッサい男性になりたいわけではない。
どうやら、性別というのは男女にくっきりわけられるものではないのではないか。

私の性自認は、日本における性的マイノリティの社会史の反映でもあるわけだ。

思春期を迎えた頃には、とっくに女性が恋愛対象だった。
小学生の頃から、女性が好きだったということだ。
同時に、いつかチンコが生えるのではないか、という気持ちもあった。
なぜ自分は男ではないのか。
ある朝目が覚めたら不意に男になってやしないか。

30年以上前のこと、「同性愛」はまだイケナイモノだった。
私も、自分が誰か女性を好きになることは、イケナイコトだと思った。
子どもが思うのもなんだか不思議なようではあるが、
自分が女性が好きになると、その女性が子どもを産み育てることを想った。
しかし、自分が関わっていったら、そうはならない。
だから、自分は好きな女性と関わってはいけない。
そう、考えた。

二十歳になってやっと付き合った女性が言った。
「あなたのことは好きだけど、子どもが産めなくなっちゃう。」
子どもの頃から持っていた自分への制約が、強まった。

一方で、いつか時代が変わる、と信じていた。
自分と女性との間で子どもを作ることができるようになる、と考えていた。
そこから本気で自分の手でその道を切り開こう、としていたら、
私は山中教授になっていたかもしれない。ちぇっ

私の精神性は、突貫して道を拓く方向よりも、
自分を責めて運命論へと逃げ込んだ。
自分は男性に生まれて女性とセックスしたり子どもを作ったりしてはいけなかったのだ。
だから女性の体に生まれてきたのだ。
そう考えた。

根が暗いなあ・・・

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