少し前にNHKBSP「深読み読書会」でも取り上げられた、江戸川乱歩の長編では最高傑作との
誉れ高い「孤島の鬼」を読み返しました。老後、資金難、体力難でいよいよ外出がままならない
ようになったら、その時の楽しみにとっておくことになるかなと思っていたところ、予定外に
早くそのシチュエーションが来てしまったようです。まあでも、考えようによってはいいタイミング
にも思えます。次の10~15年後にはまた、新鮮な気持ちで読み直せることでしょう。
文庫版の江戸川乱歩全集は、2003年8月に刊行開始されたので、もう17年前になるんですね。
それまでも代表作をいくつか読んではいたのですが、全集をそろえられる機会は二度とあるまいと、
思い切って全巻購入しました。資金力も今よりは段違いにあったようですしね。
子供向けと言っていい「少年探偵団」シリーズも含んでいるし、乱歩は後年小説をほとんど
書けなくなり、終いがたは評論・研究の類ばかり、それがまたかなり手ごわい内容なので、
読み進めるのが困難だった作品も多かったけれど、当時一応全巻読破しました。
「そそる」ブックカバーデザイン、作者による自作解説、乱歩ファンの各界著名人による
エッセイなど、全集の構成、つくりは満足ゆくもので、次回の配本が待ち遠しかったものでした。
でもコレクションして安心し、押し入れの奥に仕舞い込んだままではもったいないですよね。
思わぬ形であったにせよ、今回引っ張りだせてよかったのかもなあ。
乱歩といえば短編に優れた作品が多く、一方長編はプロットを決めずでたらめに書き出してしまう
せいで、たいていの作品は支離滅裂、途中で筆が進まなくなり、投げ出してしまったものさえ
あります。自作解説によれば、この孤島~と「パノラマ島奇譚」のみ前もってある程度筋書きが
できていたとあり、ほかの長編作も、同じように取り組んでいてくれたら、もっとたくさん
すぐれた作品を残してくれていたのではと夢想しますね。
この孤島~は、密室殺人あり、同性愛あり、人体改造あり、最後には洞窟探検の冒険と、
乱歩ワールドを炸裂させながらも、大きなプロットの破綻なく、最後まで読者を引き込み
快調に物語を進ませます。やはり乱歩代表作に間違いありません。
しかしながら、勝るとも劣らない長編の代表作品になりえたのが、同時収録されている
「猟奇の果」ではなかろうかと、個人的には思っています。孤島~以上に変態趣味が高じている
というか、官能的でミステリアスな展開は読み手を惹きつけ、迷宮の世界へと誘います。
ところが、一年の連載期間の約束が半年ほどで本来の結末を種明かししないと間が持たなくなり、
編集者・横溝正史のアドバイスを受け、予定になかった探偵・明智小五郎を登場させ、悪の集団と
対決させることで、さらに物語を引き延ばすことには成功します。しかしすっかり前半とは
タッチが違ってしまい、耽美な怪奇ムードはしぼみ、後半は普通の冒険探偵小説に終始して、
興味は失せ、一転駄作へと評価は急降下します。
前半のムードで最後まで押し通せていたなら、かなりの傑作となったかもしれない猟奇の果は、
後半まるで別の物語が組み合わさったみたいなへんてこりんな作品になってしまいました。しかし、
孤島の鬼同様、人体改造をモチーフにした作品同士がカップリングされたこの第4巻は、ある意味
絶妙な組み合わせであるとも言えるでしょう。傑作と傑作になり損ねた作品の合体…
全集30巻中でもおすすめの一巻なので、図書館などで今でも手にすることが可能であるならば、
ぜひお読みになられてはいかがでしょうか。