4月24日(水)晴れ時々曇り
東川のキトウシ森林公園は、野鳥愛好家には有名な撮影地、ここで
クマゲラやフクロウを写したと、話だけ聞いたことがあるだけで、
私自身はこれまで一度も足を踏み入れたことがなかった。鳥に関しては、
「目の前に来たら写す」程度の浅い興味しかないのが理由だ。しかし
本日はお日柄も良く、男山自然公園開園までの待ち時間に、寄り道した。
公園内はそれなりに広く、いったいどこを目指したらいいのか
わからずうろうろしていると、たまたま望遠レンズを装着した
カメラを担いだおじさんが林から出てきたので、このあたりが
そうなのかと目途をつけ、付近を散策した。ほかの二名と合わせ、
この朝は計四名機材を持った撮影者がいたことになる。
フクロウやクマゲラなどの「大物」には出会えず、キツツキ類では
巣穴?を開けているアカゲラを見かけただけだった。小鳥は、
鳴き声からすると数種類いるようだが姿はチラッとしか見えず、
写真を撮らせてくれそうにないなとあきらめていたら、突然眼前に、
もみ合いながら二羽の鳥が落下してきた。昨年だったか、スズメが
同じように争っているのを見たことがあり、それと同じように
激しくバトルっている。そのまますぐ横の小川に転落し、しぶきを
あげながらの水中格闘戦へと移行、ほどなく一羽は力尽き、
水没したまま動かなくなった。勝ち残ったほうは興奮冷めやらぬ
様子で、すっかり冷静さを失ったまま、羽の水滴を払いながら
勝どきを上げた。
同じ種族で殺し合いができるのは人間だけだと聞いた覚えがあり、
同じ種の鳥同士でも相手が息絶えるまで攻撃することがあるのかと
驚いた。このあと、これと同じ種(同じ個体かどうかはわからない)
のペアが樹上で交尾らしい行動をしてるのを見たので、繁殖時期で、
いつも以上に殊更ナーバスになっていたのかもしれず、雌をめぐる
熾烈な争いだったことが推測される。
「猿はサルを殺さない」が、「鳥はトリを殺す」ことはあるのだ。
4月23日(火) 曇り時々晴れ
今回、私としては珍しくGW期間を挟んでの旅行となったのには複数理由があり、
ここ男山自然公園へ久々に行ってみたいのもそのひとつだった。このところ
春の野草の開花時期が年々早まる傾向で、GW明けでは間に合わないのだ。
今季は今日が開園日、さすがにまだ咲き始めでピークには早いだろうと、下見の
つもりで出かけたら、なんとすでに満開! というか、私の見立てではやや盛りを
過ぎ始めていて、おそらくは今週いっぱい持ちこたえればいいかどうかという
状態だった。
この日は朝から雲が多めで、雲間から時々日が差す程度、到着時にはまだカタクリの
花は開いておらず(カタクリは日が当たらないと花弁を閉じたまま)、園内をさっと
一周後小休止、しばらくしてもう一度撮影に赴いた。
日差しをめいっぱい受ける福寿草。
そして、昼食後もう一度公園を訪れた、明日はもう来ないつもりで(結局、明日もまた
やってきたのだが…)。天気は徐々に安定、晴れ間の面積が大きくなって、花は完全に
開ききっていて、青いエゾエンゴサクとピンクのカタクリとのコンビネーションが美しい。
肉眼ではものすごい密度で咲いているはずが、いざレンズを通してみるとそれを
うまく表現できないのがもどかしい。前回の撮影結果に不満が残り、もう一度
写し直してみたかったのに、今回も同じ轍を踏んだようで成長みられず情けない。
この日は平日ということもあり来訪者も少な目、のんびりしていて好ましい。
地元テレビ局STVが取材に来ていた、今夜のニュースで紹介されるんだろうなあ。
GWと重なる週末ごった返しそうだ。
ようやく山頂到着。無積雪期よりやや時間がかかり、ここまで1時間10分を要した。
山頂からガレ場方面。笹はほぼ雪に埋もれており、ここで夜露除けの雨具を
着けなくてもよく、休息なしでそのまま現場へ向かった。
山肌まで迫る雲海。下界天気がすっきりしなかったのはこのせいだ。
現場到着。逆にここでは雪解けが進み、残雪はガレ場の下部に残っているだけなのに
がっかりした。これだと、無積雪期と代り映えしないシチュエーションだからだ。
それにも増して不気味なのは、野鳥の鳴き声以外何も聞こえず、シ~ンとしている
ことだ(のち、下界で自衛隊の大演習が始まり、静けさを破られたが)。途中登山道
沿いでも無音、ここでもナキちゃんの鳴き声は皆無だ。この大きなガレ場以外にも、
周辺何か所かナキちゃんの生息地があり、普段そこからも鳴き交わす声が響いてくる
のに、まったくそれも聞こえてこない。やはり、野良猫騒動はガセネタでなく本当
だったのか、ナキウサギは壊滅的な被害を被ったみたいだ。
さすがにこれではいくら待ってもラチが明かない。一時間ほどでタイムリミット、
早々に下山しようと考えていたら、ガレ場の左端で警戒音の鳴き声が聞こえ、
続いて中ほどで警戒音、そしてしばらくして、右端の草地でエサを食む様子を
ようやく目視できた。ただし、どれも同じ個体が移動してきただけだと思われ、
このあと彼が鳴き叫ぶ姿を何度か目撃したが、ガレ場内はもちろん、周辺から
いっさい鳴き交わす声が聞こえてこなかった(むなしすぎる…)。
さらに、これは完全に思い過ごしだろうが、彼のほうからこちらにすり寄ってきている
ようにさえ思えるほど、警戒心うすく姿をさらけ出していた。これなどは、すぐ近くの
岩の上で動かなくなったので、コンデジでも写したもの。ピントがずれてるけど…
最近私もひとりになって、君の気持はよくわかるよ、まあ仲良くしよか、と
親近感を覚えたのは私だけらしく、このあとすぐに引っ込んじゃった。
結局この日ガレ場にいたのは私一人きりだった。季節が中途半端なのと、ナキウサギが
あまり出なくなったという情報が行き渡ったためだと思われる。
ところが、山頂まで引き返すとここに一人登山者がいた。彼は登山口とは逆側
(士幌高原ヌプカの里方面)から道なき道を薮漕ぎして直登してきたのだそうで、
ダニがひどかったので参ったと聞くや、私は躊躇することなく一歩後ずさった、
「うつさんといてや!」。彼は先週正規のルートから登ろうとしたが雪がやわらかく、
スノーシューでないと登れそうにないと、途中で断念したのだそうだ。そう聞くと、
本日のコンディションは、雪慣れしていない私がどうにかなったのだから、
恵まれていたのだと再認識した。
朝よりさらに雪が緩くなり、アイスバーンもかなり解消、これだと何とかアイゼンなし
でも降りられそうだ。注意していても、それでも少なくとも2度滑りこけ、尻もちを
ついた。その大きな音に驚いて、ナキちゃんの警戒音が響く。二匹目の生存を確認。
無事下山。朝よりもずいぶん雲が多くなった。
じろう食堂で「大ぶりザンギ定食・840円」。
4月22日(月) 晴れのち時々曇り
昨年6月以来の東ヌプカウシヌプリへの登山だ。その後、野良猫による被害でナキウサギ
の生息数が激減したと聞いているのが気掛かりなのと、さすがに4月中はまだ雪が多く
残っていて、雪慣れしない私に登り切れるのかが不安材料だ。ひとまず、行ける
ところまで行こうと思った。
登山口入り口からすでに雪で、このあと、登山道の半分ほどは雪の上を歩くことになる。
このあたりはまだ勾配緩やかで、普段ならまだそれほどきつくないところだが、
雪に足をとられなかなか前に進めない。
いよいよ急斜面。登山道は北西斜面に設けられているので日当たりあまり良くなく、
ある程度雪が残っていることは想像できた。この前いったん夏日前後まで気温が
急上昇した北海道、その際解けた雪がその後再氷結し、アイスバーン化していて
テカっていて、そこに足を乗せると踏ん張りがきかず怖い。
岩に多数アイゼンの爪痕らしき傷がついていて、装着し登った人もいたのだろう。
そのほうが雪上では有効でも、雪が解け岩が露出している箇所も多く、その判断は
難しい。結局、迷いながらも私は軽アイゼンをつけなかったが、帰路、雪の状況が
同じようだと、装着を検討したほうがよさそうに思いながら登った。
尾根筋に出ると歩きやすくなるのかと期待していた。日当たり良く、風に吹き飛ばされ、
雪があまり残っていないだろうと予想したのだ。ところが思いのほか雪が深く、
しかも柔らかく踏み抜いてしまい足をとられるので、ここでも思わぬ時間がかかった。
雪庇のような残雪。
残雪のウペペサンケがきれいだ。
この日もみどり鮨で「特上生ちらし寿司」を持ち帰り、いただくことができた。
お値段据え置き2000円がうれしい。今時回転ずしでもこの値段で支払いを
抑えることが難しいご時世、この高品質でこの価格なら、こちらに軍配が上がる。
相変わらずボリューミーで、今回もふたが完全に宙に浮いていた。ネタは季節や
仕入れ内容で微妙に違うらしく、今回はイカ、タコが控え目、その分、タチウオみたいな
銀色の光り物が入っていて、マグロが4切れに増量されていた。
味、量ともに大満足、堪能した。
上士幌町内の、とある公共駐車場で休憩していると、木を伝ってエゾリスが降りてきた
のに気がついた。地面に落ちていたティッシュペーパー?をくわえていったが、食べ物で
ないと判断し、すぐに放棄した。その後も枝を飛び回っていて、肉眼で追いかけられても、
コンデジで写すのは至難の業だ。
それからしばらくして、今度は少し遠くからキツツキのドラミングらしき音が
響き渡ってきた。でもまさかこんな街中でと思いつつ、ずっと鳴りやまないので
見に行くと、はたしてはるか樹上にキツツキらしき鳥がいるのを見つけた。
おそらくアカゲラだと思われ、獲物を探しているというよりは、この木の
音の響きがお気に召して、自分のテリトリーをこれでもかと主張していたのでは
ないかな。
さすが北海道、本州で町のど真ん中に小動物が姿を見せるのは、普通あまり
ないことだ。
4月21日(日) 曇り時々晴れ
新聞を読み終え、続いて新刊本コーナーで気になって手にとったのがこの
「「昭和ニューミュージック」の1980年代~あの人はあの頃、どう生きて
いたのか/富澤一誠著」だ。80年代当時最前線にいたアーティストたちへの
インタビュー記事を年代順に記録した内容で、その時代の生々しい肉声が
甦る一方、歌い手たちのその後現在に至るまでの追跡取材などは網羅されて
おらず、「記録集」「歴史遺産」的な内容にとどまっているのがやや惜しい。
80年代がまんま青春期と重なる私などは、登場するアーティストすべて
認知でき、読み通したいところだが、時間の関係ですべて閲覧するのは難しく、
「NSP」「谷山浩子」「五十嵐浩晃/天野滋」の項目だけしか読めなかった。
NSPへの取材は80年代初頭、シングル曲『見上げれば雲か』を発表した頃で、
「ポスト・アリス」「ポスト・オフコース」の最右翼として期待されていた
時期でもあり、この曲で大ヒットを!と相当意気込んでいたことが伝わる
(しかし結果それは叶わず、代わって「アルフィー」「チャゲ&飛鳥」らが
その役目を担ったのが歴史的衆目な事実)。この曲のスポットCMがラジオで
頻繁に流れていたことを私も鮮明に覚えている。しかし、肩に力が入りすぎた
のか、この歌はまったく売れず、NSP史上否が応でも転換期を迎えざるを得ない
逆エポックメーキングな一曲となってしまった。その後NSPはよりポップな
方向へとシフトし、やがて打ち込みを多用、試行錯誤を繰り返すことになる。
天野滋さんへのインタビューは80年代の終わり、すでにNSPは活動停止し、
2年後レコード会社を移籍、ソロアルバム発売にこぎ着けた頃にあたる。
路線変更を余儀なくされ、それを引き金にNSPは空中分解してしまったが、
それでも天野さんは自分のやりたい音楽にこだわると宣言、コンピューター
を駆使した音作りに磨きをかけると力強く語っている。が、結果的にこれも
空回り、ソロアルバムはこの一枚限りしか発表されず、このあとアーティスト
としては、長い沈黙を続けることになる。
谷山さんへのインタビューは、彼女がデビュー後10年してこれが最初で、
正直、富澤さんは谷山さんの描く「不思議メルヘン世界」にはそれまで
まったく興味がなかったと打ち明けている。シングル『てんぷら・さんらいず』
アルバムでは「水の中のライオン」らを題材に、メルヘンと普通のラブソングの
使い分けできる理由を、谷山さんに迫っている。
4月20日(土) くもり
昨日北日本では荒れ模様の天候だったようで、その余波が残り、
船が北上するほどに波が高くなった。しかしうねりを伴わない揺れは
スタビライザーが吸収してくれるのか船はほとんど動揺せず、
道中まずまず快適に過ごせ、本を一冊読み終えることもできた。
予約の段階では船室がけっこう埋まっていて、団体さんが乗船している
のだろうと予測し、身構えたが、船内はいたってのどか、静まり返っており、
あのネットの座席表上の混雑はいったい何だったのだろう?
間引き運転期間中で、海上ですれ違う船も見当たらない。
4月19日(金) 晴れ(地域により黄砂あり?)
この写真の青空だけ見ると、すっきりクリアーな印象だが、
実感としては遠景がややぼやけていて、黄砂の影響が若干
残っているのかもしれない。近頃またよりいっそう疲れやすい
体質で、舞鶴までの長距離ドライブだけですっかり憔悴しきり。
乗船待ちしている周囲の車を観察したら、北海道ナンバーの
車が多いように思えた。桜見物など、内地の観光を終え、
北へ還る人たちなのだろうか?
舞鶴~小樽航路は現在週に三便しか運航されておらず、
閑散期にしては、人も車もそこそこ多そうだ。
この二日ほど、和歌山市でも黄砂が飛んできて、今朝洗濯物を干す前にベランダの手すりや
物干し竿を拭くと、ぞうきんが黄色く(黒っぽい色もあり)なりました。文字通りの
黄色さで、もしかしたらヒノキ科の花粉が混ざっているせいかもしれません。物騒ですよねえ。
そのあと、庭の水やりをしていて見つけたのがアゲハチョウのさなぎです。このところ、
我が家でもアゲハチョウを頻繁に見かけるようになりました。しかしまだ産卵行動は見られず、
ましてや幼虫もレモンの木にはいません。するとこのさなぎは越冬種で、冬の間中気づかな
かったことになりますね。ようやく新芽が芽吹き始めたサルスベリの枝、眼前の高さなのに
なあ…保護色の効果ってすごいですよねえ。
こちらは緑色に擬態したツバキの木のさなぎ。
花期が長いキンセンカ。
見頃を迎えたクンシラン(君子蘭)。
カラー。