タカ長のタカの渡り観察

タカが好き、山が好き、花が好き、心はいつも旅もよう。日々移ろいゆく心もようを綴るナチュラリストのつぶやきです。

いつものことですが、、、

2018年04月21日 | 山歩きから
昨日の大狩山、実は、、、持って行くつもりだったカメラを忘れて、車の中に置いていたコンデジを使いました。

ところがそのコンデジは、、、、最初から電池マークがピコピコ点滅して、撮影枚数を大幅に縮小しての撮影になったのです。

佐世保の旅ではたくさんの写真を撮り、その整理もままならない状況ですから、大狩山ではあまりたくさん撮らないよう電池が自然放電したコンデジを車に置くよう神様が手配されたのかも分かりません。

    

そのような状態ですからこのような撮影は1枚だけ、、、、日の当たるところを赤色のザックが歩いているところを撮りました。

何枚か撮ってそのうちの気に入ったものを使う、、、、というようなことは出来ません。

    

頂上での撮影も到着時間を記録するために撮ったこの1枚だけです。

他の写真は仲間に頼んでいました。以下はその仲間が送ってきた写真です。

   

ガイドブックによると、大狩山の稜線は戦国大名の尼子氏が山陰と山陽を結んだ古道で「尼子道」と呼ばれるようです。しかし、そのことを紹介した看板が現地にはありませんでした。

そのためどのあたりが「尼子道」と言われているのか分かりません。しかし、ガイドブックに「土塁になっている」という記載があるので、このあたりは間違いなく尼子道だろうと考え、その上を歩いているタカ長を撮ってもらいました。

    

ハッキリ言ったらやらせ写真です。

そのためチョッと格好いい???

    

その先には三瓶山を見ることが出来る展望地があるのですが、、、、

昨日は空気がもやっていて、どんなに努力しても見ることが出来ませんでした。

    

志都の岩屋に行く前に立ち寄った出店権現のウラジロガシの巨樹です。

何となく樹勢が落ちているように感じました。それ以上にそのまわりが荒れていたのが気になります。

そのあと志都の岩屋に行ったのですが、、、、、仲間からは、、、、

  

このような写真が送られてきました。

左はウラジロガシを押しのけるようなタカ長の雄姿?

右は天狗岩の上でおっかなびっくり(?)のタカ長です。

カメラを持って歩いても自分は写らないので、たまには仲間たちにマークしてもらうのも良さそうですね。

佐世保の旅2018年春~の記事は予約投稿しています。こらから明日の記事を書くつもりです。

いよいよ志々伎山の山頂からの風景の紹介です。お楽しみに、、、、、、。

佐世保の旅2018年春~6

2018年04月21日 | 山歩きから
志々伎山に登る~4

志々伎山に登っています。

岩壁の下の祠まで登ってきました。

    

その近くにこのような道標があります。

志々伎山の登山ルートは一本道です。迷うようなところはありませんが、しいてい言えばこのあたりです。

祠の前を前へ前へ歩いて行くと絶壁のようなところに出ます。

そこを下がるのではなく、この道標のところまでひき返します。10メートルか20メートルくらい、チョッとひき返すだけです。

    

タカ長たちにはこのあたりの土地勘がないので理解できないのですが、この道標が生活道のモノであることだけは理解できました。

登山用の道標ではありません。   

    

ここから急な道を下りるとこのような平坦な道になります。

しかし、その距離は少しだけです。

    

すぐに急登になります。

ここはロープのお世話になりになりました。

    

この急登を登るとすぐに、、、、

    

    

草履置き場につきます。このあたりがルートの一番東になります。

福良港から見た尖峰の向こう側になります。

    

これを見るとここからは女人禁制だったようですね。

しかし、今は誰でも登れる山になっています。

    

ここから最後の急登です。胸突き八丁の登りと言っても良いのかも分かりません。

    

    

ここはロープの助けなしに登りました。

しかし、このロープは下りの時に助かりました。

この急登を登りきると大きな木が無くなり展望が開けてきました。

志々伎山の山頂部に到着です。