斎藤工、「出会うべくして出会った」世界的な映画監督との仕事
3/9(土) 8:46配信
日本人にとって、旅行先としても移住先としても人気の高いシンガポール。まもなく公開となる『家族のレシピ』は、日本とシンガポールの外交関係樹立50周年を記念して製作された話題作です。
シンガポール・日本・フランスの合作となる本作で主演を務めたのは、俳優、映画監督、白黒写真家など、さまざまな肩書きを持つ斎藤工さん。言語や国境を超えて、家族の絆を追い求める主人公の真人を演じています。
そして、メガホンを取ったのは、国際的に高い評価を得ているシンガポールの巨匠エリック・クー監督。クリエイターとして第一線を走り続ける2人の見事な“化学反応”が堪能できる作品となっていますが、今回は現場での秘話や家族のような存在となったお互いのことについて語ってもらいました。
キャスティングの理由「この人しかいない!」
――まずは、本作に斎藤さんをキャスティングした決め手を教えてください。
エリック・クー(以下、クー監督):スカイプで15分ほどいろいろと話をしたとき、工の持っている繊細さに心を打たれて「この人しかいない!」と思ったんだ。
あとは、言語の違いがあると細かいニュアンスが落ちてしまうことも多いけれど、彼なら言葉の壁を越えてきちんと伝えてくれるだろうと信頼することができたから。実際、ほとんどが最初のテイクだけでオッケーだったから撮影はスムーズだったし、僕の監督としての仕事もとても楽だったよ。
――斎藤さんは、エリック・クー監督にはどのような印象を持たれていましたか?
斎藤工(以下、斎藤):僕が初めて観たエリックの作品は『TATSUMI マンガに革命を起こした男』。そのあと、エリックが来日したときに別所哲也さんから紹介していただきましたが、すれ違うように出会ったというくらいだったんです。
ただ、シンガポールだけでなく、世界を舞台に戦うエリックの映画人としての姿勢を僕は尊敬していたので、彼が日本人キャストを探していると聞いたときは、「何が何でも出たい!」と思いました。
偶然ではなく、必然的に出会った
――その後、実際に現場をともにされてみていかがでしたか?
斎藤:いま振り返ってみると、エリックとのコミュニケーションというのは言葉を超えているようでした。テレパシーのようでもあり、言葉はそれを補うためにあるだけ、という関係だったので、エリックと自分は根幹の部分で繋がっていたのかもしれないですね。
まさに、「人と人との繋がりとは何か」ということを知る劇中の真人と同じような感覚だったと思います。エリックは、出会うべくして出会った家族のような人。偶然ではなく、すべてが必然で繋がって奇跡になったと感じています。
クー監督:確かに、導かれるままに出会ったなと僕も思っているよ。
世界的な映画監督である所以(ゆえん)を見た
――日本語のセリフでは斎藤さんに託された部分も多かったと思いますが、演じるうえで意識したことはありましたか?
斎藤:作品によっては、一言一句脚本通りに演じるべきときもありますが、シーンごとにエリックが確認していたのは感情の部分。だからこそ、この作品は言葉を伝える映画ではなくて、人の心を伝える映画なんだなと感じました。
今回、エリックは最初からカメラを回していましたが、だからこそドキュメンタリーのような瞬間がたくさんあり、自分自身でいることが多い現場だったと思います。食べ物に対するリアクションはほぼリアルでしたし、人間の反射的な皮膚反応みたいなものも捉えてくれたので、映画の撮影をしていたという感覚はなかったです。
テストを繰り返して生まれるものもありますが、人間の動物的な心の動きや繊細な部分を大事にするところも含めて、エリックが世界的な映画監督である所以を垣間見ることができました。「演技をしない演技」をエリックと彼の素晴らしいスタッフによって引き出してもらったと感じています。
「今でも工のラストシーンは忘れられない」
――そういう意味でも、これまでの作品では見たことがないような斎藤さんの表情も映し出されていましたが、監督はどのような思いでカメラを向けていましたか?
クー監督:確かに、これまで工が出演しているほかの作品と今回はまったく違うものになっているんじゃないかな。日本語のシーンでは、僕が思っている通りかどうかは、彼の演技を通して確認することができたけど、それはさっき、工も言っていたように、この映画は会話がメインではないという証。
だからこそ、心の交流を通して、作品の主題をみなさんに伝えたいという気持ちがあるんだ。僕がいまでも忘れられないのは、工のラストシーン。カメラを回しながら自然と涙が流れてきたんだけど、僕が自分の作品を撮っているときに泣いたのはこれが初めての経験だったよ。
松田聖子さんの声は本当に素晴らしい
――この作品では松田聖子さんの存在も大きかったと思いますが、ご一緒されてみていかがでしたか?
斎藤:聖子さんがエリック監督からのオファーを快く引き受けたとうかがって、クリエイターに対してのアンテナの張り方や行動力が本当に素晴らしいと思いました。
とはいえ、僕らからすると、「松田聖子」という巨大な看板みたいなものをつい意識してしまいがち。でも、本読みで第一声を聞いた瞬間、氷が解けるような感覚に陥り、すべてを委ねようとしている自分がいることに気が付きました。
クー監督:僕は撮影の前から、「工と聖子さんの2人がいればこの映画は成功する」と本能で感じていたよ。それにしても、彼女の声は本当に素晴らしい。僕も本読みのときにすっかり魅せられてしまったよ。とはいえ、実は10代の頃から彼女の大ファンだったこともあって、最初にお会いしたときは緊張と怖い気持ちでいっぱいだったんだ(笑)。
斎藤工、「出会うべくして出会った」世界的な映画監督との仕事
斎藤工さん
聖子さんを通してアジアが繋がっていると感じた
クー監督:しかも、シンガポールでは日本と違って贅沢な環境ではないし、暑さが厳しい現場。かなり大変だったにも関わらず、彼女は何ひとつ文句を言うことなく、最後まで女優としてプロフェッショナルでいてくれてそれにも感激したよ。
斎藤:僕も撮影の最終日は一緒でしたが、撮影が終わった途端にスタッフ全員が自宅から持ってきていたCDやカセットを聖子さんに差し出していて、サイン会みたいになっているのを見ていました(笑)。
でも、聖子さんはみなさんを優しく包み込むように丁寧に対応されていたので、それは美しい景色でした。聖子さんを通してアジアが繋がっていると感じる瞬間でした。
<取材・文/志村昌美 >
bizSPA!フレッシュ 編集部