重度の障害がある人が自宅で仕事をしようとすると、現在の国の制度ではその間の訪問介護サービスの費用を全額、みずから負担しなければなりません。8年前に障害者の福祉政策などに関する条例を制定したさいたま市は、全国でも初めてという独自の取り組みを行うことになりました。《清有美子記者》
猪瀬智美さん(29)は「先天性ミオパチー」という難病を患っています。筋力が次第に低下していく病気です。体に力が入らず、コップひとつ持つのも簡単ではありません。

「テーブルにちょっとひじ、手首を置いて、支えで飲むことはできるんですけど、何もない状態で下からもち上げたりってことができないので」
猪瀬さんは13歳から10年間、入院生活を続けてきました。退院後、さいたま市のアパートで一人暮らしを始めます。自立した生活を送りたいと、在宅でパソコンを使った仕事を続けています。

「重度障害だと働けないというイメージが強いと思うんですけど、今、月曜日から金曜日まで働けていることが自信にもなっていて」
猪瀬さんは、本来、24時間の介護が必要です。しかし、仕事が始まる時間になると、ヘルパーの女性は部屋を出ていきます。

 

猪瀬さんの1日です。寝ている時間もヘルパーが部屋にいますが、仕事をする午前と午後の、それぞれ3時間は不在になってしまうのです。

国の制度では、重度の障害がある人が仕事をしている間は「経済活動」と見なされ、訪問介護サービスを利用できません。

1人で生活する上で欠かせないヘルパーを仕事中は呼べないという猪瀬さん。月に30万円と試算されるヘルパーの費用を負担できないからです。

 

猪瀬さんは仕事中、常に脇にスマートフォンを置いています。何かあった時に連絡が取れないと大変だという不安からです。

ヘルパーがいなくなったあとに突然、体調を崩し、知り合いに助けを求めたことがありました。

「その人がたまたま家にいてくれたというのがあって、その時は助けてもらったんですけど。何かあったら一人じゃ何もできないっていう不安はあるので、そういう時に、どうしたらいいんだろう」

■さいたま市、独自の助成制度の導入へ

 

さいたま市の障害支援課では、仕事をしている時も訪問介護サービスを利用できるよう国に要望してきました。しかし、国は、その費用は障害者自身や企業が支払うべきだという考えで、要望は実現しませんでした。

そこで、さいたま市は、働く間も訪問介護サービスを受けられる独自の助成制度を設けることになりました。

 

岡田正尚係長(さいたま市障害支援課)
「現在、働けない方がいらっしゃいますので、その方の支援を早急に対策を講じようと考えたところです」

■重度障害者の自立支える仕組みを

専門家は、重い障害がある人たちの自立を社会で支える仕組みが必要だと訴えます。

 

朝日雅也教授(埼玉県立大学)
「働くことによって、賃金や給料を得るだけではなくて、社会的な役割を果たしたり、今回のさいたま市の取り組みなどをモデルとして、国も一定のサービスの方向性を検討していくことが重要ではないか」

 

猪瀬さんは、重い障害があっても働けること、自立できることを、多くの人に知ってほしいと考えています。

「これからも在宅で自分のできることを最大限に生かして、社会の一員として活躍していきたい」

さいたま市は、6日開会する市議会に関連の予算案を提出する方針で、猪瀬さんなど2人がこの制度を活用する予定だということです。

専門家はさいたま市の取り組みを参考に、働く意欲のある障害者が自立できる環境を社会全体で支援していくべきだと指摘しています。

■仕事中は訪問介護ヘルパーを利用できず