6/7(日) 5:20配信
東洋経済オンライン
電通グループは6月5日、自社のウェブサイトに本社ビル(東京都港区)への爆破予告の書き込みがあったと発表した(写真:ロイター/Kim Kyung Hoon)
国内広告最大手・電通に逆風が吹いている。
まず、新型コロナウイルス対策の持続化給付金の手続き業務をめぐり、経済産業省から委託された民間団体「サービスデザイン推進協議会」が、業務の大部分を電通に再委託していたことが明らかになった。
経産省は給付金の業務委託先として、一般競争入札を経て同協議会と769億円で契約。その大部分を電通が749億円で再び請け負った。経産省と協議会、電通の関係や取引の透明性などについて、問題視する声が広がっている。
■給付金の業務受託は適正だったのか
給付金の業務委託プロセスは適正だったのか。電通広報部は東洋経済の取材に対し、「業務執行に当たっては、経済産業省が定めるガイドラインを順守している。事業予算額が当社に支払われるとは限らない。ガイドラインに基づき、業務完了後、業務実績に応じて精算を行う。そのため、当社への支払額は未定だ」などと回答している。
電通に直接発注されなかったことで取引が不透明になったのではないかという指摘に対し、梶山弘志経産相は6月2日の記者会見で、「過去に電通が補助金などの交付事務を直接受託した際に、受け取り側の事業者が国の制度に応募したはずなのに振り込み元が電通になっているなどといった問い合わせが集中した。そうしたこともあり、電通は直接受託しない原則になったと聞いている」と説明している。
電通にとって、国や官公庁は重要な顧客だ。2020年1~3月の顧客業種別売上高を見ると、「官公庁・団体」は328億円で全体の売上高4510億円の7%強を占める。情報通信、金融、飲料、外食に次ぐ5番目の大きさで、東京五輪関連の案件が膨らんだこともあるが、伸び率は前年同期比約7割増と全業種で最も大きい。
ただ、電通はこの問題だけに時間を取られている場合ではない。広告業界は今、コロナ禍で大打撃を受けているのだ。
持ち株会社である電通グループは5月27日、2月に発表した2020年12月期の業績予想を撤回し、「未定」に変更した。新型コロナの影響を受けた多くの企業で広告出稿を手控える動きが広がっているためだ。
「現在のマーケティング需要の減速は、かつて経験したことのないものだ」。同日開催した2020年1~3月期の決算説明会で、電通グループの山本敏博社長はそう語った。実際、4月の売り上げは国内、海外ともに前年同期比で20%近く落ち込んだという。
■止まらぬテレビ広告の落ち込み
コロナ禍以前から、電通グループは国内外で逆風にさらされていた。国内では売上高の3分の1強を占めるテレビ広告の減少が止まらない。2019年12月期は前期比4%減、この1~3月も2.8%減に沈んだ。「ネットへの予算のシフトと言わざるをえない」(電通グループ幹部)。コロナの影響が本格化した4月以降はさらに落ち込む公算が大きい。
頼みのインターネット広告も冴えない。2019年12月期は前期比3割近い伸びを見せたが、2020年1~3月は大口顧客の失注が響き、同2.7%の減少となった。コロナの影響は例外ではなく、出稿する広告主が減っているうえ、「(1クリック当たりなどの)広告単価が2割ほど下がっている」(電通グループ子会社幹部)。
電通がマーケティング専任代理店を務める東京オリンピック・パラリンピックの延期も痛手だ。1~3月こそスポーツイベントの運営を担う子会社・電通ライブが聖火リレーなどの案件が重なって前年同期比約5割増と躍進したが、延期が決まった3月末以降、イベント中止の影響を受けている。
電通グループの国内事業を統括する電通ジャパンネットワークの五十嵐博CEO(国内の電通社長を兼任)は決算説明会で、「(五輪関連の)人件費に関しては今年終了できず、来年までかさむため注視する必要がある」と話す。電通は五輪開催に合わせて有期雇用者を相当数確保しており、1年の延期が大きな負担となる。
さらに深刻なのが海外だ。電通は2013年にイギリスの広告大手イージスを約4000億円で買収し、以降も毎年数十件のM&Aを実施しながら拡大を続けてきた。だが、2019年初めから中国やオーストラリアで大口顧客の失注が相次ぎ、アジア太平洋地域の売上総利益は2019年4~6月以降、4四半期連続で2ケタの減少が続いている。
「中国では市場の成長を牽引する現地企業を取り込めていない。BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)との関係も不十分。オーストラリアは顧客だけでなく、この1年ほどで社員の流出も相当あった。ただ経営陣を刷新し、悪いスパイラルからは抜け出しつつある」(前出の電通グループ幹部)。
■遅れるデジタルマーケティング対応
業績低迷を受け、電通グループは2019年12月期にアジア太平洋地域でのれんの減損約700億円を計上。さらに、中国とオーストラリアを含む7カ国で大規模なリストラを実施した。総費用約250億円をかけ、対象国の11%の人員削減やいくつかの拠点から撤退した。
これらの国では日本のマス広告のように、広告会社がメディアの枠を買って、広告主に売るという旧来型のビジネスモデルに偏っていた。さまざまな消費者に関するデータを活用したデジタルマーケティングへの対応が遅れており、それへの転換を急ぐ。
デジタルへの転換を業績にうまく結びつけられたのが北米だ。北米を含む米州は、9四半期連続で増収を続けている。特に電通が強くアピールするのが、2016年に約1000億円で買収したアメリカのデータマーケティング会社・マークルの存在だ。
同社は、広告主が持つ消費者の名前やメールアドレスを含むIDデータを活用し、そのブランドのファンになってもらうために広告や販促のターゲティングを行うためのツールを提供する。
2020年1~3月の米州の売上総利益は前年比1.2%増だったが、マークルに関しては「1ケタ台後半の伸びだった」(電通グループの曽我有信CFO〈最高財務責任者〉)という。電通は、「CRM」(顧客関係管理)と呼ぶ、こうしたデータマーケティングを全世界に拡大しようとしている。
ただ、マークルの買収時には対価の一部を業績に応じて後払いする「アーンアウト」と呼ぶ手法を用いており、電通グループがマークルの経営陣などに対して支払う年数十億円単位の株式報酬が発生する。さらに4月には、CRM事業を加速させるため、当初2021年以降としていたマークルの完全子会社化を前倒しで実施(従来は66%出資)。それだけ同社に対する投資もかさんでいる。
■デジタル化で収益源を多様化
国内の成長戦略としても、データを活用したデジタルマーケティングを中心に据える。
「テレビ広告が縮小する中、収益構造をどう変えていくのか」。5月27日の決算説明会の場で証券アナリストからこのように問われた電通ジャパンネットワークの五十嵐氏は、「ここ数年、収益源の多様化を進めている。象徴的なのはデジタルソリューションの領域だ」と応じた。
デジタルソリューションとは、法人向けシステム構築を手掛ける電通国際情報サービス(ISID)やネット広告の電通デジタルを中心とした事業だ。
ネット広告の制作や運用だけでなく、顧客のマーケティングの課題解決のためにデジタル活用法を提案するコンサルティングから、マーケティング施策としてのアプリ開発やシステム構築まで、一気通貫でデジタル化を手掛ける案件を増やそうというわけだ。「これは博報堂にはできないことだ」(電通グループ幹部)。
とはいえ、デジタルソリューションの売上構成比は国内で17%とまだ小さい。「テレビを重視する文化はいまだに根強い」(電通社員)という声も聞かれる中で、社員のスキルや意識改革をどこまで進められるかがカギとなる。
5月20日には株式時価総額でネット広告大手のサイバーエージェント(6713億円)が電通グループ(6670億円)を逆転した。リストラを終えた矢先のコロナ禍と五輪延期に見舞われる中、「広告の巨人」の底力が試されている。
中川 雅博 :東洋経済 記者