森 類
内容(「BOOK」データベースより)
鴎外の子供たち―於莵、茉莉、杏奴、類。みなそれぞれ、強い個性を持ち、父親を愛し愛されていた。しかし兄姉間の仲は、そううまくはいかなかった。妻志け、子供たちを取り巻く不協和音。明治の文豪のプライヴェートな部分を末子の目が捉えた貴重な書。
森茉莉さんが好きで何冊か読んだけど類さんは
末っ子ならではの単刀直入な語りが面白い
茉莉さんの現実を見ないお嬢様っぷりは
つまらない見栄や価値観を超えた本物なんだと
再確認させて貰いました
身内なら困った人だろうけど稀有な才能のある人は
人を幸福な気持ちにさせる非凡な人でもある
森茉莉が好きで、森まゆみの鴎外の坂を読んだら他の子どもたちの描く文章も読みたくなりました。森茉莉ともまた違う鴎外の姿がわかり面白く読みました。現代でも通用するほどのイケメンぶりも驚きでした
鴎外の子供たちはそれぞれ優れた「父の肖像」を残し、4人4様に文体が異なるのはよく指摘されることだが、類の文章をこの本で初めて読み、長姉の茉莉によく似ていると思った。「不肖の子」と自らを規定し、いわゆる生活苦を描いても淡々として、惨めさのカケラもない。思わず笑ってしまうような簡潔で的確な表現、周囲を見る目に曇りの無いのは茉莉と同じく「正義感の強い江戸っ子」の母親譲りなのだろう。爽やかな読後感だった。
父親があまりにも偉大すぎるのである。鴎外の次男、末っ子として生まれた著者は勉強が出来ず学業をあきらめ画家を目指すも生計を立てるには及ばず書店を開業する。裕福な幼年時代からは想像もつかない日々だったであろうが、つらいこともユーモアを交えて語られているのは彼のスタイル・生き方なのだと感じる。文章が平易で読みやすく、森家のエピソードも興味深く一気に読んだ。
まず鴎外漁史森林太郎だが彼は母親のイエス・マンだった。舞姫騒動の直後に母親が強く求めて結婚させた相手は「肩書」で選んだ。その結果森於菟が生まれたが誕生直後に生母を追い出した。子供は近所の知り合いに数年預けたまま放置。その後手元に引き取った。そして13年後に後妻を娶らせた。今度は肩書ではなく「顔」で選んだ。美人だがエキセントリックな嫁で姑と同居すると途端にメンヘラが顕在化し前妻の子供である森於菟を「生涯の敵」と言い「無視」した。鴎外の母親が於菟をかばって育て上げた。後妻から生まれた茉莉、杏奴、そして類は皆何処かが性格的に妙な姉弟である。長姉の茉莉は二度結婚し二度とも夫側から離縁された。外出すれば何時戻るか誰にも解らず家事が不得手。飼っていた鳥を可愛がるが餌をやらない、産んだ子供を寒いのに放置し外出する等一般的な常識が怪しい。次姉の杏奴は一番マトモで画家と結婚し添い遂げたが類とは著書が切っ掛けで絶縁し生涯そのままだった(類の葬儀には来た)。そして末子の類が書いたのがこの本である。これによると於菟は全く自分達とは無縁の存在で将来的にも交わらない、と言いつつ借金だけはしている。現在の学歴で言えば中卒というか高校中退で、生母があまりに成績が悪い為悩んだ挙句「画家」にしようとした。次姉の杏奴と精神的に一体化していた為杏奴まで画家を目指す事になった。フランス留学も母親と親戚がお膳立てして渡仏させた筈だが、類の著書からはフランス時代の事がごっそり抜け落ちている。帰国後今度は「物書き」になるべく画家を諦め有名小説家に親父のコネで入門したが師匠をフラフラ勝手に彷徨う為に どの師匠とも上手くいかなくなる。母親が見立てた娘と結婚すると今度は二次大戦。東京から疎開するのに荷物をまとめる事が出来ない、ヒモが結べない。信じられないが親父の印税で食っている為「生きる」事以外は全て他人がやっていたのだ。おかげで鴎外の遺品が幾つも消失してしまった。食器を地中に埋めて遺品を建物内に置いたままだった。判断基準が大多数の一般市民と違う。戦後「とにかく稼ぐ」しか無くなって貧乏のどん底から借金して書店を開業する。父親の印税が入らなくなったのである。10年働いた頃、鴎外記念館を親父殿伝来の土地に建設する為に土地を売る羽目になった。保証人は「交わらない流れ」の筈の於菟である。まあ1933年に於菟が鴎外の私生活を暴露する事でメンヘラ嫁の評価が定着し、後妻一家は世間から冷たい目で見られる様になった。於菟への反論は森鴎外の実妹小金井喜美子から上がった。しかし鴎外魚史を神の如く祭り上げ、母親の峰子のイエス・マンである事の傍証になった節がある。また後妻についても否定的な内容だった。そして類の「鴎外の子どもたち」で森家の内情が内側から暴露された。しかし「暴露」したという意識が類には欠けていた。書いて良い事と悪い事の区別が他人とは違うのである。お陰で姉茉莉と杏奴とに絶縁される羽目になった。その暴露部分が未だに未発表のままだ。この部分は最近の直木賞作家「車谷長吉」氏のエッセイを彷彿とする。彼もまた他人と違う物差しで生きているからだろう。未発表という削られた部分で岩波書店@小林勇専務が類に対して吐いた言葉が如何にも権威主義ゴリゴリの岩波であったが多分小林専務の言いたい事は類には理解出来なかったろう。その後茉莉とは何となく関係が改善し元に戻ったが杏奴とは生涯絶縁したままである。思春期までの類を見ていると学習障害か?と疑う部分やMASTURBATIONについて母親に相談する等どうにも解らぬ部分が有る。姉の杏奴に対しては従者のように仕えていた旨茉莉から書かれている。彼の生涯は最初から最後まで偉大な父親鴎外に振り回された。血筋の違う於菟が一番格調の高い文章を書いている。類の場合、内容は面白いが、家族や知り合いに居て欲しくないタイプである。あまりに偉い父親を持ってしまった事が彼の人生を歪めてしまったように思えて仕方がない。
森茉莉ファンとしては読み物としてとても面白かった。でもつくづく森鴎外としげは、子どもの人間性を育てるやり方を間違えたと感じてしまう。茉莉も、茉莉の手紙から読み取れる杏奴の性格も、類も、他人の痛みのわかる温かい心を持っている普通の人のようにみえない。みな自分勝手で、他人への感謝がなく、、特にこの類という人の書く家族の描写には、嫌な、病的なまでの意地悪さ、血の通っていない者のような、気味の悪さを感じてしまった。ユーモア?爽やか?そんなふうにはどうしても思えない。なんだろう、この類という人物に感じる不安は、、。コメント欄の他の方たちの感じ方と真逆なので、自分の感じ方が変なのか?と思いもするけれど、ほんとに類という人の文章には良い気持ちがしない。他者を描写する文章皮肉っぽさ、嫌らしさに苛立ってしまいます。
「森家の人びと」の中に「鴎外の子どもたち」があり、これは「森家の、、」を読んだ感想です。
森家の子供達は皆大変個性的である。“世間一般”という意味を理解しながらも、それにあわせて生きようという気があまりない人達である。時折そのギャップに苦しみながらも、発するルサンチマンには何か妙なユーモアがあり、不思議な魅力がある。茉莉、杏奴、類、三人に共通するもの、それは父・鴎外との濃密な愛情で彩られた子供時代である。(長男・於菟の場合は少し異る。そこにはまた違うドラマがある。)
夜中に子供の便所に付き添い、その後始末をしてくれる父。仕事中でも来客中でも、そばに行けば膝に抱いてくれる父。大好きなその父を十一歳で失う。
残されたのは悪妻として世に知られる母・志け。家族は世間から孤立する。
偉大な知性と愛情と!で知られる夫を持った母親への同情が美しく、胸を打つ。べたべたと情愛を表現する事のなかった母が死ぬ間際、不自由な身体で精一杯息子を抱こうとする姿は、志けの人生そのものを暗示する。
類は家族間の揉め事を書く。その結果の姉弟喧嘩まで書く。自分の気持ちを丹念に拾いながら、決して悪びれず、飄々と、書きたいことを書く。不肖の子と自らを位置付ける者の密やかな強さが滲む。
人には誰でも秘密がある。森家にも鴎外にも、そして鴎外の子供たちにも。
明治6(1873)年のキリスト教禁制解除前後の出来事として、以下の悲劇が進んでいた。それがキリシタン「浦上四番崩」れだ。四番崩れは浦上村の隠れキリシタン約3,400人を総流罪とするという空前絶後のもので、その主だった信者153人は津和野藩に配流された。そこでは転宗を強いる拷問や虐待が待っていた。
藩の典医である森家も何らかの関わりがあり、父と1872年(鴎外11歳)に上京前の鴎外も口外を堅く禁じられた。森家の秘密だ。
その後外国からの抗議でキリスト教徒への弾圧が終わり、亡くなった91名を除いて津和野から長崎に返された。また全体から見ても浦上に帰ったのは約半数の1,930人のみであった。鴎外も津和野の恥部については生涯一言一句触れることはなかった。
また鴎外は晩年決して医者に診せようとはしなかった。最後に親友賀古鶴所の忠告を受け、身内同様の医者に見せはしたが、死因『萎縮腎』を装った。肺結核であったことが公表されたのは没後32年を経てからだった。それは肺病の親を持つことは子の行く末に差し障りがあるためだ。
本書で末っ子「類」も書いている、「晩年鴎外は子供を近くに寄せ付けなかったこと、もちろん、臨終の席にも」。
そしてさらに本書で、鴎外の子供たちの小っちゃな秘密へと続くのである。
著者「類」の幼年時代、少年時代の懐古場面では、昔の懐かしい自然の中での生活、遊び、それから調度品の全てが、私の幼少年時代の季節の色、香り、風の感触、道端の草花、路地の水溜りなどを想起させた。さすがに俥屋、足袋屋はなかったが。
とにかく一気に読ませてもらった。
森鷗外には四人の子供がある。その末子・類が,物心がついた頃から,両親に死なれ,敗戦後の苦難の生活までを率直な筆で綴る。兄・於菟,長姉・茉莉,次姉・杏奴も父鷗外の思い出を書いている。
二人の姉と自分自身の結婚事情を含め「きょうだい」と母に焦点を当てたところが本書のユニークなところだ。於菟以外の四人の子供たちに対する鷗外の溺愛はほとんど信じがたいほどだが,五人の子供たちはそれぞれ個性豊かに育った。類について佐藤春夫はこう書く。彼は世にも純真な人で,その魂は世俗の洗礼を受けていない…
父が”あの森鴎外”とくれば姉は”あの森茉莉”それで当然のごとくな”この文才”。家族じゃなきゃ書けないことだよね、大変興味深く読了。
計算がおぼつかず勉強ができないと言われて育つが、生活の一部始終を詳細まで書ける記憶力の良さはすごいと思う。にしてもなんでん書いちゃう天真爛漫さは家族や周りには厄介かも。。。
現在の日本は”発達障害大国”なのだそうだよ、病気ではないから治すものではないというし、グレーゾーンにいる人には”〇大出て官〇庁にお勤めな人”も多いという。この類氏しかり茉莉氏しかり、、、母親もどうやら、、、
佐藤春夫は、三男坊・類が、時として人迷惑なまでに筆を走らせてしまうのを承知で、それも〝才能〟と買い、本書の刊行時に、カバーに言葉を寄せている。『一切合財をぶちまけて真実を云いたいこの人の非常識なほど逞しい詩魂は定めし周囲には迷惑であろうとは思うが、その志は奪うべくもない。こういう珍重に人困らせな人の生まれ出た由来とその天下無類の幸福と不幸とを率直に打ち出した天真の高貴に巧まない奇書として予はこの書を喝采し礼賛する者である。』⇒
⇔浅草の仲見世、市村座、千疋屋、コロンバンなどのほか、他の世界はまったく知らなかった。新橋演舞場なぞは我が家の中を歩きまわる心持でいた。そんな時、廊下で取り出す母の財布を覗くと、小さく畳んだ四角い懐紙に茉莉の金、杏奴の金、類の金と墨で描いたものがちらりと見えた。十円くらいずつは入っていたようだ。十円は歌舞伎座の一等の切符を一枚買って、西洋料理を食べてもいくらか残る金であったから相当の大金である。その金は各自の名義の通帳から引き出されてくるものであった。⇒
⇔兄妹四人だけでなく、妹で翻訳家の小金井きみ子も鴎外伝を書いている。夫々の視点からの鴎外を読むことは興味深い読書になる筈で非常にそそられます。
森茉莉も小堀杏奴も上手いが、これまた上等だな、びっくり。
再読。以前読んだときはとにかく面白かった。今回も印象は変わらず。けれどそのぶん、感じたままを素直に書きすぎな感も。他人の立場になりかわって勝手に思惑を忖度した書き方も混在しているし。これじゃ茉莉さんも杏奴さんも怒るよなあ。もしかしたら思ったままをずけずけ言いすぎて他人から批判されまくったお母さん(志けさん)にいちばん似ていたひとなのかもしれませんね…
森家読書年間③ なるほど、今で言うなら暴露本。この本をきっかけに茉莉、杏奴に絶縁されている(のちに茉莉とは和解)。あの姉とこの弟にはさまれた杏奴はしっかり者にならざるを得なかったのだろうと想像できる。天真爛漫な心で書きたい放題の印象だ。読んでいる方は面白いけれど、内輪の人々はたまらないだろうな。茉莉や杏奴がオブラートに包み文学的に処理している出来事や内情を赤裸々に告白。解説に「鷗外の子供たちの中では、類の文章が一番鷗外に似ている」(佐藤春夫談)とある。鷗外も読まねば(恥ずかしながら未読)。次は於兎にいく。
筆者は鴎外の末っ子で小学生で父に死別した。副題が意味深。長女森茉莉、次女小堀杏奴の回想記は有名だが、「鴎外の三男坊」「森鴎外の母の日記」(山崎国紀)「父親としての森鴎外」(森於菟)「鴎外の思い出」「森鴎外の系族」(小金井きみ子)もお勧め。 志げ夫人や母の峰子、妹の小金井きみ子も含め、全員が鴎外から一番愛されているのは自分だと主張しているような家族である。筆者は社会的には一番無名だったが、「世間知らず」ゆえのストレートな視線が面白い。「闘う家長」だった鴎外の生きられなかった人生を生きた人だったかも。
タイトル通り、鴎外ではなくその子どもの話がほとんど。父親を亡くしたのは著者が十一歳のときであるから仕方ないか。それでも十分な愛情を感じていたことを覚えていることが、鴎外の偉大を物語る。「人間は、なんでもない景色を見て楽しむことを知らなければならない」という鴎外の言葉は、彼の子どもたちと同じように僕の彼から学んだところ。
母志けと鴎外の子どもたち。生活そのものが非凡というよりも、彼らの心のありようが非凡であったのだろう。エッセイというより、大河小説を読んでいるような充実感を感じた。濃い家族です。それぞれがなんと愛おしい人たちなのだろう。
'95年6月(底本'56年12月)刊。○鴎外の次男が一族の思い出を綴った随筆。兄弟の書き残した中で鴎外の文体に最も近いと言われるが、私の印象では長男・於菟の方が一番似ていると思う。勉強ができず、社会に出ることもなく母と姉2人でずっと観潮楼に引きこもって暮らすという、浮世離れした人生から滲み出てくる独特の文体。世間知らずから味わった苦労も多かったのに根がボンボンだから全体を通じてどこかユーモラスな雰囲気が漂う。彼の文章に魅了される人も多いようだが、風貌や文章のスタイルがどことなく中勘助に似ている感じがした。
森鴎外の末っ子類が描いた父、兄姉、母の事 姉茉莉を卒倒させたという岩波書店の専務まで乗り出し削除させたという文章がどんなものだったのか。子供たちを愛しこまめに世話して元祖イクメンであり元祖きらきらネーム命名の文豪森鴎外、そして後妻であり子供たちには嫌われ鴎外の取り巻きからは悪妻といわれた志けの素顔とは 仲が悪かった兄姉との事などをユーモア含んではっきりと書いているのに好感が持てる
美しいものもそうではないことも子どものままの心で見つめると、こういう文になるのだろうか。家族にしてみればたまったもんではないだろうが、偉大な親を持った子どもの背負う荷物なのかもしれない。
父親が偉大すぎると、大変なんだなあ。と。戦争がなければ金銭的な苦労はせずにすんだかもしれないけれど。
森茉莉と小堀杏奴、姉2人と絶縁状態になるきっかけとなった本。たしかに暴露しすぎだろうと思う…。しかし、森鴎外の家庭のことがこんなにも詳しく書いてある。読む側にしてみたら、こんなにありがたいことはないのではないだろうか。大らかな性格を匂わせる文章。とても読みやすい。
あまり勉強ができなかった不肖の息子ということで、それほど期待せずに読み始めたら、面白くて一日で読んでしまった。赤裸々なのに、どこかからりとしていて、上品でさえある。書いた内容のために二人の姉と義絶したが、後に茉莉とは和解したという。茉莉派の私としては、どことなく頷ける話である。
森鴎外の末子、類の描いた父鴎外、母志け、異母兄於菟、姉茉莉、杏奴について書いた本。この本を書いた事により二人の姉から嫌われたとの記述があるが、これは女の人ならこういう内輪暴露みたいな事を書かれたら嫌だとワタシですら感じてしまうのだから2人の気持ちは如何ばかりだったろう。けれど、著者はおそらく鷹揚な性格が読み取れるので悪気は全くなかったのだと思う。それにしても、森鴎外の子供達(於菟を除く)に対する愛情の深さには感激する。
天下の森鴎外の子供の中で暗算すらできなかった特殊な著者。先生から「頭に病気を持っている子供は2人おりますが病気のない子供では類さんがいちばんできません」と言い放たれた母親がストレスのあまり「死なないかなあ、苦しまずに死なないかなあ」と言うシーンがリアルだった。その著者にこんなに描写力のある文章が書けるのが面白い。兄弟間にかなり大きな悶着を起こした問題作。森鴎外の優しさも素晴らしい。読んでいるこちらまでとろけるような安心感を覚える。森茉莉の離婚の経緯も詳細に描かれ、彼女のファンには必読。