紛争の本質と解決策を探る
今この瞬間も、世界のどこかでさまざまな「紛争」が起こっている。なぜ紛争は起こるのか。紛争を解決することはできるのか。利害関係が複雑にからみ合って起こる紛争。その解決の可能性を探ってみよう。
国際学術院 教授 上杉 勇司(うえすぎ・ゆうじ)
国際基督教大学教養学部卒、米国ジョージメイソン大学院紛争分析解決修士課程修了、英国ケント大学院博士課程修了(国際紛争分析PhD.)。沖縄平和協力センター副理事長、広島大学大学院国際協力研究科准教授などを経て現職。
専門は、紛争解決、平和構築、国際平和活動。著書に『紛争解決学入門』(大学教育出版、2016年)、『世界に向けたオールジャパン』(内外出版株式会社、2016年)などがある。http://ajsgssp.jimdo.com
ルールをめぐる対立
人々が共同生活を営む上で、一定のルールが必要だ。ルールは社会に秩序を生みだす。秩序が保たれていれば、安心して暮らせる。ルールを定めることで、行動の自由に対して一定の制約が課されるが、秩序が生まれれば、新しい自由を手に入れることができる。
しかし、そのルールのために自己実現が妨げられていると感じたら、自分が不利な立場に陥っているとしたら、そもそもルールが悪法なのだと考えないか。ルールを変えようとはしないか。
現代世界の紛争の多くが、実は不当なルールに対する反発と反発を抑え込もうとする側の対立が原因になっている。
不当なルールによって縛られ、抑圧を受けている人々にとって、紛争は、不条理や不公正を是正するための抵抗手段だ。大英帝国の植民地だったインドの独立運動を主導したガンジーは、非暴力による抵抗で独立を勝ちとった。
現在のシリアでは、アサド政権とアサド政権の打倒を目指す反政府勢力がしのぎを削っている。さらに「イスラム国」(IS)が、既存の主権国家の枠組みに対する挑戦をしかけてきた。
アサド政権下で維持されてきた秩序に対する反発が、その引き金となったといえよう。彼らは、抑圧に対する抵抗として、何か大切なものを守るために、あるいは重要な目的を実現するために、武器を手に取り立ち上がったのだ。
国際関係論の視点
国家は、その領土・領域や主権を脅威から守ろうとする。それは、他国からの干渉や圧力を回避し、自己決定権を確保することが、国家の存在意義でもあるからだ。統治方法、資源の分配、生き方の選択について、自らの意思で決められること。つまり、自分たちが納得できるルールを作りだす自由が、国家の根源的な欲求だといえよう。そのルールとは、自分たちの価値観を反映したもので、自分たちらしさを体現化したものだ。
しかし、国家という器のなかにいる人々の集団的な自己実現を可能にするはずの国家が、特定の人々のためだけに働いたり、決定権が一部のエリート集団に牛耳られたりしていることが多い。最小限の制約で最大限の価値の実現を目指す。これがルール作りの基本だ。だが、人によって、何を制約と見なすのか、どのような価直の実現に重きを置くのかは違う。この違いが原因で、ルールが争われる。あるいは、ルールを作り他者に強要できる立場をめぐり、権力闘争が繰り広げられる。
イラク内戦の本質
イラク内戦を例に、この点を考えてみよう。イラクを支配していたサダム・フセイン政権は、米国の攻撃を受け崩壊した。政権の転覆により、バース党員や軍などフセイン政権下で体制側に属した人々と、これまで抑圧されてきた人々との立場が逆転する。国外に亡命していた人々、イスラム教シーア派、少数民族のクルド人にとって、自らルールを定める機会が訪れ、フセイン体制下で利権を享受してきた人々が、排除されてしまう。各利益集団が、自己決定権の確保と自分たちの取り分の拡大を求めるなかで、イラク全体の利益を考える基盤が作られることは、ついになかった。このような状況で、「イスラム国」(IS)は、旧体制派の人々を引き込みながら勢力を拡大していく。
イラク情勢を見る上で、シリア、イラン、トルコなど周辺国の力関係や干渉も見逃せない。また、石油利権をめぐり、米国や石油メジャーなどの利害関係者による自己利益の追求もイラクの混迷に大きな影響を及ぼす。
紛争解決学とは
どのような形であれば最小限の制約で最大の自己実現ができるのか。まさに、各利害関係者の異なる見方を調整して、この問いの答えを見いだす取り組みが、「紛争解決」につながる。各利害関係者が、どのような自己実現に最も価値を置くのか、どのような脅威を最も取り除きたいのか、を理解することが、紛争解決の糸口となる。しかし、利害関係は変動する。紛争解決とは、複数の当事者の利害関係が複雑に変動する連立方程式を解くようなものだ。
だが、なぜ紛争が起こるのかが分かったとしても、それで解決策が、すぐに導き出せるわけではない。できるだけ多くの利害関係者を含む包括的な対策を講じれば講じるほど、現実に即した解を導き出せるのだが、そのために連立方程式が複雑になって解決の糸口が見えなくなってしまう。逆に利害関係者の数を絞れば、糸口は見えやすくなるが、視野に入れなかった利害関係者からの思わぬ抵抗にさらされることになる。このようなジレンマに向き合いつつも、現実的な解決策を探るのが「紛争解決学」である。
紛争解決学と国際安全保障論の射程
出典:上杉 勇司・長谷川 晋『紛争解決学入門』 大学教育出版、2016年、p.7
(『新鐘』No.83掲載記事より)
※本書の記事の内容、登場する教員の職位などは取材当時(2016年度)のものです。