9/14(火) 12:40配信
マイナビニュース
豊島叡王の2枚銀を封じた後、攻めに大活躍した金の動きが印象的な、藤井二冠の名局
自身初のフルセットの末、叡王を獲得した藤井三冠(提供:日本将棋連盟)
豊島将之叡王と藤井聡太二冠が両者2勝2敗で迎えた第6期叡王戦五番勝負(主催:株式会社不二家)第5局。勝者がタイトルを手にする大一番が9月13日に東京・将棋会館で行われました。結果は111手で藤井二冠の勝利。史上最年少での三冠となりました。
【図表】第6期叡王戦五番勝負の勝敗表
第1局から第4局まで、すべて先手番が勝利しているここまでの叡王戦五番勝負。注目の振り駒は豊島叡王の振り歩先で行われ、と金が3枚出ました。藤井二冠が先手番です。
両者の対戦では戦型が偏る傾向があります。叡王戦と並行して戦っていた王位戦七番勝負も含め、5局連続で角換わりを指した後、本局前までで3局続けて相掛かりの戦型になっていました。
先手の藤井二冠の初手はもちろん▲2六歩。豊島叡王も△8四歩と飛車先の歩を伸ばします。5手目が作戦の分岐点で、▲7六歩なら角換わり、▲7八金なら相掛かりです。藤井二冠は時間を使うことなく後者を選択。戦型は4局連続で相掛かりになりました。
豊島叡王は7四の歩を相手に取らせる作戦を採用します。先手が飛車の動きで手数を使う間に、銀を繰り出していこうという狙いです。作戦通り、豊島叡王は銀を5四と6四に配置し、△6五銀左と攻め込んでいきました。
△6五銀左は次に△7六銀~△8七銀成として8筋を突破しようという手です。これを実現されては先手ひとたまりもないので、藤井二冠は▲7七金と上がって受けました。
この何気ない金上がりですが、この後の展開を見ると本局の勝因と言ってもいいかもしれません(流石に早すぎるような気もしますが……)。と言うのも、本局はこの金が攻守に大活躍をするからです。
▲7七金に対し、豊島叡王は2枚目の銀も働かせるべく△7五歩と打っていきます。▲同歩△同銀で豊島叡王の銀は6五と7五に並ぶ形になりました。このまま中段でいばられる形になると先手が不利になりますが、藤井二冠はうまい返し技を用意していました。
▲9七角と端に角を上がったのが好手。遠く5三の地点をにらみ、角の利きが通れば▲5三角成と馬を作ることができます。やむなく豊島叡王は7五の銀を△6四銀と撤退。次いで藤井二冠は▲6六歩△7四銀で2枚目の銀も引かせることに成功します。先手の7七金と9七角が存分に働きました。
相手の攻めの脅威が去った間に、藤井二冠は自陣の整備を行います。▲7八銀と上がって8筋を補強した後、守りの役割を終えた端角を▲8八角と引いて、将来攻めに活用できるようにします。そして玉を▲5八玉と戦場から遠ざけて、戦いへの準備は万全です。
目標となる先手玉が5八に行ってしまったため、後手の8五銀は取り残された格好になりました。豊島叡王としては銀を働かせないと勝機はないとみたのでしょう。先手に▲6五歩と銀取りに突かれた手に対し、△7五銀と進出させます。再び後手の銀は8五と7五で横並びとなりましたが、先手にとっては先ほどまでの脅威はありません。
ここから藤井二冠は巧みな手順で優位を拡大していきます。継ぎ歩攻めで2筋を詰めた後、柔らかく▲6七銀と引いた手が絶品でした。続いて▲7六歩と打ち、△8四銀と引かせることで、後手の2枚銀を完全に無力化することに成功しました。
藤井二冠は局後に「序盤から積極的に動かれて、対応できるかという展開でした。かなり難しい中盤が続いていたのかなと思うんですけど、▲6七銀引から▲7六歩として一応8筋、7筋を収めることができたので、なんとかバランスを保てたのかなという気がします」と振り返りました。
一方の豊島叡王も「途中までは結構難しかったと思うんですけど、△8四銀と引かされる展開になったので苦しいのかなと思いました。その前の手順に問題があったと思います」と作戦失敗を認めています。
7~8筋で攻めを継続することができなくなった豊島叡王は、3筋にアヤを求めて動きます。しかし飛車を浮いて受けるのが冷静な対応で、あまり効果的な攻めにはなりません。
守りの金が一転、攻めに大活躍
叡王を失冠した豊島竜王。次は竜王防衛戦で藤井三冠と対戦(提供:日本将棋連盟)
豊島叡王が何とか手を作ろうともがく間に、藤井二冠はいよいよ本格的な攻めに打って出ます。その攻めに活躍したのが、先ほどまで受けで大活躍していた7七の金でした。
この金を▲6六金~▲5六金と活用。金が横にずれることで、角の利きがスーッと通りました。さらに飛車を相手の金と刺し違え、▲4五金~▲5四金~▲4三金と金を敵陣にまで進撃させたのです。相手の銀の進出を防ぐために▲7七金と上がった時点で、このような展開になると誰が予想したでしょう。
金に迫られた豊島叡王は玉を7二へと早逃げします。形勢は藤井二冠が勝勢。あとはどう決めるか、という局面で、藤井二冠は誰しもが予想していない一着を放ちました。
それが今まで全く使われてこなかった桂を活用する▲9七桂! 本局を通じて翻弄し続けてきた豊島叡王の銀を、最後の最後に取ってやろうという狙いです。この▲9七桂はAIの候補手にも存在しなかった手。盤上を広く見る藤井二冠にしか指せない一手でしょう。AIの示す善悪を超越した絶妙手と言えます。
すでに一分将棋の豊島叡王もこの手は想定外だったのでしょう。時間切れギリギリまで考え、慌てた手つきで△3六歩と着手し、大勢が決しました。
藤井二冠は▲8五桂で銀を取り、▲6二金と捨てて豊島玉を寄せていきます。この金を取らなければ詰みはありませんでしたが、豊島叡王は形を作って△6二同玉。以下、持ち駒が歩しか余らない美しい詰み手順で藤井二冠が豊島玉を即詰みに打ち取りました。
この勝利で藤井二冠はシリーズ成績を3勝2敗とし、叡王を獲得。19歳1か月での三冠は、羽生善治九段が保持していた22歳3か月の記録を大幅に更新する最年少記録です。
終局直後のインタビューで、藤井二冠は「本局に臨むに当たって全く意識はしていなかったんですけど、これからも対局は続くので、結果のことは意識せずに前を向いていけたらと思っています。自分としては年少記録は気にしていないというか、最終的にどれだけ得れるかということのほうが大事なのかなと思っています」と記録達成にも冷静なコメントで対応しました。
また、記者会見で全冠制覇について問われると「全冠制覇は現時点では全く意識することではないが、一つの理想の形ではあります。ただ、そのためには実力が今以上に必要になってくるので、現時点でそれを意識するのではなくて、実力を高めた上で、そういったところに近づくというのが理想なのかなと思っています」と回答。
どちらからも記録ではなく実力向上が第一という、藤井三冠のこれまでと変わらぬスタンスが見て取れます。
さて、第6期叡王戦五番勝負は藤井三冠が奪取という結果で幕を閉じました。しかし、約1か月後からは第34期竜王戦七番勝負が開幕します。豊島竜王VS藤井三冠による19番勝負の最終ラウンドです。
この戦いに向けて、藤井三冠は「1か月近く開幕まであるので、その間にしっかり準備して臨みたいと思います」、豊島竜王は「短期間で修正できるところをして、1か月準備をして頑張りたいと思います」とコメント。両者の次なる戦いから目が離せません。
浅井広希(将棋情報局)