▽「自分たちさえよければ」という「利己主義」に陥りがちな、現代社会。
「自分だけの幸福」も、「他者だけの不幸もない」との精神のもと「利他」の実践を貫く生き方が期待される。
▽対話こそ平和な未来を創る。
▽悲惨な現実さえ、少しでも変えていくことができるものだ。
一人一人の<小さな行動>が大切。
一つの難題を解決していこうとする、その姿勢が大切だ。
▽「団結」は「徹して一人を守る」ことから生まれる。
戦かう相手は、こちらの弱いところを探して攻めてくものだ。
そのために「団結」し戦うのである。
▽守りの大切さは、コロナ禍で実感する。
▽草創期にあって、一人一人が日々行っている、目立たない様々な努力や多くの試行錯誤も、やがては華やかに大きく開花するものだ。
▽スコラ哲学は煩瑣(はんさ)な哲学とアダ名されたが、その哲学の欠陥は欠陥として認めたうえで、なおかつ、より基本的な次元で、スコラ哲学の果たした重要な役割に、我々は気づかなければならない。
その一つは―それは、何よりも人間としての生き方に明快な指針を示したことである。
一つの完結した世界観のもとに、人間いかに生きるべきかを、それなりに認識させた。
教養、文化の源泉となったのが中世においては、スコラ哲学であった。
その時代の人間のため、人間的向上のために、いかに役立ったかということだ。
▽大事なのは、新しい哲学である。
哲学を探求し教養を実践する人間と人間の集いが、真の意味の大学を形成するものだ。
大学をつくるものは、人間であり、理念なのだ。
▽混沌の人生に対処する、力ある真実の哲学を持った人々が集うところ―それこそ、時代を動かし、文明を創造する源泉地としての、真の意味する大学である。
▽今日、スコラ哲学の全くの風化は、その基盤とする宗教の全くの無力化によるものといえるだろう。
現代社会ほど宗教を喪失してしまった時代はなく、それゆえ救済の時代もない。
―この現実のうえに現代の人々は生き続けているのである。
このように認識するとき、最大の緊急事というべきは、現代に耐え、現代を導くに足るだけの哲学の樹立であり、その基盤をなす真の宗教・理念・思想の確立である。