昨日は、「伝えておきたい指導のポイント・・・話すときの立ち位置」を書いた。
授業者の言葉だけでなく、会議の司会進行をしている人の言葉を切っていても、気になる言葉がある。
それは、語尾の「~思います」である。
一般の人が話すのはいいかもしれない。
ただ、授業をしている人が話していると、違和感がある。
(正直、ここまで書いたらきっと反発があるだろうと覚悟して書く。)
語尾に「~思います」とつける人の授業は、大方はテンポが良いとは思えない。
悪いわけではないかもしれない。
しかし、良くはないことが予想される。
授業者は、自分の言葉を極力削るように努力している。
一つの言葉を削ることにより、ほんの少しテンポは良くなる。
ほんの少しだけれども、テンポを良くするために、授業者は言葉を削る努力をする。
テンポがいいなあと感じさせる授業では、無駄な言葉がない。
授業の名人と言われる向山洋一氏、野口芳宏氏の授業録音を聞くと、無駄な言葉がない。
全て必然性のある言葉で授業が作られている。
教師修行においては、意味のない言葉は削るようにする。
その言葉を削る努力のはじめに行うのが、語尾につける「~思います。」を言わないことである。
授業者の言葉だけでなく、会議の司会進行をしている人の言葉を切っていても、気になる言葉がある。
それは、語尾の「~思います」である。
一般の人が話すのはいいかもしれない。
ただ、授業をしている人が話していると、違和感がある。
(正直、ここまで書いたらきっと反発があるだろうと覚悟して書く。)
語尾に「~思います」とつける人の授業は、大方はテンポが良いとは思えない。
悪いわけではないかもしれない。
しかし、良くはないことが予想される。
授業者は、自分の言葉を極力削るように努力している。
一つの言葉を削ることにより、ほんの少しテンポは良くなる。
ほんの少しだけれども、テンポを良くするために、授業者は言葉を削る努力をする。
テンポがいいなあと感じさせる授業では、無駄な言葉がない。
授業の名人と言われる向山洋一氏、野口芳宏氏の授業録音を聞くと、無駄な言葉がない。
全て必然性のある言葉で授業が作られている。
教師修行においては、意味のない言葉は削るようにする。
その言葉を削る努力のはじめに行うのが、語尾につける「~思います。」を言わないことである。
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