今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「 私は『脱亜入欧』という言葉が嫌いで、すべての間違いはこれから生じたと思っている。
福沢諭吉の言葉だそうである。
この言葉は一世を風靡して、いまだに日本人はこれから出られない。これからも出られ
ないだろう。日本人は西洋人になりたかったのだ。それに抵抗した最後の人は文士なら漱
石と鷗外だと思うが、その弟子たちは師匠の学んだ東洋の古典を受けつがないで西洋を受
けつごうとした。」
「 なぜ今の私たちが私たちであるのか、しかも今後ともあるのかというと、私たちがわが国
の古典を捨て、西洋の古典をわがものにすれば西洋人になれると思ったからである。若年の
私はわが知識人がわが国を『この国』と書くのを見て『にせ毛唐』だと思った。二兎を追う
ものは一兎を得ない。中国人はいまだに偏平で黄色ではあっても自国を『中華』だと思って
いる。」
(山本夏彦著「世は〆切」文春文庫 所収)