「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2006・01・08

2006-01-08 07:10:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「言葉は電光のように通じるもので、説いて委曲をつくせるものではない。言葉は少し不自由なほうがいい、過ぎたるは及ばないのである。」

 「口語文には文語文にある『美』がない。したがって詩の言葉にならない。文語には千年以上の歴史がある。背後に和漢の古典がある。百年や二百年では口語は詩の言葉にはならない。たぶん永遠にならないだろう。
 荷風散人や谷崎がいまだに読まれるのは、口語のふりをして文語だからである。荷風は漢詩文の、谷崎は和文の伝統を伝えている。荷風はボオドレエルの『死のよろこび』の一節を次のように訳した。

  われ遺書を厭み墳墓をにくむ。死して徒に人の涙を請はんより、生きながらにして吾寧ろ鴉をまねぎ、汚れたる脊髄の端々をついばましめん


 ボオドレエルを口語に訳したものはほかに多くあるが、荷風訳に及ぶものはないのではないか。
 私は文語にかえれといっているのではない。そんなこと出来はしない。私たちは勇んで古典を捨てたのである。別れたのである。ただ世界ひろしといえども誦すべき詩歌を持たぬ国民があろうかと、私はただ嘆くのである。」


  (山本夏彦著「世は〆切」文春文庫 所収)
コメント
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