今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「 人は生れながらにケチで手前勝手で焼きもちやきだから、直すことも改めることもできない。あるがままを
認めるよりほかないと私は認めるが、むろん認めない人のほうがはるかに多い。
マスコミは多いほうに迎合して怒ったふりをする。ロッキード、リクルート、そして佐川事件をテレビの
キャスターは連日冷嘲熱罵する。自分は正義と潔白のかたまりで、政治家は人間の屑だと言いたげである。
その椅子に座れば必ず自分もすることを、座らなかったばっかりに居丈高になるのを見て、国民は同じく
居丈高になる喜びを喜ぶのである。
新聞記者が潔白なのは賄賂やリベートをもらう席にいないからである。田中角栄は記者の操縦が巧みで、
一流のクラブや待合で酒食をもてなして舶来上等の土産を持たせたから、田中をほめない記者はなかった。
『角さん』だの『今太閤』だのと言った。歴代首相のなかで田中首相ほど評判のよかった人はない。
それがひとたび『田中角栄の金脈と人脈』(立花隆)があらわれたら、ちょっとためらったが反田中に
転じたほうがいいと見てとると、転じて水に落ちた犬を打つように打った。あとで立花が書いたほどのこ
とならみんな知っていたと言った。
よくも言ったな。知っていたならそのとき言え。あとから言うとは何という恥知らずと、キャスターは
言うかと思うと言わない。
テレビ朝日をはじめテレビのすべては新聞資本だから、私たちは新聞と違う言葉を聞くことはできない
のである。すなわちわが国の言論は一つしかないのである。ひとり産経新聞は違うが、残念ながらこれは
傍流である。」
「人の口は何のためにあるか、皆と同じことを言うためにある。」
(山本夏彦著「世は〆切」文春文庫 所収)