今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「 自分は盲目的に流行に従わない、抵抗すると言うひとがありますが、流行は従うものでそれだからこそ
流行で、さからってはいけないと私は思っています。
個性は各人にある。自分のものくらい自分で選べというのは大正デモクラシーの理想で、第一各人に
個性なんかありはしません。それに人は生れながら平等ではありません。」
「 人はみめより心がけというのは器量にはよしあしがあるということです。
不器量な人が不器量でなくなる方法が一つあります。内なるものをふやすことで、ふえるとそれが自然に
そとにあふれます。すると輝いて器量がよくみえます。内部が外部ににあふれて美しくなった人を私はな
ん人か見たことがあります。ただ誰でもなれるとはかぎりません。
ここにおいて流行の出る幕が生じます。二十なん年前ミニが大流行したことがあります。ミニを初めて
穿いた娘は目ひき袖ひき悪く言われました。けれども彼女は昂然としていました。非難した女たちもやが
ては穿くだろうと知っているからで、どうしてこんな洞察力をもっているか、大昔から流行に先んじる娘
はその力をもっていました。
はたして非難した女たちは忽ちまねして穿きだしました。一年もするとミニだらけになり、三年もする
と四十五十の女まで穿きだして、皆が穿けばちっともおかしくなくなりました。
流行というものは一世を風靡するもので、風靡しなければ流行の資格はありません。何より流行のいい
ところは器量のよくない娘をよく見せないまでも人並に見せます。おばさんを若くします。」
(山本夏彦著「世は〆切」文春文庫 所収)