今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)と山本七平さん(1921-1991)の対談集から。
「 夏彦 親孝行の行方に僕は非常に興味を持ってるんですよ。親孝行はどうなるかと思ってね。このごろ僕は親孝行
っていうのは、触ることだと思うようになりました。
七平 ん?
夏彦 触るの。スキンシップっていうのはね、僕は死んでいく人にしなきゃだめだと思った。
西洋人、触るでしょう。すぐ握手したり、頬ずりしたりする。あれとおんなじなんですよ。あれ、触りさえすれば、
やっぱりそれは他人じゃないんですよ。
そして今、最も触られないのは老人なんですよ。ですから、スキンシップってのは子供より女、女より……。
七平 老人。
夏彦 そうです、何より老人は触ってやらなきゃいけないんですよ。ところがね、我々はもう気味が悪くて触れない
んです。つまり、現代人は老人と暮したことがないから――核家族の欠点の一つはここにあるんですね。大家族です
とね、長屋なんかですね、他人(ひと)の家(うち)と自分の家の区別もつかない(笑)。その長屋ではね、ほら、
芝居なんかで見るでしょう。片っぽで猛烈なうぶ声と共に子供が生まれて、片っぽでひっそりとまたは苦しんで
老人が死んでいく。それを長屋中の子は見て知るんですよ。七つ、八つの子はギョッとして顔色をかえます。そし
て死も自然だし、生も自然だと知るんですよ。そのうちにだんだん慣れてね(笑)。『おまえ、酒買ってこい』と
か、手伝わされるでしょう。見てると、大人たちは湯灌して、顔剃って、娘なら死化粧してやって、経帷子着せて
三途の川の渡し賃まで入れてやって、さながら生きてる人に話すように話しています。ついこないだまでこうでし
たよ。
どうして、これがなくなったのかっていうと、病院のせいです。みんな自分の家で死にたいのに、病院へ入れられ
ちゃう。ですから、死化粧あるいは死装束なんかはみんな病院の看護婦がやる。
七平 うん、うん。
夏彦 過去の一切がいま崩壊しつつあるのを、我々は目の前にしてるところなんだけども、残念なことに見てないと
いうお話。僕はこういうことにしか興味がないんですよ(笑)。だから、あるいは僕は人生のアルバイトなんじゃ
ないかと思うことがある(笑)。
七平 それにしても日本という国は変チキな国ですな、ほんとに。変チキばかりまかり通ってる(笑)。」
「七平 いや、いや、日本がいかに変かってのはね、日本は平和国家だって言うでしょう。平和国家ってのは、夢中で
戦争を研究する国なんですよ。健康であろうと思ったら、病気を研究するでしょう、病気になりたくなけりゃね。
病気であることをいっさい忘れたからって、病気にかからないわけじゃあるまいし、こうしたら病気になる、こう
したら病気にならない、こうしたら……あらゆるケースを挙げて、それにならないように、あらゆる手を打つってい
うのがあたり前でしょう。
戦争論って、日本にゼロなんです。こんなおかしな話ってのは、外国から見ると正気じゃない。戦争論なんかやる
と戦争になるなんて言ってね。これ、見ざる聞かざる言わざるで知らんぷりしてなきゃいかんということかな。だ
から、日本人にとっては戦争は、子供のお化けみたいなもんでね、『怖いから見ないよ』って言って、むこう向い
てるわけなんです。」
(山本夏彦・山本七平著「夏彦・七平の十八番づくし」中公文庫 所収)