「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2013・11・14

2013-11-14 11:40:00 | Weblog
今日の「お気に入り」。

夏彦 『男子の本懐』っていう小説では浜口雄幸、井上準之助の両人は私利私欲を忘れて国事に奔走した志士仁人(じんじん)みたいに書いてあるけれど、当時の新聞は二人ばかりか政治家全部を財閥の走狗(そうく)――走狗ってイヌのことですよ。
 利権の亡者とかって書くこと今とおんなじなんですよ。それをうのみにして佐郷屋留雄(さごうやとめお)以下は政治家を殺したんです。
七平 そうなんです。
夏彦 だから新聞が教唆(きょうさ)して殺させたようなものなんです。
七平 いや、原敬を殺した十九歳の駅員中岡艮一(なかおかこんいち)の判決にはちゃんとそれが書いてある。『新聞雑誌の記事を信じ』っていう言葉がそれには出ているんですよ。
夏彦 そうですそうです、思いだしました。
七平 だから彼を罰するにはちょっと抵抗を感ずるっていうことがちゃんと書いてあります。倫理的に言えば一半の責任は新聞雑誌にあるっていうことをあの判決は言ってるんです。
 今になって原敬は立派だっていわれてますけど、あの当時はとんでもない、生かしておけない人間ってことになっていたんです。
夏彦 『西にレーニン東に原敬』っていう演説がありました。
七平 永井柳太郎の演説。
夏彦 永井柳太郎も訳のわからないことを言うひとですな。どこを押せば原敬とレーニンが似てるなんて音(ね)が出るんです(笑)。
七平 酔っ払って言ったんじゃないですか。
夏彦 それなのに今や原敬は偉いひとになっちゃった。田中角栄だって早く頓死すりゃ志士仁人になれたかもしれない。
七平 本人が言ってるかも知れないね。早く言ってくれればいいのにって。」

(山本夏彦・山本七平著「意地悪は死なず」中公文庫 所収)

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