今日の「お気に入り」。
「夏彦 向田邦子さんに『あ・うん』というドラマがあったでしょう。ご覧になりました?
七平 見ました。
夏彦 テレビをご覧だとは珍しい(笑)。あれに出てくるのが岸本加世子ですよ。
七平 そうですか。
夏彦 里子という水田仙吉の娘になって出てくる。水田仙吉と門倉修造は無二の友です。水田は二流の会社の部長で四国の高松から栄転して上京して来るところからこの物語は始まる。
門倉修造は二百人ぐらいの職工を使っている会社の社長ですからカネは自由になる。その門倉が水田一家の上京に備えて貸家を借り畳がえを済まし、障子をはりかえ、今風呂を焚きつけ、上京した親子四人がすぐ汗を流せるようにして待っている。『水田仙吉』という、ま新しい表札がかけてあるのを発見したのは水田の妻たみです。
そういう友は戦前にはあった。そんなに珍しくなかったんです。
片っぽは小さい軍需工場でカネならザクザクある。片っぽはないから常に世話されるほうに回っているんですけど、別に恩にきてないんです。あれは軍隊か何かの友ですね。軍隊といっても大正時代のまだ平和な時の軍隊の友なんです。
カネは天下の回りもので、いま片っぽにあるのは偶然にすぎません。
七平 そう言やそうだ。
夏彦 たまたま門倉にあって水田に無いだけのことで、もし反対だったら水田は門倉の世話をやくことが両方にわかっているから二人とも気にしない。こういう仲は以前はそんなに珍しくなかった。
七平 ないです、ないです。そういう時変に気にするのは”水くさい”と言うんでしょうね。
夏彦 だけど水田の細君は、片っぽが世話になるばかりの仲は長続きしないといやがっている。幸か不幸か門倉が倒産すると、たみは初めて実はいつも気がねだった、これからは気がねなしのお付き合いができてうれしいと言うところがあるんです。やっぱり細君は……。
七平 負い目を感じている。
夏彦 ええ、あんまりいい気持ちはしてないんですよ。亭主はオレたちはそんな水くさい仲じゃないとほとんど叱っていますが、細君はなかなか承知しません。だけど七平さんもテレビをご覧になることがあるんですね。」
(山本夏彦・山本七平著「意地悪は死なず」中公文庫 所収)
「夏彦 向田邦子さんに『あ・うん』というドラマがあったでしょう。ご覧になりました?
七平 見ました。
夏彦 テレビをご覧だとは珍しい(笑)。あれに出てくるのが岸本加世子ですよ。
七平 そうですか。
夏彦 里子という水田仙吉の娘になって出てくる。水田仙吉と門倉修造は無二の友です。水田は二流の会社の部長で四国の高松から栄転して上京して来るところからこの物語は始まる。
門倉修造は二百人ぐらいの職工を使っている会社の社長ですからカネは自由になる。その門倉が水田一家の上京に備えて貸家を借り畳がえを済まし、障子をはりかえ、今風呂を焚きつけ、上京した親子四人がすぐ汗を流せるようにして待っている。『水田仙吉』という、ま新しい表札がかけてあるのを発見したのは水田の妻たみです。
そういう友は戦前にはあった。そんなに珍しくなかったんです。
片っぽは小さい軍需工場でカネならザクザクある。片っぽはないから常に世話されるほうに回っているんですけど、別に恩にきてないんです。あれは軍隊か何かの友ですね。軍隊といっても大正時代のまだ平和な時の軍隊の友なんです。
カネは天下の回りもので、いま片っぽにあるのは偶然にすぎません。
七平 そう言やそうだ。
夏彦 たまたま門倉にあって水田に無いだけのことで、もし反対だったら水田は門倉の世話をやくことが両方にわかっているから二人とも気にしない。こういう仲は以前はそんなに珍しくなかった。
七平 ないです、ないです。そういう時変に気にするのは”水くさい”と言うんでしょうね。
夏彦 だけど水田の細君は、片っぽが世話になるばかりの仲は長続きしないといやがっている。幸か不幸か門倉が倒産すると、たみは初めて実はいつも気がねだった、これからは気がねなしのお付き合いができてうれしいと言うところがあるんです。やっぱり細君は……。
七平 負い目を感じている。
夏彦 ええ、あんまりいい気持ちはしてないんですよ。亭主はオレたちはそんな水くさい仲じゃないとほとんど叱っていますが、細君はなかなか承知しません。だけど七平さんもテレビをご覧になることがあるんですね。」
(山本夏彦・山本七平著「意地悪は死なず」中公文庫 所収)