エンターテインメント、トレンド、健康・美容、消費、女性と働き方をテーマに、ヒット案内人が世相を切るコラム「ヒットのひみつ」。今回のテーマは、食材として長い歴史を持つ「昆布」が秘める健康パワーです。昆布は、ユネスコの無形文化遺産に登録された和食の基本であるうまみのもとですが、増えすぎた内臓脂肪の減少、アレルギー抑制など最近明らかになってきた機能は、私たち現代人にこそ必要だといえそうです。
一汁三菜をベースとし、新鮮な魚や大豆食品などを食べる健康的な和食に対する世界の熱い視線は強まるばかり。2013年にはユネスコの無形文化遺産に登録され、2015年10月31日に閉幕したばかりのミラノ万博でも、日本館は入館までに何時間もかかるほど人気を集めた。
一方、今回万博が開かれたイタリアを含む地中海沿岸諸国の古くからの食文化、つまり、オリーブオイルを用いて多彩な野菜や魚介類を調理する地中海食も、和食に先んじて2010年に無形文化遺産に登録されている。
この、世界を代表する2大健康食には隠れた共通点がある。それはともに「うまみ」を上手に使って、主役の素材を生かした調理を行うことだ。和食は昆布やカツオ節、地中海食はトマトや熟成したチーズなどをうまみ素材として使用する。
なかでも日本で出汁のもととして使われる昆布、地中海地域でソースとして多用されるトマトは、いずれもうまみ成分のグルタミン酸を多く含む。
ヒトにとってグルタミン酸はうまみの原点。なぜなら、ヒトが最初に口にする食である母乳には、ほかのアミノ酸より圧倒的に多量のグルタミン酸が含まれるからだ。外界に触れ始めたばかりの新生児の脳に「おいしさの尺度」として記憶される可能性がある。
■脳の正常動作を助ける働きも
グルタミン酸が私たちの健康に果たす役割の解明も進んでいる。
これまでに、胃にあるセンサーに作用して食べ過ぎを防ぐ作用や、塩分控えめでも料理をおいしく感じさせる働き(減塩作用)などが確認されているが、このほどグルタミン酸が脳のエネルギーの一部として使われ、脳が正常に機能するのを助けているという研究も発表された[注1]。
食材をおいしさのベールで包み、日本人の食生活で重要な役割を果たしてきた昆布だが、その消費量はこの30年で約3分の2に減少している。その背景には、出汁を引いて料理を作るという日本家庭の基本的な食習慣の崩壊がある。
これだけ長年にわたって利用されてきていながら、昆布の健康機能についての研究も乏しかった。
そもそも1970年代ころから多くの栄養疫学研究が行われてきた地中海食に比して、世界に発信できる和食の健康効果についての研究は少ない。実際、世界中の医学・健康関連の研究論文が検索できる米国国立医学図書館のデータベース「PubMed」で検索すると、地中海食に関する研究は3900報以上もヒットするのに、和食に関するものはわずか140報弱しかない(2015年11月1日時点)。
まして昆布は、世界でもほぼ日本でしか食材としての利用が発達してこなかった。何度も世界最優秀レストランに輝いている「noma」(デンマーク)のシェフ、ルネ・レゼピ氏をはじめ、今や世界のトップシェフが注目する食材だが、こと効能研究に関しては日本が取り組まない限り、その本領は明らかにされる日は来ないのではないか。
しかし、遅まきながら今、やっとそのパワーの一端が解明され始めた。
■垣間見えてきた健康パワー
昆布が採れない地域なのに、中国との主な交易品として扱うようになった18世紀の琉球王国時代から、炒めた昆布を煮る「クーブイリチー」といった昆布食文化が発展してきた沖縄は、1985年まで日本で最も昆布を食べる県だった。因果関係が検証されたわけではないが、奇しくも昆布購入量が低下し始めてから、それまで全国1位だった男性の平均寿命も低下傾向にある(下のグラフ)。
昆布の購入量と軌を一にするように低下する沖縄県男性の平均寿命。県庁所在地の那覇市での、1世帯当たりの年間昆布購入量の全国順位と、沖縄県男性の都道府県別平均寿命における順位の推移を一つのグラフにしてみた。すると、まるで昆布消費の低下とともに平均寿命順位が低下しているかのように見える(データ:沖縄県統計資料WEBサイト、総務庁統計局「家計調査年報」、厚生労働省「都道府県別生命表より」)
もし、昆布が健康維持や長寿になんらかの役割を果たしてきたとすれば、どんな理由が考えられるのだろうか。
まず、先に挙げたうまみ成分であるグルタミン酸の過食抑制作用や減塩作用があるだろう。さらに、昆布はナトリウムの排出に欠かせず、血圧上昇を防ぐカリウムの宝庫だ。昆布(以下、真昆布で例示)1食分約5gに含まれるカリウム量は、カリウム源として優秀な納豆1食分(50g)とほぼ同等の305mgである。
以前から働きが知られるこの2成分以外に、今、脚光を浴び始めている3つの成分がある。
1.食物繊維。昆布の乾燥重量の約27%は食物繊維だが、なかでも今注目されているのが昆布を煮こんだときに煮汁中に出てくる粘り気のある水溶性食物繊維「アルギン酸」。乾燥重量の約1割がアルギン酸だとされている。
2.昆布の外周の薄い部分に多い色素成分の「フコキサンチン」。
3.新たにその効果が解明された、昆布の糖質のかなり多くの部分を占めると思われる「ラミナリン」という成分。
これら3成分は、それぞれが脂質異常症や肥満、アレルギーといった現代人に特有の疾患予防に効果を発揮するのではないかと考えられている。
■昆布は生活習慣病予防の期待の星
最初のアルギン酸は、食事に含まれる脂質の吸収を抑制する作用が強いことが、大妻女子大学の青江誠一郎教授らによるマウスの研究で解明された。さらに、肝臓での脂肪合成量が低下し、無駄な脂肪の蓄積も防いだという。
つまり、脂身がある豚肉と昆布を一緒に煮る「ソーキ汁」のような沖縄の伝統料理は、余分な脂肪の吸収を昆布のアルギン酸が防ぐという意味で、理にかなった取り合わせだと言えるだろう。
2番目のフコキサンはβ-カロチンなどと同じカロチノイドの一種だが、脂肪の燃焼を促す「UCP-1」というたんぱく質の活性を高めて、増加した内臓脂肪を減らすことが北海道大学の宮下和夫教授らによって明らかにされた。肥満女性が1日2.4mgのフコキサンチンをとったところ、非摂取群に比べて有意に体重が減少したというヒト試験結果もある(下のグラフ)。健康な日本人で血糖値の正常化作用も確認され、2015年5月、米国油化学会年会で発表された。
フコキサンチン摂取で肥満女性の体重が減少
。38人の肥満女性を、フコキサンチン摂取群(1日2.4mg)と偽薬群に分けたところ、16週間後に前者では有意に体重が減った。体脂肪や肝臓についた脂肪の量も減っていた(データ:Diabetes Obes Metab.;12,1.72-81,2010)
今、最もホットなのが、多い時期には昆布の乾燥重量の3~4割にも達するという糖質成分のラミナリンかもしれない。東京理科大学の岩倉洋一郎教授らは、ラミナリンは糖質なのに吸収されずに腸に届いて、ある種の乳酸菌を増やし、さらに免疫細胞を活性化させることで、潰瘍性大腸炎や食物アレルギーを引き起こす一因となる炎症を抑えることを発見した。この結果は2015年、英文学術誌に研究論文として掲載された[注2]。
このように、ここ数年の間に、長くベールに包まれてきた昆布のパワーが相次いで見いだされている。その働きを知るにつけ、昆布は肥満や生活習慣病、アレルギー疾患が増加している現代でこそ求められてしかるべき食材であることがわかる。
しかし、国際的に和食と「うまみ文化」が評価される一方で、冒頭で触れたように日本での昆布消費量は減りつつあり、2014年の年間購入金額を見ると、60代の世帯では1289円なのに対し、20代の世帯では約5分の1の258円しかない。
どうやって、若い世代に昆布の再発見を促せばいいのだろうか。
もちろん、出汁を引くという基本から知ってもらうことも大切だが、まずは「刻み昆布」や「おぼろ昆布」といった手軽に利用できる加工品を日々の食事に取り入れる食べ方提案や商品の開発が望まれる。
かつて最大の昆布消費地だった沖縄での「炒めてから煮る」という昆布の調理法が輸出先の中国の影響を受けているように、今、世界に急増中の昆布を愛する西欧シェフたちの知恵を借りる、という逆輸入も面白いかもしれない。
[注1] Cell Rep. 2015 Oct 13;13(2):365-75.
[注2] Cell Host Microbe.;182,2,183-197,2015
西沢邦浩(にしざわ・くにひろ)
日経BPヒット総合研究所 上席研究員・日経BP社ビズライフ局プロデューサー。小学館を経て、91年日経BP社入社。開発部次長として新媒体などの事業開発に携わった後、98年「日経ヘルス」創刊と同時に副編集長に着任。05年1月より同誌編集長。08年3月に「日経ヘルス プルミエ」を創刊し、10年まで同誌編集長を務める。早稲田大学非常勤講師。
[参考]日経BPヒット総合研究所(http://hitsouken.nikkeibp.co.jp)では、雑誌『日経トレンディ』『日経ウーマン』『日経ヘルス』、オンラインメディア『日経トレンディネット』『日経ウーマンオンライン』を持つ日経BP社が、生活情報関連分野の取材執筆活動から得た知見をもとに、企業や自治体の事業活動をサポート。コンサルティングや受託調査、セミナーの開催、ウェブや紙媒体の発行などを手掛けている。