カメラをもったのは小学校5~6年生から。小学校の修学旅行で伊勢神宮に行った時のモノクロの写真にカメラをもった自分の写真が残っている。昭和32年ごろの写真。敗戦後12年、両親は鉄工所をやっており何をつくっていたか記憶にはないが、アルバムを見た限りカメラを持っている子は少ないから多分経済的にはまあまあだったのだろう。本格的にやりはじめたのはラインでの25年の仕事に区切りをつけて本社スタッフとして転身してから時間の余裕がでて写真の通信講座を始めた。2001年平成13年頃からだ。だから写真歴10数年ということになる。最初はフィルムカメラを数年、講座もフィルムカメラであった。ここ数年はもっぱらデジカメで、いちいちフィルムを現像に出さなくてよいから、撮る、チェック、プリントアウトがまことにスピーディ。日記代わりのようでパソコンに写真データがどんどんたまり、今や外付けハードディスクに居場所をうつしている。
妻は写真に興味もないし私のとった写真にケチはつけてもほめたためしはない。今年の春、2回ばかり外部のコンテストで入賞したが昨今、写真への思い入れも今一つ燃え上がらない。そんな中で地元の町おこし撮影会に参画し、24名の出品者の作品60点が展示された写真展が昨日最終日をむかた。搬出、整理をおえて8日間の会期中に回収された250枚ほどのアンケートにもとづく総括があった。予期していなかったが私の作品が印象に残った作者の3番手になっていた。ごく平凡なショットと思っていたが40数名の来館者がコメントを書いてくれていた。初日のギャラリートークで作画意図を説明したような内容がコメントされていて結構伝わったのだなとほのぼのした気分になる。普段、街歩きをすることもない二日市という昔の宿場町、温泉街をどうとるか。切り口は歴史と伝統の街の今は?ということか。玉泉館は創業60年、大丸別荘150年、大賀酒造300年、えびす醤油140年、谷呉服店140年。存続させるには古さと新しさがいる。時代対応の革新性がないと存続できない。
例によって感性に赴くままバチバチとって最終的に出品することにしたショットは板塀の続く大丸別荘と最近のマンションを対比させた全紙作品。それと板塀のうえの欄間の隙間から垣間見える和瓦と丸窓のA4写真2枚の組み写真として出すことにした。木のぬくもりを生かした板塀、丸窓、和瓦が道行く人の心を和ませる、そんな思いを組み写真にした。
講演会のアンケートをはじめ、アンケートというのはまったく反対の意見がでてくるいい加減な、主観、独断が多いのは現役時代いつも感じていたが、それはともかく次のようにすなおに感じてくれた人が2割ちかくいてくれたということはうれしい限りであった。
1、味のある板塀 2、ビル建築物の多い中和風の建物、日本人の心がうかがえる 3、歩いてみたい 4、湯町の風景がよく出ていると思います 5、日本人で良かったと思える風景で素敵です
6、いつも見るところだがレンガ色のマンションと板塀の色の対比がよい 7、新旧のバランス 8、格子越しの屋根が印象的 9、古いものとあたらしいものの混在が面白く感じた 9、歴史を感じさせられますね、すばらしいところを狙ってあります 10、 構図が新鮮
11、 毎朝、天拝山にいきますがとなりのマンションとちがった風景を再発見しました 12、 昔の感じがよくでていいです 13、 丸窓が気に入りました 14、 むかしの遊び場でした 15、 ランドマークが違った視点で描かれているのが良い
16、 温泉街の貫録を感じます 17、 遠近が良く撮れています 18、手前と奥の建物のバランス、二日市の歴史がしのばれる 19、 線がうつくしい 20、板塀とマンションの対比、歩道の石柱、木の緑、風景がとっても好きです
21、時代、歴史を感じる 22、現代建築にはない場所の良いところをとらえてあってよかった23、二日市らしさがよくあらわれている。などなど
板塀の左サイドの間があきすぎている。板塀の上の格子がもっと左にくる位置から撮ったほうがよかったという意見も頂いた。もっと杉板塀の文様を出すつもりだったが不十分で冗長に過ぎた感じがするのは確かだ。まあ技術論はともかく、みずからがいいなと直感で感じたことをどんどん撮って、さらにその思いが写真として表現されるよう腕も磨いてゆくことにしようと思いました。こころやさしき写真展への来館者の皆様ありがとうございました。一度ゆっくり、車をおりて、わが町を、裏通りを歩いてみてください。