風・感じるままに

身の回りの出来事と生いたちを綴っています。

絆は“牡丹鍋”から?

2009-02-23 | 日常
最近、俺らのテニスサークルに入ってきたSさんが趣味で野菜づくりをやっていう。借りている畑は300坪もあり、一人では全部使い切れないので、何人かの友人に使わせてあげているということだった。

そのSさんが先日、「知人からいい猪肉が手に入った」というので、それではメンバーみんなで“牡丹鍋パーティーをやろう”ということになった。

22日、テニスを少し早めに切り上げて、ビールと焼酎を手に5人がSさんの畑に集合。畑の端に自前で建てたという掘っ立て小屋があり、到着すると、すでにSさんが自分の畑で取れた白菜や大根などを調理して、また、友人の居酒屋さんから取り寄せた特製味噌も準備してくれていた。

早速宴会開始。なべの具は①猪肉②白菜③ごぼう④大根⑤えのき⑥椎茸⑦ねぎ⑧厚揚げ等々、Sさんの慣れた手つきで鍋がグツグツといいだしたところで、全員で“乾杯”。

Sさん曰く、「この肉は赤身と脂の割合が良くてランクは“上”」で、“最上”は秋から冬にかけての頃だという。
畑のことからテニスのこと、そして今の経済情勢まで、話が尽きない2時間だった。あいにく、雨がぱらついてきたので宴会は切り上げることにして、みんなでSさんにお礼をいって解散した。

Sさんとはまだ一ヶ月の付き合いだが、今日の宴会で、その距離は一気に縮まった。やはり、“酒宴は人の絆を深めるためになくてはならないものだ”(呑み助の勝手な理屈?)。

まだ少し酔っているみたいなので、今日の書き込みはこれで終えることにしよう。

“弘法さん”のどて焼き

2009-02-21 | 趣味
                    (どて焼き)
2月21日。寒い冬日だったが、友と約束していたので、9時過ぎに自転車で出かけた。今日は京都・東寺の縁日“弘法さん”の日だ。

元々”縁日”とは神仏がこの世と”縁”を持つ日とされており、この日に参詣すると大きな功得があるといわれているが、最近では、それを目的とする人も少なくなっているようだ。

昼前に東寺に着いた。朝から雪がちらつくような寒さなのに大勢の人で賑わっていた。以前に比べたら、地元の人より観光で京都を訪れた人なのか、若い人や女性がずいぶん目立つ。

われ等も特に買いたいものがあるわけでもなく、骨董・古着・がらくたなどを売る露店を覘きながら流れにあわせて歩いた。
そろそろ腹が減ってきた頃、味噌の香ばしい匂いがしてきた。モツがグツグツと煮込まれた大阪名物“どて焼き”だ。横の小さなタライにはワンカップが湯気を立てている。

二人は声を掛け合うまでもなく、店に入り、おばちゃんに“どて焼きとお酒”を注文。おばちゃんが「ねぎは?」と聞いた。ふたりとも、「ようけ入れといて!」といった。
箸を持つ手が少し悴んでいたが、フーフーしながらどて焼きを口に運び、熱燗をゆっくり飲むと二人は顔を見合わせ、“旨い”と。温かいものを食べたからか、お酒のせいか友の顔はすぐに赤くなった。

もう少し飲みたい気持をぐっと抑え、店を後にし境内の露店を見て回った。
俺は夕方からの予定があったので、酔いが醒めた頃、東寺を後にして帰路に着いた。
予想どおり、帰りは風が北風に変わっていた。斜め後ろからの追い風だったので一時間くらいで家に着くことが出来た。

生い立ちの景色⑪ 苦いチョコレート

2009-02-10 | 生い立ちの景色
1953年7月。7歳の秋。

今日は水曜日、同じ村の兄ちゃんらと一緒に帰れる。校門のところで待っていると、すぐいつものメンバー5人が揃った。校門を出るなり、みんな一斉に走った。

ハァーハァーと息を切らしながら5分くらいで省線(国鉄)が通っている土手に着いた。一人がカバンを放り投げて土手を駆け上がった。「まだ来いひんで」と手を横に振ったので、俺らは土手の下に座り込んだ。後から来た隣村の女子が俺らを横目に帰って行った。

15分、20分、待てど電車や貨物は通るが、お目当ての列車はぜんぜん来ない。30分待った。「今日はあかん。もう帰ろか」と諦めかけていたその時、土手の上から、「来たッー」の叫び声。一斉に背負いかけたカバンをまた放り投げた。「どっちや。こっち側か、向こう側か!」、「こっちやー」、「よっしゃー」といっているうちに列車はもう目の前に。

一斉に土手を這い上がり両手を大きく振った。そして、思いっきり大きな声で、「サンキュー、サンキュー」といいながらアメリカ兵の乗っている列車を追った。窓から何人かの兵隊が顔を出して何か叫びながら俺らに向かって放り投げた。列車が行った後、みんなは土手の笹の中に“投げられたもの”を四つん這いになって探した。

“収穫”はいつものようにキャンディーとチョコレートだが、今日のチョコレートは大きく4つもあった。ラッキーだ。一番年上のSちゃんがキャンディーは数えながら、チョコレートはみんな同じくらいの大きさになるよう割って5人分に別けた。

年上のものから順番の取った。俺は一番最後だったが、量は皆同じようなものだった。早速ひと片けらを口に入れた。少し苦味のある“本物の大人の味”だ。とろけたチョコレートが口の端から垂れそうになって、慌てて舌で舐めた。

誰かが、「あいつら(アメリカ進駐軍)は毎日こんなうまいもんを食っているのか。羨ましいな~」といった。
俺も羨ましいと思ったが、後で何でか少し腹が立った。

途切れることのない緊張感

2009-02-05 | 社会
2月4日・午後2時50分、衆議院予算委員会で日本共産党志位和夫委員長の質問が始まった。すると、それまでざわついていた場内は固唾を呑むように静まりかえり、一気に緊張感が走った。

「劣悪な労働条件でこき使った挙句、モノのように使い捨てる『派遣切り』をやめさせるべきだ」、「こんな違法を放置させていて、どうして労働者の権利を守ることが出来るのか」「今こそ政治の責任を果たせ」と、麻生首相に鋭く迫る姿の何という迫力か。

これ以上、俺がこの内容について紹介したり、解説をする必要はない。
記事内のリンクから「志位委員長の質問」(約50分)の動画を見ていたでければすべてがわかる。