3月16日(火)、雨。
早速「コメント」で「非公開連絡」を受け取りました。
これを使っていただくと大変便利です。
東京にお住まいの「ともや」さんから、「伊藤駒」の写真と手紙をいただきました。
「ともや」さんは、昭和49年に師匠からこれを譲り受けて、大事になさっていたものの由来がもうひとつ分からず、先日、コメントで質問をいただきました。
「伊藤駒」は、竹内淇洲翁ゆかりの駒です。
これについては淇洲翁の六男・六朗さんの手紙などで見聞きしているところを述べさせていただきます。
淇洲翁が10代の若き頃に書いたのが「淇洲書」の駒。
このオリジナルは「盛り上げ」」ではありません。「漆の書き駒」です。
有名な話ですが、関根七段が酒田市を遊説したとき、竹内家から「次期の名人たる人に」と贈られて、東京に戻った関根は、以後これを愛用して連戦連勝。やがて巷間では「向かうところ敵無し、錦旗の駒」と称えられました。
淇洲の「錦旗の駒」が有名になるにつれ、竹内家では親戚の伊藤四郎右ェ門なる人が中心になって、版木で「錦旗の駒」の原版をつくり、これで駒を作った。
これが世に言う「伊藤駒」。およそ10組作って、主な将棋関係者に渡したそうです。
余談ですが、昭和60年頃、茅ヶ崎の木村名人宅で名人所蔵の駒を10組ほど拝見させていただいたことがあります。このときの名人はお元気で奥様と長女にもお会いしました。
名人は「一番大切にしている駒です」と語りかけながら出してこられたのが、竹内家からもらった「淇洲書」の駒。材は薩摩つげ。それが「伊藤駒」でありました。
「ともや」さん自身は「磨くことはあっても、使ったことはない」とのことですが、師匠から受け継いだ「淇洲書」の駒は、かなり使われた形跡がありますので、お師匠さんはことのほか愛用されたのでしょうね。
双玉の駒。一枚の駒尻に「淇洲書」。他方には銘はありません。これも「ともや」さんお持ちの駒と同じです。
六朗さんから戴いた手紙類。これを写真にしました。
佐藤公太郎さんが著した豆本「錦旗の駒」のコピーをお届けします。
参考になさってください。そのほか質問がありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
では、また。
[追加記述]
答えていなかった質問がありましたので、お答えします。
「ともや」さんの駒も、薩摩ツゲです。
見るところは年輪の調子です。薩摩ツゲは総じて年輪の強弱が少なく、かつ、幅が広いのが特徴です。
なお、オリジナルの「淇洲駒」は、鳥海山のツゲだといわれています。
これは、本間美術館(寄託先)に今もあると思うのですが、30年ぐらい前に此処で実物を拝見しています。
このツゲの年輪も、あまり年輪の強弱(濃い薄い)は殆んど無く、緻密で堅そうでした。
ーーーー
写真は、六朗さんから戴いた手紙(ブルーブラックインキ以外に、赤ペン、緑ペンも)や「淇洲書」の字母紙、その他です。「伊藤駒」が薩摩つげであることも、この手紙の中に書いてあります。
木村名人の「淇洲書」も薩摩つげで、年輪の間隔は3ミリくらいでしたか。
その後、駒は将棋博物館に寄託されて、3年くらい前までは大阪にありましたが、今は木村家に帰っています。
「伊藤駒」が10組ほど作られたこと。薩摩つげであったこと。寄贈先の一人が木村名人であったこと。その他親交のあった棋士にも進呈していること。「広報酒田」の記述は、佐藤健一氏であるが、内容の大部分は佐藤公太郎さんの提供であること。
ということで、「ともや」さんのお持ちの駒は、世に言う「伊藤駒」のひとつだと思います。
あー、そうそう。「竹内」は、酒田では「タケノウチ」と呼ばれています。
早速「コメント」で「非公開連絡」を受け取りました。
これを使っていただくと大変便利です。
東京にお住まいの「ともや」さんから、「伊藤駒」の写真と手紙をいただきました。
「ともや」さんは、昭和49年に師匠からこれを譲り受けて、大事になさっていたものの由来がもうひとつ分からず、先日、コメントで質問をいただきました。
「伊藤駒」は、竹内淇洲翁ゆかりの駒です。
これについては淇洲翁の六男・六朗さんの手紙などで見聞きしているところを述べさせていただきます。
淇洲翁が10代の若き頃に書いたのが「淇洲書」の駒。
このオリジナルは「盛り上げ」」ではありません。「漆の書き駒」です。
有名な話ですが、関根七段が酒田市を遊説したとき、竹内家から「次期の名人たる人に」と贈られて、東京に戻った関根は、以後これを愛用して連戦連勝。やがて巷間では「向かうところ敵無し、錦旗の駒」と称えられました。
淇洲の「錦旗の駒」が有名になるにつれ、竹内家では親戚の伊藤四郎右ェ門なる人が中心になって、版木で「錦旗の駒」の原版をつくり、これで駒を作った。
これが世に言う「伊藤駒」。およそ10組作って、主な将棋関係者に渡したそうです。
余談ですが、昭和60年頃、茅ヶ崎の木村名人宅で名人所蔵の駒を10組ほど拝見させていただいたことがあります。このときの名人はお元気で奥様と長女にもお会いしました。
名人は「一番大切にしている駒です」と語りかけながら出してこられたのが、竹内家からもらった「淇洲書」の駒。材は薩摩つげ。それが「伊藤駒」でありました。
「ともや」さん自身は「磨くことはあっても、使ったことはない」とのことですが、師匠から受け継いだ「淇洲書」の駒は、かなり使われた形跡がありますので、お師匠さんはことのほか愛用されたのでしょうね。
双玉の駒。一枚の駒尻に「淇洲書」。他方には銘はありません。これも「ともや」さんお持ちの駒と同じです。
六朗さんから戴いた手紙類。これを写真にしました。
佐藤公太郎さんが著した豆本「錦旗の駒」のコピーをお届けします。
参考になさってください。そのほか質問がありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
では、また。
[追加記述]
答えていなかった質問がありましたので、お答えします。
「ともや」さんの駒も、薩摩ツゲです。
見るところは年輪の調子です。薩摩ツゲは総じて年輪の強弱が少なく、かつ、幅が広いのが特徴です。
なお、オリジナルの「淇洲駒」は、鳥海山のツゲだといわれています。
これは、本間美術館(寄託先)に今もあると思うのですが、30年ぐらい前に此処で実物を拝見しています。
このツゲの年輪も、あまり年輪の強弱(濃い薄い)は殆んど無く、緻密で堅そうでした。
ーーーー
写真は、六朗さんから戴いた手紙(ブルーブラックインキ以外に、赤ペン、緑ペンも)や「淇洲書」の字母紙、その他です。「伊藤駒」が薩摩つげであることも、この手紙の中に書いてあります。
木村名人の「淇洲書」も薩摩つげで、年輪の間隔は3ミリくらいでしたか。
その後、駒は将棋博物館に寄託されて、3年くらい前までは大阪にありましたが、今は木村家に帰っています。
「伊藤駒」が10組ほど作られたこと。薩摩つげであったこと。寄贈先の一人が木村名人であったこと。その他親交のあった棋士にも進呈していること。「広報酒田」の記述は、佐藤健一氏であるが、内容の大部分は佐藤公太郎さんの提供であること。
ということで、「ともや」さんのお持ちの駒は、世に言う「伊藤駒」のひとつだと思います。
あー、そうそう。「竹内」は、酒田では「タケノウチ」と呼ばれています。
3月15日(月)、曇り。
空は一面に白色。
春霞も混じっているようで、雨が降るほどではありません。
ブログに「駒箱が届きました」と、コメントがありました。お二人とも気に入っていただいたようで、何よりと思っています。
ーーーー
見込み違い。夕方から雨が降りました。
空気は冷たく、これも見こみ違いでした。
桐の駒箱ですが、コメントにも書きましたように、時折り20個とか30個の特注品を作ってもらっています。
最近は平箱を付けるケースが多いですが、平箱でなく角箱を希望する方には、こちらを署名入りで付属品としてお渡ししています。
平箱もそうですが、桐箱は素材も吟味していない、粗雑な造りのものが出回っています。
しかし、あれは小生の好みには合わ無いので、自分用には素材と造り、そして寸法や板の厚みにも拘った設計図(仕様書)を書いて作ってもらいます。
用材は目の細かい上物の柾目。板は厚過ぎず薄過ぎず。角箱の場合の高さは、蓋を被せても、袋に入れた駒が圧迫されない寸法です。
桐箱屋さんには砥の粉仕上げまで。
送られてきた霧箱は、そのあと小生が一つ一つ「ウズクリ」や「木綿」を使って磨きあげます。今回、お分けしたのは、この桐箱です。
どうかご愛用ください。
では、また。
空は一面に白色。
春霞も混じっているようで、雨が降るほどではありません。
ブログに「駒箱が届きました」と、コメントがありました。お二人とも気に入っていただいたようで、何よりと思っています。
ーーーー
見込み違い。夕方から雨が降りました。
空気は冷たく、これも見こみ違いでした。
桐の駒箱ですが、コメントにも書きましたように、時折り20個とか30個の特注品を作ってもらっています。
最近は平箱を付けるケースが多いですが、平箱でなく角箱を希望する方には、こちらを署名入りで付属品としてお渡ししています。
平箱もそうですが、桐箱は素材も吟味していない、粗雑な造りのものが出回っています。
しかし、あれは小生の好みには合わ無いので、自分用には素材と造り、そして寸法や板の厚みにも拘った設計図(仕様書)を書いて作ってもらいます。
用材は目の細かい上物の柾目。板は厚過ぎず薄過ぎず。角箱の場合の高さは、蓋を被せても、袋に入れた駒が圧迫されない寸法です。
桐箱屋さんには砥の粉仕上げまで。
送られてきた霧箱は、そのあと小生が一つ一つ「ウズクリ」や「木綿」を使って磨きあげます。今回、お分けしたのは、この桐箱です。
どうかご愛用ください。
では、また。
3月14日(日)、快晴。
昨日は、一日中暖か。今日はそれ以上になりそう。
昨日昼過ぎに家内に頼まれて、予約していた隣町ヘ「イカナゴ」買いに。今年2回目の買出しです。
実は、一昨日に買いに行くつもりでしたが、電話で問い合わせると予約でいっぱいでした。
前回は体長3センチ。6日経って5センチほどに成長していましたので、どうやら今年はこれが最期かもしれません。
夜は、早々と20時前に就寝。そのため夜中に眼が覚めました。
外の様子は分かりませんが、月齢28日(新月)の夜なので、月の光はありません。
テレビは、NBA。バスケットボール。
bsニュースを見ながら、また眠ります。
では、また。
ーーーー
昨日、東京のKさんから電話をいただきました。
「大阪へ転勤することになった。将棋担当の締めくくりとして3月中に[水無瀬駒]について書きたいので、事前に了解を」ということでした。
もちろんokです。
Kさんには、水無瀬駒の資料や小生の論文などを以前にお渡ししていたので、「活用いただくのは大変有難い」こと。
将棋文化の一つでもある「駒」のことは、あまり一般世間には認識されておりません。
Kさんの記事によって、少しでも正しく伝われば嬉しいと思います。
昨日は、一日中暖か。今日はそれ以上になりそう。
昨日昼過ぎに家内に頼まれて、予約していた隣町ヘ「イカナゴ」買いに。今年2回目の買出しです。
実は、一昨日に買いに行くつもりでしたが、電話で問い合わせると予約でいっぱいでした。
前回は体長3センチ。6日経って5センチほどに成長していましたので、どうやら今年はこれが最期かもしれません。
夜は、早々と20時前に就寝。そのため夜中に眼が覚めました。
外の様子は分かりませんが、月齢28日(新月)の夜なので、月の光はありません。
テレビは、NBA。バスケットボール。
bsニュースを見ながら、また眠ります。
では、また。
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昨日、東京のKさんから電話をいただきました。
「大阪へ転勤することになった。将棋担当の締めくくりとして3月中に[水無瀬駒]について書きたいので、事前に了解を」ということでした。
もちろんokです。
Kさんには、水無瀬駒の資料や小生の論文などを以前にお渡ししていたので、「活用いただくのは大変有難い」こと。
将棋文化の一つでもある「駒」のことは、あまり一般世間には認識されておりません。
Kさんの記事によって、少しでも正しく伝われば嬉しいと思います。
3月13日(土)、曇り。
天気予報では、今日は暖かになりそう。
昨日も期待をして外で仕事をしていたのですが、足首で感じる空気は冷ややか。夕方早々に仕事を切り上げました。
最近、ブログの「コメント」が、皆様からの伝達手段として大変便利なツールだということが分かりました。そのことについて触れておきます。
「コメント」は原則公開で、一旦、小生が内容を確認してから表記する仕組みを採用しています。
従って、入力しても直ぐには公開表記されません。そのため、反映できていないと2度3度入力戴くケースがありますが、当方には届くはずだとご理解ください。
ところで、投稿者の連絡先など公開が憚れる個人情報などが入っているようなときは、小生が受け取るのみで公開は控えます。
この機能を利用すれば「コメントは」当方への連絡手段としても、かなり便利な機能だということに気がつきました。
もちろん、当方からの返事で他者には憚る内容のときは、「コメント」以外の手段でいたします。
そのときは、冒頭に「非公開連絡」と書いていただければ、当方も分かりやすく、より安心です。せいぜい利用ください。
なお、当方の閲覧は夜です。
一刻も早く伝達したいときは電話かfaxでお願いします。
ーーーー
予報どおり、日中は16度を超えました。
しかし、パラぱらっと雨も降り変わりやすい天気でした。
そろそろと思っている「木地揃え」ですが、切りをつけるにはまだまだというところです。
今日のラジオ川柳で、「書道展読めず眺めて通るだけ」という投稿句が詠まれました。
「そうだよな」と思います。
最近では書道展を見に行くことがなくなりましたが、駒を作り始めの頃は勉強のため時々「書道展」に足を運びました。
その中で感動したのは、唯一、榊莫山先生が18歳のときに書いた「般若心経」です。
その頃の莫山先生は、一枚の紙にフワーッとした文字と戯れ画を書き交ぜたものを書いておられましたが、或るとき、たまたま出くわした莫山先生の若き18才の書は、丹精そのもの。一画一画に魂が宿るようで、「文字はこうあるべき」という感動でした。
魂が宿る文字といえば、奈良時代の「経文」です。
この時代と平安時代の経文。その一字一字と共通する感動でした。
ところで「書」。つまり「書かれた文字」に対する小生の考え方ですが、「読めない文字は書ではない」と思うのです。
文字は、人から人への伝達の手段です。読めなくては文字の機能を果たさない訳ですね。
もちろん、行書や草書、あるいは変体仮名などは、読むための勉強や素養が必要ですし、或る程度文字を勉強した人なら、まあまあ読める。これでないと文字は役には立ちません。
「前衛書道」と称して、誰にも読めないのがあります。
あれは単に紙に墨を塗りたくっているだけ。まあどちらかといえば「絵画」。そう思うのですネ。
「書道展読めず眺めて通るだけ」です。
小難しいことを書いてしまいました。
ソレニシテモ、感動するような「書」。これに出会いたいものです。
では、また。
天気予報では、今日は暖かになりそう。
昨日も期待をして外で仕事をしていたのですが、足首で感じる空気は冷ややか。夕方早々に仕事を切り上げました。
最近、ブログの「コメント」が、皆様からの伝達手段として大変便利なツールだということが分かりました。そのことについて触れておきます。
「コメント」は原則公開で、一旦、小生が内容を確認してから表記する仕組みを採用しています。
従って、入力しても直ぐには公開表記されません。そのため、反映できていないと2度3度入力戴くケースがありますが、当方には届くはずだとご理解ください。
ところで、投稿者の連絡先など公開が憚れる個人情報などが入っているようなときは、小生が受け取るのみで公開は控えます。
この機能を利用すれば「コメントは」当方への連絡手段としても、かなり便利な機能だということに気がつきました。
もちろん、当方からの返事で他者には憚る内容のときは、「コメント」以外の手段でいたします。
そのときは、冒頭に「非公開連絡」と書いていただければ、当方も分かりやすく、より安心です。せいぜい利用ください。
なお、当方の閲覧は夜です。
一刻も早く伝達したいときは電話かfaxでお願いします。
ーーーー
予報どおり、日中は16度を超えました。
しかし、パラぱらっと雨も降り変わりやすい天気でした。
そろそろと思っている「木地揃え」ですが、切りをつけるにはまだまだというところです。
今日のラジオ川柳で、「書道展読めず眺めて通るだけ」という投稿句が詠まれました。
「そうだよな」と思います。
最近では書道展を見に行くことがなくなりましたが、駒を作り始めの頃は勉強のため時々「書道展」に足を運びました。
その中で感動したのは、唯一、榊莫山先生が18歳のときに書いた「般若心経」です。
その頃の莫山先生は、一枚の紙にフワーッとした文字と戯れ画を書き交ぜたものを書いておられましたが、或るとき、たまたま出くわした莫山先生の若き18才の書は、丹精そのもの。一画一画に魂が宿るようで、「文字はこうあるべき」という感動でした。
魂が宿る文字といえば、奈良時代の「経文」です。
この時代と平安時代の経文。その一字一字と共通する感動でした。
ところで「書」。つまり「書かれた文字」に対する小生の考え方ですが、「読めない文字は書ではない」と思うのです。
文字は、人から人への伝達の手段です。読めなくては文字の機能を果たさない訳ですね。
もちろん、行書や草書、あるいは変体仮名などは、読むための勉強や素養が必要ですし、或る程度文字を勉強した人なら、まあまあ読める。これでないと文字は役には立ちません。
「前衛書道」と称して、誰にも読めないのがあります。
あれは単に紙に墨を塗りたくっているだけ。まあどちらかといえば「絵画」。そう思うのですネ。
「書道展読めず眺めて通るだけ」です。
小難しいことを書いてしまいました。
ソレニシテモ、感動するような「書」。これに出会いたいものです。
では、また。
3月11日(金)、晴。
日差しは、暖かな春。
昨日、「酔」と「醉」の質問があり、「どちらでも良いでしょう」と返事しました。
写真は、小生が書いた根付「酔象」ですが、そのときの気分で、酔にも醉にもです。
一緒にある「王将」「福寿」「虎」などに混じって「宗玄」。
これは何だか分かりますか。
正解は、石川県「能登のお酒」。
先日、金沢で出会った井道さんの名刺にあった2文字を、思うままに根付に写してみました。
同じようなものを2つ作ったので、漆が固まり次第、届けようと思っています。
では、また。
日差しは、暖かな春。
昨日、「酔」と「醉」の質問があり、「どちらでも良いでしょう」と返事しました。
写真は、小生が書いた根付「酔象」ですが、そのときの気分で、酔にも醉にもです。
一緒にある「王将」「福寿」「虎」などに混じって「宗玄」。
これは何だか分かりますか。
正解は、石川県「能登のお酒」。
先日、金沢で出会った井道さんの名刺にあった2文字を、思うままに根付に写してみました。
同じようなものを2つ作ったので、漆が固まり次第、届けようと思っています。
では、また。
3月11日(木)、快晴。
東の山の端は明るい赤み色。南の空は青。久しぶりに快晴の空。
昨日、東京から電話。
4月の名人戦オープニングに行くかどうか、只今思案中です。
では、後ほど。
ーーーー
朝、快晴のはずだった空は、9時過ぎには雲がいっぱい。何か、騙されたような天気。
太陽も隠れて、気温は6℃。
少々寒いので、予定していた外の仕事はやめて、家の中で「木地揃え」をしました。
「木地揃え」は、間歇的にもう2ヶ月以上。
その間、床に広げっぱなしなのですが、そろそろ切りをつけて、製作に専念しようと思っています。
昼に外出して、帰りの沿道で1月も早い「たけのこ」の幟を見つけました。
思わず立ち寄って「ちょっと小さいなあ」と思いながら品定めしていると、農家のおじさんが「今掘ってきた」のを持ち込んできました。
写真がそれ。これで2000円ナリ。
家内に見せると「高っ」の一声。
竹の子は大好物。しかも、このあたり「山城の竹ノ子」は、美味なんです。
今年も生きていることに感謝。
1年ぶりに、「山城の竹ノ子」が食べられることの幸せ。
そんな気持ちです。
ーーーー
王将戦。羽生さんの勝利。2-3になりました。
東の山の端は明るい赤み色。南の空は青。久しぶりに快晴の空。
昨日、東京から電話。
4月の名人戦オープニングに行くかどうか、只今思案中です。
では、後ほど。
ーーーー
朝、快晴のはずだった空は、9時過ぎには雲がいっぱい。何か、騙されたような天気。
太陽も隠れて、気温は6℃。
少々寒いので、予定していた外の仕事はやめて、家の中で「木地揃え」をしました。
「木地揃え」は、間歇的にもう2ヶ月以上。
その間、床に広げっぱなしなのですが、そろそろ切りをつけて、製作に専念しようと思っています。
昼に外出して、帰りの沿道で1月も早い「たけのこ」の幟を見つけました。
思わず立ち寄って「ちょっと小さいなあ」と思いながら品定めしていると、農家のおじさんが「今掘ってきた」のを持ち込んできました。
写真がそれ。これで2000円ナリ。
家内に見せると「高っ」の一声。
竹の子は大好物。しかも、このあたり「山城の竹ノ子」は、美味なんです。
今年も生きていることに感謝。
1年ぶりに、「山城の竹ノ子」が食べられることの幸せ。
そんな気持ちです。
ーーーー
王将戦。羽生さんの勝利。2-3になりました。
3月10日(水)、雨。
朝から冷たい雨でした。
夕方も雨。どうやら、向こうの山際は白くけむって雪混じりのよう。
2日前の「春が来た・・」は勘違い。
昨日と言い、今日と言い、とにかく寒い一日でした。
午前中は、完成が遅れていました「源兵衛清安」の彫り埋め。「玉」と「王」を除いて、最期の磨きを終えました。「玉」と「王」は、銘の漆が乾くのを待って、もう一度磨きます。
写真は「桐製の駒箱」。
某る方から「従来型の桐箱が欲しい」と、電話がありました。
現在はいつの間にか、平箱が大流行の中、この従来型の桐の良いものが見当たら無くなりました。
自分用に、桐箱やさんに注文して、数年前に作ったものですが、手元に10個ほどあるので、その中から2個だけお分けすることにしました。
素材としての桐は、ピンキリ。北米産の安いものから国産の極上品までと、いろいろ。
平箱もそうですが、これは、細かい木目にこだわった上等品。
蝋引きしてウズクリ仕上げ。もちろん、底板も同じ細かな年輪の柾目を使っています。
蓋は、手を離すと、すーーっと閉まります。1個4500円(送料500~1000円は別途)。
もし、この値段でよろしければ、お分けします。
朝から冷たい雨でした。
夕方も雨。どうやら、向こうの山際は白くけむって雪混じりのよう。
2日前の「春が来た・・」は勘違い。
昨日と言い、今日と言い、とにかく寒い一日でした。
午前中は、完成が遅れていました「源兵衛清安」の彫り埋め。「玉」と「王」を除いて、最期の磨きを終えました。「玉」と「王」は、銘の漆が乾くのを待って、もう一度磨きます。
写真は「桐製の駒箱」。
某る方から「従来型の桐箱が欲しい」と、電話がありました。
現在はいつの間にか、平箱が大流行の中、この従来型の桐の良いものが見当たら無くなりました。
自分用に、桐箱やさんに注文して、数年前に作ったものですが、手元に10個ほどあるので、その中から2個だけお分けすることにしました。
素材としての桐は、ピンキリ。北米産の安いものから国産の極上品までと、いろいろ。
平箱もそうですが、これは、細かい木目にこだわった上等品。
蝋引きしてウズクリ仕上げ。もちろん、底板も同じ細かな年輪の柾目を使っています。
蓋は、手を離すと、すーーっと閉まります。1個4500円(送料500~1000円は別途)。
もし、この値段でよろしければ、お分けします。
3月9日(火)、福井は雪。
先ほど福井から戻りました。
加茂13時55分発。京都からはサンダーバードで16時34分福井着。
途中、滋賀と福井県境に差し掛かると車窓は一面の雪景色でした。
思わず、カメラで何枚か窓越しにシャッターを切りました。
今日は、大阪・神戸でも時期はずれの降雪で通行止めがあったらしく、はるか北のこのあたりでの雪景色は当然ではあります。
ところで、今日の演題は持ち時間が30分と短いので、急遽「福井と将棋の駒」に絞りました。聞いていただいたのは、小生と同じくらいの年代の方が40人余りというところでしょうか。
「福井と将棋駒」といえば、「朝倉遺跡出土」と「象牙の水無瀬駒」のこと。
「酔象」が加わった「朝倉将棋」の全国大会のことも話させていただきました。
帰りは19時29発の列車。加茂には22時に帰着。
時期はずれの雪。寒い一日でした。
写真は、福井駅近くです。
では、また。
先ほど福井から戻りました。
加茂13時55分発。京都からはサンダーバードで16時34分福井着。
途中、滋賀と福井県境に差し掛かると車窓は一面の雪景色でした。
思わず、カメラで何枚か窓越しにシャッターを切りました。
今日は、大阪・神戸でも時期はずれの降雪で通行止めがあったらしく、はるか北のこのあたりでの雪景色は当然ではあります。
ところで、今日の演題は持ち時間が30分と短いので、急遽「福井と将棋の駒」に絞りました。聞いていただいたのは、小生と同じくらいの年代の方が40人余りというところでしょうか。
「福井と将棋駒」といえば、「朝倉遺跡出土」と「象牙の水無瀬駒」のこと。
「酔象」が加わった「朝倉将棋」の全国大会のことも話させていただきました。
帰りは19時29発の列車。加茂には22時に帰着。
時期はずれの雪。寒い一日でした。
写真は、福井駅近くです。
では、また。
3月8日(月)、晴れ。
今日も霧が出ています。もう春ですね。
昨日午前中は、確定申告の作業を少々。
その途中、「表札」を頼まれている枚方のKさんが来訪され、四方山話。
テレビ将棋は、糸谷さんの快勝。見事なものです。
春といえば「イカナゴ」の季節。
漁場は瀬戸内海や大阪湾。今が旬。
近所の魚屋さんやスーパーの店先で、昼ごろの或る時間に限って見かけるようになりました。
漁は午前中。それを一刻も早くと、卸売市場を通さず漁場から直送して来るそうです。
先日、我が家では1キロを「釘煮」にしました。
ちょっと甘辛く、暫くは食卓に乗ることでしょう。
ところで「確定申告」は、午後に済ませました。
歩いて5~6分のところに毎年「相談所」が設けられて、そこに提出しました。
提出したとたん、気分はすっきり。
その確定申告ですが、零細とは言えど、当方は製造業なので先ずは「製造原価計算」をします。
1年間でいくら原材料を仕入れて、使ったのはこれこれ。残った在庫はこれだけ。
それらを「原材料/半製品/製品]の3区分で計算。単位は数量と金額です。
「原木とか板状木地」は原材料勘定。
普通はこれを1本とか1枚とか数えるのでしょうが、工程が進むにつれて、「駒形にした木地(半製品)」や、最終商品となる「1組単位の駒(製品)」へと変化しますので、これらを共通の尺度で転がしながら、数量と金額で評価してゆかなければなりません。
これが大変です。
もっと簡便な方法があると思うのですが、とにかくこれを10数年続けています。
と言うわけで、今は厄介で苦手な計算から開放されてすっきりしました。
ーーーー
明日は、福井市にトンボ帰りです。
JRで行くと片道は2時間半。近いですね。
彼の地のライオンズクラブで「将棋と駒の話」をするのですが、土地柄を考慮に入れて「福井と将棋の駒」がいいかと。
いずれにしても、日ごろ将棋とあまり関係が無い人も多いはず。「御宅話」や「難しい話」は避け無ければなりません。
ーーーー
「棋王戦」第3局は、佐藤さんの勝利でした。
風の便りでは、此処では「原田書の駒」が使われたとか。
今日の午後になって、関係者の電話でそれが間違いないことが分かりました。
昨年もこのⅠさんがお持ちの「原田書」が使われたとか。
ビシッとした赤柾の駒です。
新潟は亡くなった原田泰夫先生の故郷。「原田書」が、この地のタイトル戦で使われたことに感慨深く感謝感謝です。
今日も霧が出ています。もう春ですね。
昨日午前中は、確定申告の作業を少々。
その途中、「表札」を頼まれている枚方のKさんが来訪され、四方山話。
テレビ将棋は、糸谷さんの快勝。見事なものです。
春といえば「イカナゴ」の季節。
漁場は瀬戸内海や大阪湾。今が旬。
近所の魚屋さんやスーパーの店先で、昼ごろの或る時間に限って見かけるようになりました。
漁は午前中。それを一刻も早くと、卸売市場を通さず漁場から直送して来るそうです。
先日、我が家では1キロを「釘煮」にしました。
ちょっと甘辛く、暫くは食卓に乗ることでしょう。
ところで「確定申告」は、午後に済ませました。
歩いて5~6分のところに毎年「相談所」が設けられて、そこに提出しました。
提出したとたん、気分はすっきり。
その確定申告ですが、零細とは言えど、当方は製造業なので先ずは「製造原価計算」をします。
1年間でいくら原材料を仕入れて、使ったのはこれこれ。残った在庫はこれだけ。
それらを「原材料/半製品/製品]の3区分で計算。単位は数量と金額です。
「原木とか板状木地」は原材料勘定。
普通はこれを1本とか1枚とか数えるのでしょうが、工程が進むにつれて、「駒形にした木地(半製品)」や、最終商品となる「1組単位の駒(製品)」へと変化しますので、これらを共通の尺度で転がしながら、数量と金額で評価してゆかなければなりません。
これが大変です。
もっと簡便な方法があると思うのですが、とにかくこれを10数年続けています。
と言うわけで、今は厄介で苦手な計算から開放されてすっきりしました。
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明日は、福井市にトンボ帰りです。
JRで行くと片道は2時間半。近いですね。
彼の地のライオンズクラブで「将棋と駒の話」をするのですが、土地柄を考慮に入れて「福井と将棋の駒」がいいかと。
いずれにしても、日ごろ将棋とあまり関係が無い人も多いはず。「御宅話」や「難しい話」は避け無ければなりません。
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「棋王戦」第3局は、佐藤さんの勝利でした。
風の便りでは、此処では「原田書の駒」が使われたとか。
今日の午後になって、関係者の電話でそれが間違いないことが分かりました。
昨年もこのⅠさんがお持ちの「原田書」が使われたとか。
ビシッとした赤柾の駒です。
新潟は亡くなった原田泰夫先生の故郷。「原田書」が、この地のタイトル戦で使われたことに感慨深く感謝感謝です。
3月7日(日)、曇り。
昨日は、帰宅後仕事をするつもりでしたがキャンセル。
少々疲れたので、早々に寝ました。
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写真は2月26日夕刻、将棋王戦第2局の検分風景。
原画は塩井さん提供の「ひとコマ」です。
手前は立会いの森九段。
結局このあと、机上の「古水無瀬」が選ばれそうです。
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雨はやみました。只今、霧が出ています。
昨日、帰宅すると手紙が届いていて「熊澤さんの駒台、意外とシンプルなんですね」とありました。
その方は、どのような駒台を使われているのかは知りませんが、小生はこんなものです。
以前、何時だったか木で作った仰々しい木の回転するような台のようなものを見たことがありますが、何事も「シンプルイズベスト」です。
実は、先日のATC展示会で「漆の駒書き」するのに、これを持ってゆくのを忘れてしまいました。どうしようかと暫し思案。
思いついたのは「ダンボールの切れ端」の活用。
事務所で鋏を借りて、これで即席の「駒台」を作って、会場で使いました。
「手近にあるものを活用する」。これは、いつもの習性というか、エコ生活の一環。
「ダンボール」以外に、ドリンクの「キャップ」や牛乳などの「紙箱の底」でも駒台として使うことも出来ます。
一度、やってみることを、おすすめします。
では、また。
昨日は、帰宅後仕事をするつもりでしたがキャンセル。
少々疲れたので、早々に寝ました。
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写真は2月26日夕刻、将棋王戦第2局の検分風景。
原画は塩井さん提供の「ひとコマ」です。
手前は立会いの森九段。
結局このあと、机上の「古水無瀬」が選ばれそうです。
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雨はやみました。只今、霧が出ています。
昨日、帰宅すると手紙が届いていて「熊澤さんの駒台、意外とシンプルなんですね」とありました。
その方は、どのような駒台を使われているのかは知りませんが、小生はこんなものです。
以前、何時だったか木で作った仰々しい木の回転するような台のようなものを見たことがありますが、何事も「シンプルイズベスト」です。
実は、先日のATC展示会で「漆の駒書き」するのに、これを持ってゆくのを忘れてしまいました。どうしようかと暫し思案。
思いついたのは「ダンボールの切れ端」の活用。
事務所で鋏を借りて、これで即席の「駒台」を作って、会場で使いました。
「手近にあるものを活用する」。これは、いつもの習性というか、エコ生活の一環。
「ダンボール」以外に、ドリンクの「キャップ」や牛乳などの「紙箱の底」でも駒台として使うことも出来ます。
一度、やってみることを、おすすめします。
では、また。
駒の写真集
リンク先はこちら」
http://blog.goo.ne.jp/photo/11726